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3 事故の日

毎日二話更新。こちら一回目です。

 気が付けば、妙な感覚が頭の中を支配していた。さながら、混ぜ合わせた油絵具のよう。ぐんにゃりとしていて、はっきりしない。ちょっと時間が経つと右脚に激しい痛みがあり、自分が倒れているのを理解した。


 周囲からは車の音。女性の怯えた声が聞こえてくる。身体は動かず、ただ倒れている。この時点で何となく、交通事故を起こしたという事を理解した。そうしていると遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。


 それほど待ったような記憶はない。そして、事故現場から最寄りの消防署まではそれなりに距離がある。今だからこそ言えるが、おそらく数分から十数分の間、私は気を失っていたのだと思う。


 救急隊員にストレッチャーに乗せられた私は、救急車に運び込まれた。この頃になると大分意識ははっきりしていた。


 名前を尋ねられたので、呻くように答えた。さらにどこかに連絡する先はあるかと聞かれたので、胸ポケットから会社支給の携帯電話を取り出してもらった。幸いなことに壊れていなかった。


 上司に電話し、事故を起こしたのと出勤できないという話を簡潔に伝えた。……彼がどのように返答したかは思い出せない。ともあれそうして私は、街で一番大きい病院へ搬送された。


 そこで即座に治療を受けられた……と言えればよかったのだが、そうはならなかった。運悪く、手術室が満室だったのだ。私は最低限の処置を受け、手術室が空くまで廊下で待つことになったのだ。


 非常に辛かった。右脚は痛みを激しく主張する。身体は固定されて動けない。先生に助けを求めても待ってくれとしか言われず。駆けつけた両親が涙を流すのを見て、精神的な辛さがさらに増す。


 体感的には一時間以上。実際はもっと長かったかもしれない。耐えに耐えて、やっと手術を受けられると知らされた時は力が抜けるように安堵した。手術室に入り、麻酔を受けた。一分もたたずに、眠りについた。


 ふたたび目を覚ました時は、病室の中にいた。個室である。痛みがないという事実に、手術が終わったのだと知った。そして驚いた。包帯がぐるぐると巻かれた右脚から、何本も金具がのびているではないか。


 もし見たことがあるのであれば、映画ドクターストレンジの冒頭部分を思い出してほしい。交通事故を起こして手術を受けたストレンジが目を覚ました時、両手がいくつものの金具に覆われていたアレ。


 創外固定、と呼ばれる処置である。ひどく骨折した部分を、外の金属棒を支えとして治療する方法だ。このような治療が必要なほどに、右脚の怪我はひどかった。ついでにいえば、腰の一部の骨が剥離骨折もしていた。


 それ以外は擦り傷程度だった。バイク事故を起こしておいて主な怪我はこの二つだけというのは、運がいいと言わざるを得ない。首の骨を折って死んでいた可能性は十分にあると私は思っている。


 しばらくして医者と両親がやってきた。……一緒に来たのか、それぞれ別だったのかは記憶があいまいだ。ともあれ、自分の現状については説明してくれた。まだ麻酔が効いている事。怪我の状態。しばらくは入院になると。


 私の父親は保険の仕事をしていて、その手の事は全部任せている。保険が出るので治療費も入院費も問題ないと教えてもらい、金銭面の不安はないと理解した。


 事故の相手も病室に現れた。後々分かった事だが、どうにも過失のほどは私の方が多いらしい。記憶が無いのでこればかりは何とも言えない。ともあれ相手(女性)の顔が真っ青だったので、怪我は全然平気だとカラ元気を出して相手側をなだめた。


 両親も心配をかけてしまったので、こちらに対しても凹んだところは見せなかった。というか私自身、あえてこの状況を真剣に捉えなかった。


 私はこう思っていた。まじめに考えたら、ドツボにはまるぞ、と。この足の状態では、同じ仕事をするのは難しいだろう。会社を辞めなければならないだろう。まともに歩けるようになるのか。これからの生活はどうなるのか。


 そういった事を、なるべく考えないようにした。考えてもしょうがない事だった。治らなければ結論は出ない。今ベッドの上で解決できる問題ではない。深刻に考えて、気分を落としてもどうにもならない。暗い表情や態度で周囲をこれ以上心配させてはいけない。


 これは私がなまけものだったから、というのもある。現実に向き合って、真面目に問題解決に動き出す性分ではなかったから。楽に逃げる性格だったから。間違いなく、良い性格ではないだろう。


 だが、この時点では決して間違ってはいなかったと思っている。ベッドに寝ているだけのけが人にできることは、安静にしているだけだ。


 あえて気分が落ちないように、あえて明るい事を考えたりもした。もうあのキツイ会社に行かなくていいぞ。別の仕事ができるぞ。今度はエアコンの効いた部屋で働けるかもしれないなあ、と。


 ……さて、読者の方の中にはこう思われた人がいると思う。間抜けにも交通事故起こした奴に、そんなに都合よく話が進んでいいものかと。まじめに知識や技術を身に着けて、ステップアップして転職するならわかる。しかしそういった努力を全くせず、事故を起こした事で人生の転換が起きてよいものかと。


 全くもってその通りだと私は思う。なろうで主人公を張る皆々様も、そこまでご都合で生きてはいない。今までチャランポランに生きてきた罪。怠惰であった罪。事故を起こした罪。それらの罰の形が、ひとまとめにして現れた。麻酔が切れた。


 激痛が、再び帰って来たのだ。かくして、十三日間の長きにわたる眠れぬ痛みの日々が幕を開けた。

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