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第四話 城下町にて(1)

復活いたしました。長らくお待たせしてしまって申し訳ありません。

 空は広く晴れ渡っている。太陽は燦々と輝き、空気は澄み切っている。王都のメインストリートは露天商で埋め尽くされ、それを冷やかす客たちで川のような流れができ、雑然とした空気を生み出している。街に巡回の兵の姿は無く、そこかしこで小さないざこざが起こっていた。

 そんな少々危険と言える王都のメインストリートを、リナレスは市民に扮して雑踏に紛れ込み、ある場所へと向かっている。その足取りはいつもの雲のようにふらふらとしたものではなく、一本の芯が通ったしっかりとしたものだった。

「そうだな……手土産なんかあるといいかもね」

リナレスはぽんと手を打って、露天商の店に視線を向ける。品揃えはいいとは言えない。リナレスは小さくため息をついた。

「うーん、やっぱうちみたいな小国にイイ物は入ってこないか」

「何だと?」

リナレスの小さな呟きを耳聡く拾った露天商の店主の屈強な肉体を持つ男が、ぎろりとリナレスを睨みつける。

「俺の店の品の、どこが品質が悪いって言うんだ!」

露天商の男が広げている商品は、芋や麦などの食品、木彫りの食器類、布で作られた簡素な服などであった。品質が悪いようには見えない。むしろ、つけている値札からすれば、誰もが満足のいく品々だろう。しかし、リナレスが求めているモノと、露天商が扱っているモノとは絶望的な隔たりがあったのだ。

「いや、君の扱っているモノが悪いとは言ってないよ。ただ、どこの露店もイマイチな品揃えだなって」

リナレスがいつものふわふわとした調子で答えると、露天商の男はさっと立ちあがった。男の顔は赤らみ、額には青筋が立っていた。

「てめぇ! バカにしてんのか!!」

露天商の男はリナレスの胸倉を掴み、締め上げる。

「この品々はなぁ、俺と仲間が! 碌に民に食料や物資を提供しない国に代わって! 整備されていない上に治安が悪い街道を必死の思いで運んできた品々なんだ!」

「ちょっ、と。この手、離してくれないか、な……。くる、しい」

リナレスは男の手を掴んで、どうにか引きはがそうとするがびくともしない。懇願しても、離してくれる様子がない。それどころか露天商の男は、リナレスの体を持ち上げ、宙に浮かべた。

「それを、それをバカにしやがって! てめぇみたいな街にいる奴はなぁ、俺たちに感謝だけしてればいいんだよ!!」

「ごめ、ん。かんしゃ、してるから……はなし、て」

リナレスの顔は蒼白になり、助けを請う声は掠れて、もう聞き取れない。露天商の男は自分の言葉に酔っているのか、うすら笑いを浮かべているだけでリナレスの危急な状況に気づかない。リナレスの意識は切れかかり、力が抜けて四肢がだらりと垂れ下がった。

「あ、が……」

「おい」

と、遠巻きに見ていた群衆の中から声が上がる。至極だるそうな、女のかすれたような声。

「なんだぁ?」

「そいつを離してやれよ。間違って殺しでもしたら、めんどくさくなるのはてめえだけじゃねえんだ」

「えらっそうに! 姿を見せやがれ!」

男はヒステリックに叫んだ。

「全く、この程度でうろたえるなんて、男としては下の下だな」

ハスキーな声の女は吐き捨てるようにして溜息をついた。女が群衆を掻きわけ、全員の前に姿を現す。と同時に、光を反射する銀色の何かが閃いた。

「ぐぁっ!?」

露天商の男が悲鳴に似たうめき声を上げ、リナレスを取り落とす。男の手の甲には、小さめの投げナイフが突き刺さっていた。解放されたリナレスは喉を押さえてせき込み、なんとか酸素を肺に送り込んだ。

「ぐおぉぉ」

露天商の男はうめき声を上げながら、手の甲のナイフを引き抜いた。これを投げた張本人であろう女を睨みつける。そこで初めて、女を見た。同じく、群衆も。全員が言葉を失っていた。女が、全員の想像からあまりにかけ離れた容姿をしていたからだ。

 女は小さかった。ありていにいえば、子供のような体躯である。ただ、顔つきは大人びていて、切れ長の目は冷たく妖艶にさえ見えた。髪は肩のあたりで無雑作に切りそろえられており、女というより少年といった態である。なにより、もっとも彼女を異彩たらしめていたのは、彼女の背負う剣であった。柄を含めた剣の全長は彼女の身長に迫るほど長く、剣の幅は彼女のウエストとほぼ変わらない幅広である。どう見ても扱えない、それどころかそれを背負って普通に歩いているのが奇跡に思えた。

 女は呆れたような蔑むような視線で露天商の男を見る。

「手の甲にちょっとナイフが刺さったくらいでずいぶんな痛がりようだな。そのでかい図体は飾りか?」

「バカにしやがって、この腐れチビが! てめぇこそ、背中に扱えもしねぇ剣飾ってんじゃねぇぞ!」

露天商の男が、腰の派手な装飾が施された剣に手をのばす。女はにやりと口角をつり上げた。

「抜くのか? この程度の安い挑発に乗せられて怪我するたぁ、てめぇも運がないな。いや、馬鹿なだけか?」

「怪我すんのは貴様だっ!」

露天商の男はすらりと剣を抜く。刀身に曇りは無く、中々の剣だということが傍目にもわかる。怒気と殺気で目を血走らせている男と対照的に、女は涼しい顔で、剣を抜いてさえいなかった。

「抜けっ!」

「いいから、かかってこいよ」

女はあくまで挑発するだけだ。

「死んでもしらねぇぞ! 貴様が悪いんだからな!!」

「はんっ、こっちのセリフだ」

「減らず口を!」

それが合図。男は剣を大きく上段に振りかぶって女に迫る。女は一歩も動かない。男の大きな体躯は圧力となって女を襲う。が、女の表情は変わるどころか、笑みでゆがんだ。肉食獣と見紛うような獰猛な笑み。女は、ここでようやく剣の柄に手をやる。

 男は勝利を確信して、吠えた。

「死ねえぇ!」

女はそれをあざ笑うかのように鼻を鳴らした。

 男は剣を振り下ろす。洗練されていない粗削りな剣筋。しかし、速い。女は少々目を見開きながらも、迎撃せんと剣を抜く。明らかに遅れている。それでも女は笑みのままだった。

 剣と剣が激突する音。

「んなっ!?」

驚きの声を上げたのは露天商の男。彼が握っている柄の先は、まるでもともとなかったかのように、きれいさっぱり失われていた。女の方はと言うと、その手に剣は既になく、最初からそうであったかのように背負われていた。

「さぁ、消えな。てめぇみてぇなのがいると街が荒れる」

「くそっ! 覚えてやがれ!」

男はみっともない捨て台詞を吐いて、露店の品もそのままに雑踏の向こうへ消えていった。

 店主がいなくなったことを確認すると、先ほどまで野次馬をしていた民衆が、どっと店主を失った露天に群がった。我先にと商品だったものを奪っては逃げていく。リナレスはそんなものには目もくれず、苦い表情で群がる群衆を眺めていた女に声をかけた。

「さっきは危ないところを助けてくれて、ありがとう」

「あ?」

女は苦々しい顔をリナレスに向ける。

「お前を助けたんじゃねーよ。アタシが商売しにくくなるからやっただけだ」

「それでも僕は助けられたんだ!」

リナレスは女の手を取って頭を下げる。女は困ったように眉根をよせた。

「分かった、分かったよ。どういたしまして。これでいいんだろ?」

「本当にありがとう。是非、お礼をしたいんだけど、どうかな?」

「はぁ?」

女は目を丸くした。このみすぼらしい恰好をした青年が言葉以上のお礼をしたいと申し出てきたのがあまりにも意外だったからだ。女は思わず頷く。

「あぁ、ありがたく礼を受けるとしよう。アタシはベ……いや、イレーナだ。宜しくな」

「僕はリナレス。宜しくね」

女、イレーナとリナレスはにこやかに握手を交わした。

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