第四話
店に着き、結さんから制服を受け取り、店の奥で着替える。店名はHearing of flowers。日本語で「治癒の花」という意味だ。病院の敷地内にあるのだからこういった名前になるのだろう。お父さんの患者さんのお見舞いに来る人が花を買うための店らしい。別に外部からのお客様を拒否するわけではないが、病院の敷地内にあるのでそこまで多くの人が利用するわけではないだろう。花の種類も豊富で、いろいろなニーズに応えられるようになっている。季節問わず好きな花を買えるように造花も用意してある。しかし、この花屋には決定的に足りないものがある。人手もそうなのだがある花が置いていない。
「あのー、なんでここまで種類が豊富なのに、向日葵だけないんですか?」
向日葵といえば誰でも知っていて、花の特集を組んだ雑誌などで好きな花ランキングの中の上位にありそうな花だ。いわば花界のヒットメーカーのような花なのにそれがない。ゲスい話、収益になりそうなのに。
結さんは難しそうな顔の後、ため息をつきながら、
「私あの花嫌いなの。昔の自分を見てるみたいで。向日葵の花言葉って知ってる?」
「確か・・・憧れでしたっけ?」
「そう。正解。向日葵は太陽に憧れた花なの。姿形を似せて、蕾の時には太陽を追うように首を振って、自分は太陽にはなれないと悟ったように花をさかせ、太陽を見ることも諦める。そんな花なの。憧れから逃げた花の花言葉が憧れってなんか滑稽じゃない?」
「そうなんですか・・・」
結さんは思ったよりも饒舌に話した。まだ色々と聞きたいこと、引っかかっているところはあったのだがあまり深く踏み込むと怒られそうなのでやめた。ていうか目の前にある病院の名前がひまわり総合病院なのだが・・・
開店準備が終わり、いよいよオープンと行きたいところだが、ひとまず病院の医院長である結さんのお父さんにあいさつに行くことにした。結さんはもう挨拶は済ませたらしいので一人で行くことにした。初めて会うので緊張する。一応お得意様?の大ボスにあたる人だ。親族の人、母の顧客とはいえ失礼のないようにしなければ。母の評判も下げかねない。ここで自分に悪い評判がついたら色々と困る。ここで少しだけやった就活の経験が活きてくるのだろう。就活生に戻った気持ちで行かねば。
病院に入ると大きな向日葵の絵が飾ってあった。3年前に母さんがかいた作品だった。確か値段は普通に3桁はくだらないものだったと思う。病院の名前にもぴったりの作品だった。最上階の4階の医院長室に案内してもらい、慎重に扉を開けなが中に入っていく。
「おお!!会いたかったよ!!君か!!佐々木さんの家の子は!!」
「はい。寛と言います。」
「おお!!そうかそうか!!さあ緊張しないでここでくつろいでくれ。」
「はあ、失礼します。」
と、医院長室にあるいかにもお高そうなソファーに座る。
「おーい。コーヒーを用意してくれ。早急にだ!!」
「あ、いえ今日は挨拶をしに来ただけですし、何より結さん待たせてしまいますし。開店まで時間が・・・」
「いいのいいの気にしないで。そこらへんはあの子も理解してここに来させてるはずだから。それに開店したばかりじゃ客もあまり来ないだろうし。そうだ!結の姉も紹介しよう!おーい。真由を読んでくれ。」
「わかりました。コーヒーにはミルクとかいりますか?」
「あ、いや入れないです。」
圧倒される勢いで勝手に話が進んでいく。親子なのに全く似てないな。まあ、ここまで話す人が親だったら静かになるしかないか。饒舌な親を持つと子供は無口になるって聞いたことあるしな。家の中でうるさいのが2人以上いるとやかましくてたまらないからな。と思っていると、
「コーヒーの準備ができました。」
「ありがとう。ここに置いてくれ。」
「ごちそうになります。」
猫舌の自分はフゥフゥと両手でコップを持ちながら必死にコーヒーを冷ました。
「あら、可愛い飲み方するのね。」
お父さんの秘書の方に言われた。恥ずかしい。子供の頃からの癖なのでもう治ることはないだろう。
「いいことだよ。熱いものを暑いまま飲んでしまうと食道癌になるリスクが増えるからね。君にはその命大事にしてもらいたいから。」
少し雰囲気が変わった様子で自分に話しかけてきた。母から色々と聞いていたらしいが、まあ、減るものでもないしいいのだが、気を使われるのは癪に触る。