第三十四話
真由さんが始めてきてから1週間が経った。4月の最終週の月曜日。上空にはヒツジ雲ができていた。いつもの時間に花屋に向かう。相変わらず結さんに笑顔はない。気まずい雰囲気は続いていた。会話もまちまち。業務的なものばかり。正直はじめのころより溝は深くなってしまっていた。今日も真由さんが花屋に来た。
「いらっしゃいませ。結さんならまた裏ですよ。」
「違うの。今日はあなたに用があるの。」
向けられる敵意に内心イライラしながら、一応対応する。
「はあ。ここでいいですか?片付けもあるので。」
「構わないわ。でも、あまり結には聞かれたくないからさっさと用件済ませるわ。単刀直入に言うわ。あなたここやめてくれない?」
突然のことで驚いた。この人が自分に好意的ではないのはわかっていたがここまでとは。
「突然ですね。どういった理由ですか?」
「そうね。あなたみたいな危険な人、結の近くに置きたくないのよ。だから、やめて。できるだけ関わらないで。」
ここまで言われてしまうと逆に清々しい。どれだけ自分のことを警戒しているのか。嫌っているのかがわかる。
「そうですか。でも、自分は結さんに雇われている身。あなたにはその権限はないはずですよ。自分を解雇したいのなら結さんにお願いするのが筋じゃないですかね。」
「だから、あなたに頼んでるのよ。結はおそらくあなたのことを自分から解雇することはない。あなたのこと信頼し、必要だと思っているから。」
「なら余計に自分がやめることはないです。必要とされているならなおさらです。」
必要とされているなら力になりたい。この仕事も楽しいと思えてきた。
「それはあなたのことを知らないからよ。あなたがどれだけ危険な人間か。」
真由さんは大きな声で自分に訴えかけてきた。ここまで言われてしまうとこっちも腹が立ってくる。
「俺のこと知っているような口ぶりですけど、あなたも俺のこと知ってるんですか?後、あまり大きな声を出すと結さんに聞こえますよ。」
「もちろん。佐藤さんに調べてもらったから。それにあなたの大学の教授の中に私と仲良くしてた人がいたから、大学時代に問題になったあなたの卒論の内容も知ってるわ。それがあなたのこと危険な人間だと判断した一番の理由よ。」
佐藤さんがどういう人かわからなくなってきた。ただの秘書とは違うらしい。どこから漏れたのかわわからないが今後警戒したほうがいいかもしれない。
「そうですか。あの論文捨ててなかったんですね。確かにあれはかなり問題になりましたし、普通危険人物だと思われても仕方ないかもしれませんね。」
当時、教授会でかなり問題になったらしい。あまりにもリアルで実現できそうだったこれを認めるわけにはいかないということで最初の論文は却下されて、急ピッチで当たり障りのない普通の論文を書き上げて無事に卒業できた。今考えると認められるわけがない『人を自分の手を下さずに殺す方法』など。
「そう、だからあなたにはここにいて欲しくないのよ。」
「そうですか。でも今は自分からやめることはしません。あなたから聞いた必要とされているという言葉が嬉しかったので。必要ならいますし、やめてほしいと言われたらやめます。ここでは結さんの判断に自分は任せたいと思ってますから。」
「やめる気がないなら結に頼むしかないか。時間取らせたね。」
そういうと真由さんは帰っていった。振り返り店のバックグラウンドに行くと、結さんが隠れていた。
「どこから聞いてましたか?」
気配は感じていた。話を聞かれている感覚も持っていた。
「最初から。今日はお姉ちゃん来ないのかなって店の中見にいったらちょうど話してたから。ごめんね。」
「謝ることはないですよ。実は慣れっこなんです。嫌われるの。大学時代はあまり友達いませんでしたし、変人扱いもされてきました。」
「でも身内がひどいこと言っちゃてたから。お姉ちゃん私のことになると後先考えずに行動しちゃうから。あまり気にしないでね。あと寛くんのことやめさせるつもりはないよ。そんな考えを持っていても、ここまで自分がこの店を続けてられているのは寛くんのおかげもあると思っているから。」
と、結さんはいうが、自分はきっかけになっただけ。結さんが変わったきっかけは恐らく日向さんと自分の関係性だと思う。実の父親と仲が良くて、えらく自分の能力をかっている。父親に対する態度は少しあれだが信頼しているのだろう。自分を変えられるのは自分だけというのはまやかし。変わるきっかけは必ず自分を取り巻く環境が変わり、それに対応しようとするから。結さんはおそらく、自分のテリトリーの中に異物である自分が入ったことによって環境の変化を感じてその変化に対応しただけ。異物である自分も受け入れてくれた
「でもやめたかったらやめてね。寛くんには他にも必要とされているところがあるんだから。」
「やめませんよ。必ずとは言えませんがここ好きですから自分。やめる方が勿体無いですし、やめたくないです。」
自分の言葉を聞いた結さんは笑顔だった。




