第三十一話
「交通事故に遭ってしまってね。亮介さんは意識不明の重体、小百合も意識はあったけど重症だった。小百合のお願いで寛にこのことが伝えられたのは試合終了後だったの。試合終了後、すぐに寛は病院へ行ったわ。」
病院に着くと事故の経緯が説明された。事故の原因は対向車の逆走およびアクセルの踏み間違い、高齢者による運転だった。相手は事故後即死、車も大破して事故の大きさを物語っていたという。2人とも集中治療室に入り、面会できる状態ではなかった。
「寛が着いてから30分後に私たちも病院に着いたわ。この子のことは小百合から聞いていたからほっておけなくて私と真心とで寛に会いに行ったの。」
父さんは心破裂によって保ってあと1日。母さんも出血が多くて生きていることが不思議だったらしい。輸血が必要なのだが母さんの血液型がAB型のRhDマイナス2000人のうち1人しかいない珍しい血液型だった。今思えばよく母さんは献血に行っていた。私の血液は貴重だからと言って。母さんが運ばれた病院にはAB型のRhDマイナスの血液のストックはなく、血液が足りなかった。肉親であればもしかして、ということがあるらしいのだが自分は母さんの本当の息子ではない。この時ほど、なんでこの家に生まれてこなかったのだと、自分を恨んだ。
「亮介さんはそのあと手術を行ったけど手の施しようがなかった。次の日の昼に集中治療室の中で亡くなったわ。小百合の方は周辺の病院から血液を集めたのだけどそれでも足りなくてね。どんどん弱っていくのを私たちは見ることしかできなかった。」
いよいよというところで母さんの願いで特別に自分と佐々木の母さん、真心が面会できることになった。母さんの最後の言葉は今でも自分の中にある。
『人はね辛い思いをした分、優しくなれるのよ。こんな辛い思いばかりさせてごめんね。でもその分誰かに優しくしてあげて。寛が流した涙の倍、人のこと笑顔にしてあげてね。乗り越えてね。あなたには後ろにいる2人みたいな繋がりがあるから。1人じゃないんだよ。あなたが息子で本当に良かった。あなたとの時間幸せだったわ。ありがとう。』
その言葉を最後に母さんは息を引き取った。
「小百合たちが亡くなったから1週間後に2人の葬儀が行われたの。そこでまた寛を誰が引き取るのかという議論になったのだけれど、1人目と違って小百合たちは自分たちが死んでも寛が困らないように多額の生命保険を自分たちにかけていたの。その保険金欲しさに今度は寛の取り合いが始まったの。寛はまだ事故のショックを引きずっていたからその場では発言しなかったの。それを見かねたうちの真心が20人はいる大人に向かって説教かましたの。」
その時の記憶はあまりないが最後の言葉だけは覚えている。
『もういい。寛は私がもらう。結婚してずっと寛の隣で寛を支える。好きだもん。』
高校1年生で、性格はおとなしい真心が言った告白に自分は驚いた。当たり前に隣にいた幼馴染の意外な言葉にドキッとした。
「我が娘ながらなかなかやると思ったわ。小百合たちの死で何か大切なものに気づいたんじゃないかしら。その言葉で大人が黙っちゃってね。話がいろいろ進んでうちが引き取るという形になったの。養子ではなく、居候としてね。」
養子にならなかったのは結婚するのに面倒だからということもあったが一番は母さんたちとの繋がりが欲しかったから。自分の名前は2人の母さんからもらった一番大事なものだから。
「保険金で高校、大学までの資金は十分だったし、寛に使って欲しいということでうちの会社の設立費にもなったわ。そういうこともあってこの子はうちの重役。主に人事の責任者なのよ。結ちゃんに最初頼んだのはこの子が会社に月一くらいで出勤しなきゃいけないから。そのことについても案があるからあとは寛に聞いてね。」
話が終わると案の定泣いていた。胸にあるペンダントを握りながら。人前で泣くのは好きではないし恥ずかしいのだがこればかりは仕方ない。
「ということでここまでがうちの歴史。寛はこのあとの話聞いて欲しくないから自分の部屋に行ってね。」
いつもこの話の後は母さんに部屋に行けと言われる。話を聞いた人にも何を話されたかというのを聞いても答えてはくれない。盗み聞きしようとしたが母さんにバレてからやったはいない。自分は自分の部屋に戻るしかない。
「わかったよ。終わったら呼んでね。」
涙を拭き自分の部屋に戻る。
自分でも読んでいて辛い回です。
何度読んでも、ここで少し涙目になります。
2人目の母の言葉とても大事にしたいです。




