第二十九話
「さて、役者も揃ったところですし、今回は結ちゃんに向けての話なんだ。」
「私ですか?」
「そう。あなた以外はある程度知っているから。この子のこと。薄々気づいているかもしれないけど、この子は、うちの子供ではないの。」
「はい。なんとなくわかってました。寛くんは渡邉。でも、お母さんは佐々木。苗字が違うのでなぜかなって思ってました。」
やっぱり気づいていたかと言いたそうな顔をしていた母さんだが普通に考えたらわかることだとは思う。苗字が違う子を息子だということには違和感だらけだ。
「まあ、私の前にも2人いるんだけどね。母親が。」
この母さんの発言に結さんは少し戸惑っていた。
「これは寛から説明してもらった方がいいかもね。ほらリハビリになるし。」
中村先生も自分を気遣って心配そうにしているが、倒れたのは随分と前のこと。高校入ったばかりの頃だ。心配ない。
「そうだね。もともと、僕は渡邉寛ではなく、上野慎太郎。渡邉寛は2人目の母がつけてくれた名前。一つ目の名前は訳あって捨てたんだよ。昔の家族は全員もうこの世にはいないけどね。」
周りの空気がどんどん重くなるのが感じ取れた。無理もない。聞いていて気持ちのいい話ではない。
「僕がもともと産まれた家は、父親が教育学者、母親が小学校の先生、5つ下の妹の4人家族でした。母親は父親が大学で教えていた生徒でした。大学在学中に僕を妊娠、卒業後にすぐに就職せず、僕を育てました。僕が3歳になった時、母親は近所の小学校の非常勤講師として働き始め、自分が5歳になった時に、妹の香が生まれました。僕が家族と別れるきっかけになったのは僕が8歳、香が3歳の時でした。それは・・・」
自分が言葉に詰まると、母がそれを察し、自分の肩に手を置いた。
「これは私から話すわ。寛は無理しないで。」
自分は軽く頷くことしかできなかった。自分の心臓が一段と懸命に動くのがわかった。息も少し荒い。まだ自分は受け入れることはできていないのだと実感を持った。
「心中したのよ母親が。寛が何よりも愛しく思っていた香ちゃんとね。その時の状況を私は直接見たわけではないけれど警察の人の話では、お風呂場で亡くなっていた香ちゃんの首には刃物で切られた跡が、母親は自分の手首を切り、湯船にお湯を浮かべて血が固まらないように手首を入れていたらしいわ。寛が帰ってきた時にはもう手遅れで、風呂場で大きな声で泣き崩れる寛を近所の人たちが見つけて警察に通報したのよ。そのあとに警察の人が家の中を調べている時に母親の遺書が見つかったの。」
遺書には母親が香とともに心中した理由が書かれていた。父親の母親に対する暴力と香に対する虐待。自分は知らなかった。父親は自分には優しかった。父親のそんな姿を見たことはなかった。自分が見ていた家族の姿は偽物だった。
「唯一の肉親になってしまった父親も、遺書の影響で裁判になったの。そこから、警察の捜査で色々と父親の不祥事が表沙汰になったわ。大学の資金の横領、生徒に対する暴力、女子生徒に対するセクハラなどなど。あげるときりがなかった。当時、ニュースにもなったわ。」
「知ってます。あまりにも近所の事件だったので。」
「ニュースの報道後、保釈された父親はその日のうちに家の中で首吊り自殺したわ。寛は保護施設に預けられていたから父親の姿を見ることはなかったの。」
父親が自殺したと聞いたときはあまり悲しくはなかった。むしろ、どこかうれしかった。香を間接的に殺した張本人が死んだのだ。そんなやつを自分は許すことは今でもできない。したくもない。
もちろん、父親だけではない。むしろ母親に対する恨みの方が大きかった。なぜ自分も一緒に連れて行ってくれなかったのか、なぜ香と一緒の必要があったのか、なぜこのことをもっと早く言わなかったのか。考えれば考えるほど恨みや怒りで気がおかしくなりそうだった。




