第十九話
「今日の場合は、女性、服装は高価そうなブランド品、左の薬指には服装に合わない少し安上がりな結婚指輪。このことから考えられることはなんだと思います?」
結さんに問いかけてみる。自分で考えられ、対応できるようにならなければ意味はない。
「既婚者でお金持ちとか?」
「そこまではおそらく誰でもわかるでしょう。この人の特徴は服装に合わない結婚指輪です。今日のお客様はどんな口調でしたか?」
「偉そうだった。早口で怒鳴り散らすような感じ。」
「その特徴と、服装に合わない結婚指輪から考えるに、結婚してお金持ちになったわけではなく、実家が裕福なことが考えられます。あくまで考察ですが、今日のお客様は長女だと思います。」
「なんで?」
「シンプルな統計でクレームする人は長子が多いんですよ。真面目で神経質、親から厳しく育てられて、完璧主義。溜め込んでしまって爆発することが多いんですよ。長子はストレスフルなんです。そしてよく他の人に当たってしまう。あの周りを見えていないほどの激昂っぷり。かなり溜め込んでいたんでしょう。」
結さんは頷きながら聞いていた。結さんにもお姉さんがいるので理解できるものがあるのだろう。あくまで統計だがかなり信憑性があるデータだと思う。長子の特徴と環境がよく反映されている。しかし、ここで大学時代に培った知識が使えるのは嬉しい。
「夫婦間の仲はあまり良くないと思います。女性の方の実家が裕福な場合、夫が萎縮してしまうことが多いですから。友達が同じような感じで結婚したんですがかなり肩身がせまいそうですよ。価値観も大きく違うと思います。あのブランドの服はかなり高価なものですが、指輪はほとんど装飾がなくシンプルなものでしたし、かなり格差のある婚約だったんだと思います。親の反対を押し切って結婚したということも考えられます。」
「女性としては、少し憧れるかも。少女漫画とかでよくある展開だよね。」
「やっぱりこういったことは憧れるもんですかね?男にとってはかなりリスキーなもんで、かなり勇気がいるものですよ。」
「だからこそ憧れがあるんじゃないかな?それだけ自分のこと思ってくれているって感じでさ。」
「そう言うものなんですかね。でも、少女漫画ではそのあとのことはあまり書かれていませんよね?」
「そうね。あまり語られることは多くはないと思う。ハッピーエンドで終わったほうが幸せだもの。」
「そうですよね。バットエンドを読みたい人の方が圧倒的に少ないでしょう。こういったカップルは反対を押しいった時がピークなんですよ。後になって、相手の嫌な部分とか、周囲の目とかが気になってしまって、ストレスを溜めてしまうことも多いんです。2人とも自分たちのことしか見えなくなって、自分達に酔ってる場合がほとんどです。恋をすると人は盲目になるとはよくいったものです。」
「リアルね。夢がない。」
「現実主義といってください。その時だけの感情に流されて多くの時間を無駄にするのはおろかですから。結婚という大きな選択をするときは余計に慎重に熱くならないようにしなければいけませんから。」
「寛くんはどこか人間味がないよね。感情はあるんだろうけど、どこか心ここに在らずみたいな感じ。たまにだけど、何考えてるかわからなかったり、威圧感が出てる時もあるよ。接客中は気をつけるように。」
「わかりました。てか、自分の説教タイムになってません?クレーム対応ですよ。クレーム対応。」
「そうだったね、まあこの話はまた今度ってことで。今はご教授お願いします。」
「わかりました。どこまで教えましたっけ?」
「その人の見た目から判断するっていうところかな。格差がある婚約かもしれないってところだよ。」
「そうでしたね。ここからはいたって簡単です。そのお客様のことを考えるのではなく周りのお客様を大切にしなければならないので、早くそのお客様にはお帰り願いたいところ。ならどうするか。こういったときは周りのお客様に目を向けさせる事が1番でしょう。周りのお客様もクレームを怒鳴り散らしているのを見るのは不快でしょうし、何よりこういったタイプの女性は悪目立ちすることを嫌っている事が多いので効果的です。」
「難しくない?」
「簡単にできますよ。目線を他のお客様に向けさせればいいんです。今回みたいにお客様と反対の方向から急に声をかけたり、1人の場合は向こうの席に移動してもらうとか、他の人が目線に入るように誘導します。人間案外視野が広いものですから必然的に視界に入ってくると思います。そこで必要なのが違和感です。」
「違和感?」
「違和感です。周りの人との対比から生まれる不快感のことですよ。そうですね、例をあげたほうが簡単ですね。今回の場合自分はあのお客様に対して終始笑顔でした。それに対して他のお客様の顔は、自分からは見えていませんでしたがきっと不快な顔をしていたと思います。ここでまず私に対して、違和感を覚えます。周りとは明らかに違う顔をしている私に対して不快感とともに恐怖感も感じていたと思います。さらに自分の行動に対する予想外の表情に困惑するでしょう。こうなったらこっちのものです。一刻も早く帰りたいと思うはずです。別室に移動してもらいたいと説明して自分と2人になる状況を作ります。嫌がるのが目に見えているのでここでクレームを取り下げて帰ってくれるはずです。1人の場合は待ってもらうのがいいでしょう。本当にこの店のことを思ってくれている人はここまでしても待ってくれていたり、話してくれるはずです。こういった人の話は真面目に聞いたほうがいいです。他の人はただ単に憂さ晴らしな事が多いので無駄です。いかに他のお客様に迷惑をかけないようにするかと自分たちの利益にならないお客様かどうか判断する事が重要です。」
結さんは真面目にメモを取っていて、しっかり話を聞いていたようだった。メモを書き終えると最後に、
「なるほどね。確かにあまり参考にならないかもね。」
「ですよね。前にも同じような事があったんですけど、参考にならないと言われた事があったんで。」
「複雑だよね。そこまで瞬時に人のこと見れないし、その人の特徴を抑えてその人にあった対応を瞬時にできなきゃいけないからかなり難易度は高いかもね。シンプルに寛くん以外できないよね。」
「そういうものなんですかね。別に自分には難しいことだとは思ってはいないんですけどね。」
「自分ができるからって誰でもできると思わないでとかよく言われてそう。」
「全く同じことよく言われます。」
クレーム対応編でした。
これ、実は教えられたことなので、実際に実践したことはありませんが、結構有効らしいですよ。