第十五話
「さあさあ、座って。」
お父さんに従い、自分はソファーに座る。少しだけ空気がピリつく。
「この話はもっと時間をおいてお願いする予定だったんだが、少し予定が変わってね。君のタイミングでいいからお願いを聞いてくれるかな?」
「内容によります。今の仕事の他にも父からの依頼もあるのでなんともいえませんが。花屋の人手不足も否めないですし。」
「わかった。で、その内容なんだが。この病院子供が多いのは知っているよね?」
「はい。お父さんが小児科の有名な先生というのも知ってます。」
「知っててもらえてるのは嬉しいね。でね、その子供達のために授業をしてもらいたい。できれば週3、各学級ごとに合わせたものをして欲しくてね。大きい子で高校の子もいるから。内容は君に任せるし、何やってもいい。でもこの子たちのためになるような授業にしてほしい。学校の雰囲気でもいいから感じてほしんだ。長く入院していると世間から隔離されている感じがどうしてもついてしまう。同じ年代の子供が今どんな生活を送っているのかだけでも感じるだけでその子たちのためになるんだよ。君は社会科の免許しか取っていないから知識を教えることはしなくていい。道徳的な授業を頼みたい。給料もそこそこのものを出そう。どうかな?」
この上なく嬉しい依頼だ。もともと教師を目指していたので、諦めてたものが間接的にかなうわけだ。各学級に合わせたというのがかなり難しいができることなら挑戦してみたい。大学時代、どうしても納得できなかった学習指導要領もここにはない。自由に必要だと思う教育ができる。しかし、現状ではとても受けられない依頼だ。
「正直嬉しい依頼です。自分は教師を志して挫折した身ですし、自分もできるだけ教育に関われるような仕事をしたいと思っていたのも確かです。しかし、今の現状ではこの依頼を受けることはできません。開店にてまだ2日目ですが人手不足になるのは目に見えています。結さんと自分の負担が増えてしまうので今は受けることは考えられませんね。もう少し仕事に慣れてきて、どのくらいの集客があるのかがわかってくるまで返事は待ってもらえますか?」
「それは仕方ないよ。本業は結の方なんだから。今君に抜けられるのは結に嫌がられると思うから。娘に嫌われるのは父親的に辛いからね。昨日の今日だし。もうあんな思いはこりごりよ、、、」
「昨日一体何言われたんですか?」
途中からいつも通り明るいお父さんに戻っていて口調が戻っている。真剣な話の時は威圧感が出ているような気がする。自然にこっちも畏まった口調になってしまう。正直畏まったのは苦手だ。できるならいつも通りの口調で話して欲しい。でも、こう言った話の時にはこう言った話し方が必要になってくるのだろう。普通に求められる社会人としてのスキルの一つなんだろう。自分は周りの人が優しいからあまり必要なスキルではない。逆に畏まった話し方になってしまうと周りが気を使ってしまうだろう。とにかく良かった。お父さんがいつもの話し方になって。
「もう来ないでとか。私の前で話さないでとか。5時間は怒られてたよ。」
おそらく5時間は嘘だろうが相当長い時間怒られていたことはわかる。
「それは災難でしたね。」
「笑い事じゃないよ。おかげで今日は寝不足で、患者さんに逆に心配されちゃったよ。今日は君に話があったから行ったけど今度からはそうはいかないね。」
「大丈夫ですよ。父親が娘を心配するのは当たり前のことですし。週1くらいなら結衣さんも怒らないんじゃないですか?」
そう言っていると結衣さんからメッセージが届いた。
『早く帰ってきて。もう閉めるから。』
『わかりました。』
「結からだね。もう帰ってこいって連絡だったんだろ。」
「そうですね。もう閉めるらしいので自分も帰る準備しないと。」
「わかった。今日の話、ちゃんと考えてくれないか?できるだけ前向きに。」
「わかりました。考えておきます。」
「そうだ。ついでなんだが、君の連絡先をくれないか。近況報告でもなんでもいいから。多分ほとんどこっちからの連絡だと思うから。聞いていて損はないかなと。」
「そうですね。知っておくと結さんの近況も聞きやすいでしょうし、これなら結さんにもバレませんからね。いいですよ。」
すぐにお父さんに連絡先を教えた。
「では結さんが待っているので今日はこれで失礼します。」
「お疲れ様。まだ開店してすぐだからバタバタしているけどよろしく頼むよ。」
「了解です。何かあれば遠慮なく連絡ください。」
そう言って医院長室から出た。医院長室前には秘書の佐藤さんが待ち構えていた。なぜかニヤニヤしている。少々不気味だ。
「断られたのですね。少し意外でした。」
「断ってはいませんよ。少し考える時間をもらっただけです。」
「せっかく私が進言してあげたのに。」
「佐藤さんだったんですか。でも、知らないですよね。自分が教師を目指していたこと。」
「まあ、色々と手はあるから。」
佐藤さんの雰囲気が一気に変わり、寒気が襲ってきた。
「怖いですよ。佐藤さん目が笑ってませんもん。」
「まあ、医院長先生の前に急に現れた人間だからね。少しだけ調べさせてもらっただけだよ。別に調べればわかることで、隠してるわけではないでしょ。」
「随分とお父さんに尽くすんですね。」
「医院長先生には感謝しても仕切れないからね。」
「まあ詳しいことは聞きませんけど、今度どこまで自分のこと調べたのか教えてください。話していいこととそうでないことしっかり教えなきゃいけないんで。この調子だと他にも色々と知ってそうですから。」
「そんなベラベラ喋らないよ。信用してない?」
「そういうわけではないんですが、まあ色々と知られたくないものも多いので。」
「そうみたいね。」
「本当に色々と調べたんですね。」
話していると、結さんから連絡がきた。
『遅いよ。早くしてほしいな。』
『すいません今すぐ行きます。』
「お嬢さんからね。これだけは言っておくけどお嬢さん傷つけないようにしてね。そんなことしたら許さないから。」
「随分と結さんにも肩入れするんですね。」
「別になんでもいいじゃない。ほらお嬢さんをこれ以上待たせないであげて。」
「そうですね失礼します。」
そう言って自分はこの場を急いで後にした。