第十三話
中村先生がいうならそうなんだろう。性格なんて自分ではわからない部分が多い。自分のことは自分が一番わかっているなんて迷信だ。人間は自分のことに対して盲目だ。多くの人は自分のいいところにばかり目がいって嫌な部分を見ていない。反対に自分のような自己肯定感の低い人間は自分のいい部分を見ることができていない。自分のいいところも悪いところも見れる人間がいたら自分は友達にはなれない。自分の悪いところもいいところだと言い張る人も苦手だ。こういった人は人間特有の弱さがない。人間皆どこか弱いからこそ個性が出るのだろう。弱さのない人間など人間などではない。弱さを隠して生きていくしかないんだ。
「そうなんですかね。自分だといまいちわからなくて。」
「まあ、それがわかったら僕みたいな職業は必要なくなるからね。精神科、カウンセラーなんて廃業だよ。」
「それもそうですね。」
中村先生と仕事を忘れ、長々と話していると花束を作り終えた結さんが戻ってきた。
「かなり話し込んでましたけど、知り合いかなんかですか?」
「ああ、前にお世話になっていた先生なんです。」
「5年は診察していたから、久々に会ってかなり話し込んじゃってね。できたのかい?」
「はい。お待たせしました。請求は父の方にしておきます。」
「いいよいいよ。これは自分の診察室に飾るものだから自分で払わなきゃ。」
「そうですか。寛くん、あっちの片付けしてきて。」
「わかりました。中村先生ではまた。」
「うん、また来るよ。」
そういって、店先の掃除を自分は始めた。
病院の昼休みが終わり、業務もひと段落。3時になり、朝、結さんが言っていた宅配便が届いた。土と他に大きなものがあった。そういえば自分に任せるとはどう言ったことだろう。運ばれてきたのは机が3つ、椅子が6つ、大きめの段ボールが一つ。机も椅子も店の雰囲気に合ったデザインのものだった。
「あっ、届いた届いた。寛くんそことそことそこに並べて。」
店内の指定された場所に机を運んでいく。結構重い。女性にはかなりきつい重さだろう。結さんも椅子を運んでくれていた。
「なかなか雰囲気に合うものがなくってね。結構探したんだよ。」
「そうなんですか。でこのダンボールはなんです?」
「まあ開けてみてよ。」
と言われるがままにダンボールを開ける。そこにはティーカップととポットが梱包されていた。10人分以上はある。
「これって、ティーカップですよね?」
「そうだよ。お父さんからここに開店するとき、患者さんが利用できること、もう一つに、病院で働く人たちが居心地の良い空間にすることを条件として出されたの。まず患者さんが利用できるってところは開店すれば問題ないでしょ。もう一つの条件をどう解決しようかって考えてたんだけど、ここをカフェっぽくしたらどうかなって。病院内に食堂はあるけどこう言った施設はないでしょ。ということでよろしく。」
「はい?自分が全部やるんですか?」
「当たり前でしょ。私料理どころかカップ麺すら作ったことないから。」
「マジですか。自分も紅茶なんて入れたことないですよ。」
「良いから良いから。なんも問題ないよ。いろんな紅茶取り寄せてあるからよろしくね。」
ダンボールの中を調べてみるといかにも高級そうな銘柄の紅茶が8種類ほど入っていた。
「いったいいくらで出すんですか?」
「タダだよ。花束を作ってる時の待ち時間にでも飲んでもらおうと思って。」
カフェっぽくとは言ってはいるが、別におしゃべりするような場所にはしないのかな。そうすると店が回らなくなるのも確かだ。しかし自分が入れることになるといよいよ人手が足りなくなる。
「わかりました。でしたら奥の空いてるスペース使わせてもらいます。」
「そのつもりで開けておいたから。」
店には一箇所不自然に空いてるスペースがあった。なるほど、このためのスペースだったのか。全てこの人の掌の上だったのか。コーヒーならよく好んで飲むのだが紅茶はどうも自分は苦手。歯がキシキシするのがちょっと。だから紅茶を淹れたことも飲んだこともない。
「結さんは紅茶とか飲まれるんですか?」
「飲むよ。毎日。」
ならあんたが入れろよと言いたくなったがカップ麺も作れない人に任せるのはお客様にも申し訳ない。もし火傷でもされたら困る。お父さんにも申し訳が立たない。現状自分が入れるのが最適だろう。
「結さん。提案なんですが、1人でも良いのでバイトでも雇いませんか?自分が思ったより仕事量が多いので2人では回らなくなると思います。」
「そう?まあ検討してみるよ。必要と思ったら紹介して。出来るだけ寛くんの知り合いでお願い。ただし、男の人はダメ。苦手だから。」
「わかりました。必要になったら言ってください。」
人手不足は早急に解決したほうがいいだろう。お父さんも何かお願いがあるらしいのであまり忙しすぎて首が回らなくなるのが一番失礼だ。誰を呼ぶかは検討がついているから多分大丈夫だろう。