第十一話
まだ、4月の半ば、道には桜の花びらが散っている。まだ朝が早いのだが散歩をする人がいつもより多い。この季節はいいものだな。暑くもないし寒くもない。過ごしやすいことこの上ない。心地の良い風に包まれながら散歩するのも悪くはない。落ち着く朝だ。
店に到着し、自分より早く来ていた結さんに挨拶を済ませる。
「おはようございます。」
「うん。おはよう。」
意外とそっけない反応だ。昨日のことは根に持ってはいないようだ。
「そういえば昨日みたいなことはやめてよね。今度そんなことしたら、減給するから。」
「わかりました。調子に乗らないように気をつけます。」
「ならいいけど。でもたまにはお父さんの話し相手になってあげて。私こんなだから話し相手が佐藤さんくらいしかいないらしいから。」
「わかりました。」
「ただし、あまり私の話は極力しないこと。」
自分の話をされるのが嫌というわけではなさそうだが、ただ単に恥ずかしいのだろう。ちなみに自分はもう、結さんに対する苦手意識はない。もう何かといって1週間以上ほとんどの同じ時間を過ごしているわけだし、だんだんこの人が不器用なんだろうと思えてきたからである。単に自分に自信がないだけなのだろう。結さんも最初の頃に比べれば自分には少し心を開いてくれていると思う。初めて会った時より話しかけてきてくれる。何より少し笑顔を見せてくれるようになった。こんなことで関係性が壊れるのは忍びない。仕事に影響出るのも嫌だ。
「わかりました。気をつけます。」
「わかったならよろしい。」
まあ、こう答えるのは、建前で結さんのお父さんも結さんの話は聞きたいだろう。ここは、両者といい関係性を築き上げたいので結さんのいないところでお父さんと話すのが得策だろう。元はと言えば結さんが自分のことを話さないのが悪い。太客の要望には答えておかないと。にしてもいつも以上に機嫌がいいな結さん。
「今日は通常業務でいいですか?」
「そうだねぇ。特別なことといえば大きな荷物が届くからそれを運ぶくらいかな。」
「そうですか。わかりました。」
今日はどうやら、結さんが注文していた土などが届くそうだ。
「あ、そうだ。寛くん料理できるよね?」
「はい。そこそこ自信はありますけど。」
「なら良かった。今日届くのは寛くんに任せるから。」
「えっ?どういうことですか?」
「まあ、届いてからのお楽しみってことで。」
この家族はいつも説明が足りない。心の準備ってもんもあるのに。性格は似ていないくせにこんなところだけ似やがって。
「わっかりました。」
ここは適当に返事しておくのが正解だろう。どう転んでも教えてはくれないだろうし。考えるだけ無駄。
「じゃあ、奥で着替えてきます。」
「いってらっしゃい。」
通常の業務が始まった。自分が接客、結さんが会計。このスタイルでしばらく行くのだろうか。相変わらずレジで本を読んでいる。花に対して詳しい人が接客をやるべきだとは思うが。客足は午前中ということもありまちまち。バラやガーベラはよく売れる。お見舞いのマナーで、白や青、紫などの色の花を持っていくのはタブーらしい。館内に置くのは問題ないようだ。個人的には、難しいことは考えず好きな色の花を持っていく方がいいとは思うのだが。いつの時代もマナーにうるさい人はいるもんだ。時代が進むにつれてマナーも変わってきて、マナーを注意すること自体がマナー違反になることもあるだろう。実際自分もマナーにうるさい人を鬱陶しいと思うことが多々ある。でもしきたりとか、伝統などは守っていかなきゃとも思う・・・
「あのー?すいませーん。」
「ああ、はいはい。なんでしょうか?」
「もー何回も呼んでたのに。」
小学3年生頃の女の子だった。考え事して聞こえていなかった。これからは考え事するのは勤務中やめよう。
「ごめんね。でなにかお求めのものでも?」
「うん。千佳ちゃんひまわりが好きらしんだけど置いてないのー?」
「ごめんね。置いてないんだ。代わりのお花探してもらえるかな?」
「わかったよ。同じ場所にひまわり病院あるのにね。変なの。」
「そうかな?ほら他にもいっぱいいろんなお花あるから見てきて、お気に入りの花があったらあのお姉さんに渡してね。」
「わかったー。」
幸い結さんには聞こえていないようだ。この話はタブーなのだが、花屋をやる以上切ってもきれないことだろう。なるべく結さんの耳に入れたくないから良かった。にしてもこの子学校はどうしたのだろう。仲のいい友達が入院して寂しくなったのだろうか。
「ねぇねぇ。それより学校どうしたの?」
「今日お休みなの。だから千佳ちゃんのお見舞いに来たの。」
「そうなんだぁー。大切な友達なんだね。」
「そうだよ。千佳ちゃんいないと学校つまんないの。」
「じゃあ、早くよくなってもらえるようにお花選ばなきゃね。」
「うん。」
そういって女の子は店内を周り始めた。この子が結果的に選んだのはマリーゴールドだった。




