異世界出戻りした俺に巻き込まれた妹は今すぐにでも帰りたい
「ステータスオープン!マップオープン!」
(まじで出てるし…!?)
--------
息を殺して眼の前の獲物に狙いを定めた。まだ、気付かれてはいない。俺が取得した唯一の暗殺スキルを使えば簡単に仕留められるだろう。目標は水を飲んでいる。…今だ!
「我が意に応えてかの者を射殺せ!一撃必殺!スニークマナショット!!」
「ぶもっ!?」
「はっ!?」
イビルバッファローは勘が良かったのか、スニークマナショットが直撃する寸前にその身を走らせ、逃げ去っていった。どうやら今日も肉はお預けらしいな。
「ちっ。勘のいいやつだ。」
「ちっげーよ!!兄さんの声に驚いて逃げただけでしょうが!!」
スパァン!といい音を立てて、後頭部に衝撃が走った。
「ミドリ。そのハリセンは打撃攻撃力が低すぎるからインベントリにしまっておけと言っただろう。」
「言われなくてももっと打撃攻撃力の高いものが手に入ったらそっちで殴ってやるわ!1000tハンマーとかでっ!!いやそうじゃなくてなんであそこで技名を叫んだの!?叫べばそりゃ気づかれるでしょう!?」
「技名は叫ぶものだと師匠から教わったものでな。無意識だ。」
「やめて。それは無意識下に落としていいものじゃないから。日常生活に支障出るから。コンロの火をつけるときとかに『無詠唱コンロ点火!!』とか叫びかねないから。」
「師匠だけにか。」
「わざと言ってる?ねえわざとなの?」
さて、こんな馬鹿なことを言い合ってても仕方ない。
俺の異世界再転移に巻き込まれた妹を守るためには街まで送らなければならない。先程マップオープンして確認したところ、東にサザンヒールの街が存在することが判明した。結構な距離だが、致し方ない。
エリアテレポートを使いたいところだが、ミドリがまだ地点登録できていないから使えない。よって歩くしかないのだが、まだ歩いて数日の距離がある以上はサバイバルとなる。このあたりは水と植物は豊富にあるので飢え死にはしないだろうが、可愛い妹にはやはりお腹いっぱい食べさせてやりたいものだ。
「せめてゼリースライムがいれば、果物と混ぜてシェイクすることで甘味になるのだがな。生きたままスライムの身を抉り取るのは意外とコツがいるんだが、慣れると簡単だからオススメだぞ。」
「もうその発想がぶっ飛び慣れしすぎててマジで怖いんだけど。まさか私もここでずっと暮らしてたらそうなるわけ?」
「なる。」
「帰るうううううう!!!」
全く、妹は口を開けばそればかりだ。いい加減腹をくくれ。
魔王を倒さない限り帰ることはできないんだぞ。
「無詠唱ファイア!」
俺は手慣れた動作で焚き木に火を灯すと、そのへんに生えていた可食植物を棒に刺してから火で炙り、妹に手渡した。割と状態がよく、形も整っている。特に抵抗なく食べられるだろう。
「デビルマンドラゴラだ。悲鳴を上げさせずに刈り取ることで灰汁のようなえぐみが消える。食ってみろ。生よりも甘みが出て旨いぞ。」
「………………。」
…?なぜ受け取らない?
「熱いうちに食べるといい。」
「食べるといい。じゃないでしょ!?なんで異世界だかなんだかに転移して最初に食べる物が人の形してるのよ!?」
「割と一般食だ。人参だと思えば良い。」
「いっぱんしょく。」
何故か呆然としているが、ファンタニールでは一般食であるだけでなく、貴重な魔力回復源でもある。戦闘中に齧ることも多いほどだ。
「見た目が駄目か。仕方ない。」
俺はデビルマンドラゴラを串から取り外し、バラバラに折ってみせた。手足に当たる部分も丁寧にも折り取り、先程むしり取ったマンドラゴラの葉に乗せて手渡す。
「これなら人参と変わらないだろう。」
「攻撃する。対象、目の前のモンスター。」
「なに!?どこだ!?」
「お前だこのバカ兄貴いいいい!!!」
再び頭からいい音がした。
翌日の昼過ぎになんとか無事に街に到着することが出来た。やはりそのうち妹にもエリアテレポートの魔法を覚えてもらう必要があるな。
「つ…着いたのね…!」
「ああ。ここはサザンヒールの街だ。武器屋、よろず屋と宿屋がある。どうやら今も初級アイテムを中心に販売しているようだな。道中で手に入れたデビルマンドラゴラを売って資金にしよう。だがまずは冒険者ギルドへ行くぞ。」
「手慣れてる感が半端ないからその辺は任せるけど、なんでまずそこなわけ?」
「知り合いがいる。」
「へえ!そうなんだ!」
久しぶりに心から嬉しそうな顔を見ることができた。良かった。ミドリはやはり可愛いままだったな。
「ああ。俺の嫁だ。結婚してたんだが、魔王を倒した後は当然置いてくるしかなかったんだ。」
「は?」
せっかく可愛い顔をしてたのに、またいつものやさぐれた顔に戻ってしまった。
「けっこん?よめ?」
「ああ。ギルドの――」
「おとうさーーーん!!!」
おお!会いたかったぞ!我が娘よ!
「元気だったか、みどり!」
「うん!おとうさん会いたかった!もう会えないかと思ったよ!うわー!本当に若くなってるー!」
「一度元の世界に戻った時に、最初の年齢に戻ったからな。」
「また一緒にくらせるの!?」
「魔王を倒すまでは居られるぞ。」
「やったー!!」
ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ姿がとても微笑ましい。たしかこの前10歳になったから、ミドリの2個下か。俺が異世界から現代へ戻るとき、一番気がかりだったのが嫁と娘のことだった。あの時はつらすぎて、一日家族と過ごしたものだが…またこうして会えるとはな。
「………おとう……さん?え……みどり……って……?」
「ああ、紹介しよう。俺の娘のみどりだ。みどり、この子がお前にも言っていた妹のミドリだよ。」
「はじめまして!ミドリおばさん!」
ピシリという音を立てて、妹が石化した。おかしいな、コカトリスなどこの近隣にいないはずだが…。
「な……な……何考えてやがるんだバカ兄貴いいいいい!!!」
スパァン!!とこれまでで一番大きく、一番いい音が頭から響いた。何度も、何度もだ。
「こっちで結婚してるだけでもびっくりなのに娘までいて!!しかもこんなに大きくて!!おまけにわ、わ、私と同じ名前を付けたわけ!?なんで!?まじでそこはなんでなの!?鳥肌がやばいんだけど!?」
「当時は二度と戻れないかもしれないと思っていたからな。お前のことを思い出せる何かが欲しかった。」
「だからって自分の娘に妹と同じ名前付けるか普通!?みどりちゃんからミドリおばさん呼ばわりされる身にもなってよ!!」
「この子が生まれた時、ミドリが小さい頃よく俺が世話をしていたのを思い出した。懐かしかったな。オムツ替えとかお風呂とかで追体験できたよ。帰りたい気持ちと愛情が混ざって大変だった。」
「まじかよ自分の娘と妹で重ねる姿がそこ!?こっちきてからまじでどうかしちゃったんじゃないの!?」
「ミドリも結婚したら息子に俺の名前を付ければいい。それでおあいこだ。」
「はーい!けっこんしたらおとうさんの名前つけるー!」
「みどりちゃんはあっちで遊んでようね!?ややこしくなるから!!」
こっちに来てからの妹は本当に元気だ。
兄としては嬉しいが、もう少しお淑やかに育っててほしかったな。
「みどりね!おおきくなったらおとうさんみたいな人とけっこんしたいなー!」
「本当か?お父さんも嬉しいよ。ありがとう、みどり。」
「私の前でみどりちゃんと家族計画喋るのはやめてほんとに。トラウマになるから。主に名前のせいで。」
やれやれ…注文の多い妹だ。そこがかわいいのだが。
「ねえ、魔王倒すのってどれくらいかかるの…?私もう今すぐにでも帰りたいんだけど…。」
「15年かな。」
「は?」
「前は15年かかった。今回どれくらいかかるかはわからないが…まあ、なんとかなるさ。過酷な旅になるだろうが、よろしくな、ミドリ。」
「よろしくね!ミドリおばさん!」
妹の頭からプチンという小さな音が聞こえた気がした。
なんだ?
「今すぐに女神を呼び出して私だけでも帰らせろおおお!!!」
街中に何度目かのスパァンという小気味良い音と、妹のレベルアップ音が響き渡った。
--------
「お、レベルアップ音だ。俺を叩きまくってたからだな。」
「ミドリおばさんおめでとー!!」
「大きな声でおばさん言うなし!!」