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悪魔

ここはどこ?


「――うぅん……」


薄々聞こえてくる声に、彼女は熟睡から起こされた。瞼が開かない。徹夜のしすぎだな。


昨夜は何をしてたんだっけ。そうだ、あの幽霊との話が終わったから、勉強をしてた。


――実はわたくし、1485年で死んだのです。


――うっわ、えらい昔。


――そちらは?


――え。なに?こちらって。あたしまだ死んでないよ!


――ごもっとも!どんな人なのか知りたいのです。どこで生まれたか、ご両親はどんな人か……


――あたし、明日テストがあるんですけど。


――「テスト」?


――ええ、期末テスト。大事な試験です。


――なにを決める試験なのでしょうか?


――いや……なにかを決めるわけじゃないんです。たくさんのテストをして、その積み重ねで結果が決まるの。毎回頑張らないと、いい結果は出ないんですから。


――なるほど……だからもう休みます?


――いいえ、勉強です。


話はそこで終わったんだ。今思えばワザとらしかったけど、幽霊は単純だからか、深読みをしなかった。彼女が勉強すると言ったら幽霊も勉強しようって言ったので、彼女は電気スタンドを付けて参考書を読み始め、幽霊は本棚からカフカの『変身』を取り出し、本棚に背をつけて座って、ページを開いた(しかも幽霊の持ってきた栞が挟まってた)。そして幽霊は気持ちよく姿を消した。ゆらゆらと宙に浮く『変身』だけを残して。


午前1時、彼女がやっと電気消して布団に入った時、あの『変身』はまだ暗い隅っこでゆらゆらしてた。


そんな暗さでどうやって本を読めるんだろう。――それが眠りに落ちる前に、彼女の脳裏を過ぎった最後の疑問だった。


そして彼女は、薄々聞こえてくる声に起こされた。どれほど経っていたかはわからないけど、外が明るくなってる気がする。もう起きてもいい時間なんだろう。


布団の中でもにょもにょして、やっと目を開ける気力を奮い起こせた彼女は、東雲の光が届かない影の中に立つ幽霊を見た。幽霊は栞の挟まった『変身』を手に持ち、窓の外のなにかを見つめている。彼女は幽霊の視線をなぞって、窓の方向に振り向いた。


人の影が、窓敷居の上に佇んでいる。


銀色の髪をした少年だった。黒装束を纏って、黒光りの靴で窓敷居を踏んでいる。少年の右頬にはS形の焦げ跡があって、目の縁を突き破って鈍色の瞳に刺さり、瞳孔と繋いでる。


「ぜったい帰りません」と白ローブの幽霊少女が言葉を発した。


「畏まりました。そう報告しておきます」黒服の少年は、窓を見るためにベッドの上で変な体勢になってる彼女に頷いた。「お邪魔しました。どうぞごゆっくりお休みください」


「いいえ……もう起きます……」と、うつらうつらと答える彼女。


黒服の少年は背中に黒い翼を生やし、後ろに仰け反りつつ窓敷居を蹴って、くるりと身を翻してあっという間に遠くへ飛んでいった。


彼女は床に転んで落ちた。


「さっきの。さっきのアレも幽霊なの?」と、慌てながらも声に力が入らない彼女。


白ローブの幽霊は首を振った。「あれは、『ダイ・スレイヴ』」と。


「ダイ――なに?」


「『ダイ・スレイヴ』」


「よくわからないけど、そうか」と、とりあえず心の中であの少年に「悪魔」っていうレッテルを貼っておく彼女。「帰るって、どこへ?」


「あなたは今日試験のはずでは?」と訊き返す幽霊。


「え……」


「お邪魔は致しません」と、幽霊の姿が空気に溶け込んだ。手に持っていた『変身』だけが、ゆらゆらと本棚の中へ飛んでいった。


自分が昨夜使った手を、今日は相手のほうが使ったわけか。彼女は時計を見た。まだ5時。勉強でもしようか。


秋初め、曙、霧、風なし。尋常じゃない天気。


幽霊が消えてから、2時間経った。彼女は、普段より大分重い鞄をたすき掛けにして、朝のバスに乗った。生徒でぎゅうぎゅう詰めになったバスの中で、彼女は妙に落ち着いている。しかしこの安心感は長く続かなかった。外の霧が段々深くなっていく。いつの間にか先が見えなくなっていて、運転手にヘッドライトとデフォッガーをつけて減速することを余儀なくさせた。


次第にヘッドライトすら通用しなくなったので、やむ無くバスを止める運転手だったが、3分と経たないところでいきなり風が吹いて、霧をサッと消し去った。


彼女は窓越しに、空の隅を横切る黒い影を見た。いくつかの影が、あっという間に地平線の向こうへと消えた。


まるで世界が己の間違いを慌ててごまかしてるかのように。

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