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「歴史を書き直す大蛇」と同じく「祝日をモチーフとするショートストーリー」シリーズで、2006年の8月8日に偶然重なった中元節(日本のお盆に当たる)と父の日に因んで「霊」と「父親」をテーマに書いた中国語短編「初秋陣雨微風曲」を、辞書を引きながら日本語に翻訳してみたものです。小説家になろうサイトを知る前にPixivに上げましたが、こっちにも投稿していいと規約を読んでわかったので今更こっちにも上げました。

一滴の雨からすれば、この世界に上下左右なんて概念は無いのかもしれない。雲を離れて、地表に向かって移動したとき、自分が重力によって墜落しているのか、はたまた一所懸命地面に飛び上がっているのか、考えた事がないだろう。一生の方向感覚を確立させようとする度に、外力につられて回転し、その感覚を失ってしまうだろう。自由意志論者の雨滴は、自分は一度も迷った事が無く、どこへ流れようが自分の意志で決めた事であると主張する。運命論者の雨滴は何も主張せず、心を無にして、ただ重力のままに未知の所へと導かれる。もっとも、大抵の雨滴は一生、彼方此方を行き来する日々に紛れて、自由意志を信じるか運命を信じるか決める暇すらないのだろう。群れの中の雨滴にとって、降雨とは盲目的な旅であり、仲間が向かった方向を、お決まりの通りに追っているに過ぎない。


「あーあ、お決まりの通り」


期末テスト前日の夕方は雨が降ったから、お決まりの通りにバスは遅れるはずだ。雨は予想外だから傘は持ち歩いていないが、バスが遅れると分かったから、彼女は泥濘んでる学校の裏口通路を、注意しながらゆっくり歩いている。雨に濡れるのは別に大したことじゃない。誰にだって濡れた事はあるもの。でもこないだのようにコケたら、泥まみれになっちゃうからね。今はただ雨に打たれてるだけだ(今日の雨はなんかいつもより大粒な気がするけど)、イラつくことないって。


バス停に行き着いてみたら、生徒は一人もいなかった。彼女は腕を上げ、水にまみれた腕時計を拭いた。5時57分。バスの時刻は5時55分。


「うそ。定刻だったの?」


そこで、雨が止んだ。期末テストの前日、雨の降ってない道の端の、屋根の付いたバス停の中で、ズブ濡れの高校生がバスを待っている。しかもたった2分で前のバスに乗りそびれている。総合的に言って、雨の中でコケて泥まみれになる以上に無様だ。もしここでくしゃみをするものとしたら尚更である。


「へっ……」


彼女はくしゃみをガマンした。自由意志の表れ。


秋初め、にわか雨、霞、風なし。


6時25分に終バスが来た。ダイヤは6時半って書いてあるけど、このバスはいつも早かったり遅かったりするものだ。彼女はバスに乗って、10元玉を3つ、5元玉を1つ、そして1元玉を2つ入れた。1元玉を十数個入れたら運転手に難癖つけられたことも何回かあったので、それ以来彼女は一目で37元って分かるような小銭を用意するようにしてる。


バスには誰も乗っていない。彼女は窓側の席に座った。


外が暗くなりきっていない内に、彼女の携帯が鳴った。


「もしもし?あれだよ、乗り損ねちゃったんだよ。うん。うん。いま?終バスだけど。うん。……持ってるわけないじゃない、雨が降るなんて知らなかったんだから。……いや、あんなに晴れてたんだもん……だって面倒じゃん!……してないよ!だから乗り損ねるなんて思わなかったんだから!…… は―― はっ――」


彼女は暴力的なまでのくしゃみをした。仕方ない、これが運命だ。


「……平気だよ!大げさなんじゃない?引いてないよ風邪。……そんなことない、六時半のバスだよ!……はぁ?なに?」


どこかを通り過ぎてるせいか、雑音がいきなり大きくなってる。


「聞こえない!雑音がヒドいの!」


「――静かに――」


スピーカーから聞こえたのは、ハッキリした渋い男声。彼女は驚いた。


この瞬間、車内の光景が彼女の目に映った。隣の席で、茶色のコートを着た中年男性が指を唇に当て、静かにしてと合図している。彼だけじゃない。いつの間にか車内は満員になってる。空が完全に暗くなった。


「寝てる人も結構いるから、少し静かにしてくれないかね?」中年男性は優しく言った。


彼女もまあよく耐えたものだ。自宅近くのバス停に着いたとこでやっと、魂を吐き出すほどの絶叫を上げながらバスを抜け出した。


秋初め、曇り、雨上がり、風なし。殺しにかかる天気だ。

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