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王宮の庭師はこの世界について考える。

BL表現を含みます。苦手な方はお気をつけください。

この世界は魔力で満ちている。火、水、風、大地。光、闇、その他諸々。微弱な魔力が集まって、自然というこの世の全てを作り出している。

それは、この世に生きる全ての生物も同じこと。魔力を身体の中に宿した彼らは、その魔力をもって、自然に干渉することができる。それが、魔術だ。

もっとも、それを魔術と名付けたこの世で最も個体数の多い種族、ヒトは、魔術についてもっと高尚で複雑な定義を打ち出している。だが難しすぎて、何度聞いてもよく分からない。とにかく、自分の力で自然の摂理をねじ曲げることを、ヒトは魔術と呼ぶ。対して、自然に力を借りて操るのが魔法だ。

では、これは何と呼ぶのだろう。感情の動きに合わせてうっかり魔力が漏れて、勝手に自然を動かしてしまう、この現象は。


「………めちゃめちゃ機嫌いいのかな………」


カエルレウス王国、王宮。そこに庭師として勤めるベスティー・ブラドロワは、青く晴れ渡る空を見上げ、溜め息を吐いた。陽の光が降り注ぐ中庭はぽかぽかと暖かい。季節は春。天気自体はさほど珍しいことでもなく、暖かい陽射しは、植物やベスティーにとっても望ましい。なので、本来なら上機嫌にこそなれ、溜め息なんて吐くはずがなかった。


「う~んいい天気!って、えぇっ!?」


だが、いくらなんでも桜と薔薇と向日葵と秋桜と椿と梅が咲き乱れるのは異常だ。植物たちも大変困惑している。誰だこんなことをした奴は。こんなことが出来る奴なんて、ベスティーは一人しか知らないけれど。

持って生まれた魔力の強さやキャパシティは種によって様々で、ヒトは少ない傾向にある。魔力の多い個体同士で交尾を繰り返しても、魔力の多い他の種を犯しても、ヒトが扱える魔力は本当に少ない。だから、ヒトが圧倒的に多いこの国で、こんな事態を引き起こせるだけの魔力を持った者なんて、彼しかいないのだ。


「ふわぁ………素敵………!」


よし、文句を言いに行こう。ベスティーは低姿勢を保って、生け垣の影に隠れながら、そうっと移動しようとした。が。


「あっ!ベスティーさん!」


見つかった。うげ、と思わず言いかけて、慌てて口を押さえる。ぱたぱたと駆け寄ってくる足音に、思い切り顔をしかめながらも、仕方がないので立ち上がって、お粗末な笑みを無理矢理張り付けて立ち上がった。


「……ええと、おうたいしひ、さま?ゴキゲンヨウ?」

「あははっ!やめてください!前みたいに、アイリって呼んで?」

「………いやあ……そういうわけにも…………」


陽に照らされると桃色にも見えるさらさらの茶髪。上目遣いにこちらを見上げるピンクトルマリンの大きな瞳。華奢で小柄で、愛らしいを具現化したようなその少女は、アイリ・メーデム。第一王子(雇い主の息子)の婚約者である。

いわゆる女の子走りだというのに一瞬で距離を詰めた彼女は、そっと腕に触れようとしてきた。だが、さりげなく一歩引いてそれをかわした。紳士たるもの、女性にむやみに触れてはならないし、王太子の婚約者ならば尚更だ。解雇されたらたまらない。本人は不満そうにしているが。


「でも、まだお妃さまじゃないですし………あたし、そういう身分の差とか無くしていきたいって思ってるんです!」

「………いやあ………」


妃じゃない、なんて当たり前だ。王太子だってまだ王じゃないのだから。それに身分の差といっても、ベスティーだって公爵家の次男坊なのだが。まあベスティーは養子だし、ただの庭師なので貴族も何もないけれど。

ベスティーは、自分でも人懐っこい性格をしていると思っている。食べ物も他者も、好き嫌いはほとんど無い。だが、彼女のことは苦手だった。彼女の元先輩かつベスティーの同僚であるメイドたちの、彼女に対する妬み混じりの愚痴を毎日聞いているから、ではない。王太子やそのとりま……ご友人の方々と中庭を占領されて仕事がやり辛いからとか、こうして度々仕事を邪魔されるからとかでもない。いやそれも少しはあるけれど、一番の理由は匂いだった。香水なのか、彼女はいつも甘ったるい匂いを纏っていて、ヒトより鼻の利くベスティーにはキツすぎる。

出来ればあまり近付かないでほしいのだが、彼女はやけに馴れ馴れし、ではなく、彼女もとても人懐っこい人なので、残念ながらよく話しかけてくる。その度に嫉妬深い王太子やそのご友人が鋭く睨んできて、時折一言二言言ってきたりもする。アイリは僕のものだよ、とか。ちなみに、これはご友人の言葉である。

だが怖い。本当に、いつ何時解雇されるか分かったものではない。好きなひとが別の男とベタベタしてたら嫌だという気持ちは分かるけれども、だったらこちらではなく、少しは彼女本人に言ってあげてほしいものだ。

ベスティーはバケツを握る力を強めて、努めて笑顔を保った。


「俺ちょっと行くとこあるから、そろそ「そうなんですか?じゃあ、あたしもご一緒してもいいですか?」

「………仕事だし、全然面白くな「そんなことないです!お願いします!あたし、お手伝い出来ることなら何でもしますから!」

「男にあんまりそういうこと言っちゃだめだよ~~~………」


うっかり敬語は外れてしまったが、邪魔だ、とは言えないのが悲しいところだ。誰か来てくれ。この際王子でもいいから。そしてこの子をどこか別の面白いところへ連れていってあげてくれ。

指先に何かの葉が触れた。彼女の匂いに花の香りが混ざって、頭がくらくらする。ああ、くそ。せめて廊下だったら良かったのに。ここは駄目だ。植物は彼女のことが嫌いだから。

ベスティーは彼女のことが苦手だ。かわいい子だなとは思う。男のヒトは好きだろうな、とも。だけど苦手だ。嫌いじゃない。嫌いではなく、苦手なのだ。苦手だ。嫌いじゃない。嫌いじゃない。嫌い。嫌い嫌い嫌いきらいきらいさわらないでちかよらないでわたしたちにわたしたちにわたしたちは、


「ベス!」


蔦の中に光が差し込む。覆われた意識と視界がぱっと晴れて、ベスティーは勢いよくそちらを振り向いた。目の前に未来の王太子妃(雇い主の嫁)がいることも忘れて、輝く笑顔で。


「ロウ!」


廊下の窓から身を乗り出すようにしてこちらを見下ろすその男も、呼び掛けた瞬間の笑顔を更に明るいものに変えた。ベスティーは王宮中に響き渡ってしまうのも構わず、声を張り上げた。


「休憩中!?そっち行く!」

「あ、いや、書類提出したところで、まだ……」

「うん!でも俺終わったからそっち行く!待ってて!」

「え!?ちょっ、おい……」

「は!?ベスティーさん!?ちょっと!!」


言った瞬間にはもう走り出していた。背中に掛かる声など全く聞こえない。手にしたバケツの中の枝を捨てて、用具を片付けて、厨房に行ってなんかもらって、それから。心を占めるのはそればかり。へへ、とベスティーは思わず笑った。


ああ、やっぱり。いつだって彼は、俺を助けてくれる。


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