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ゾンビ令嬢と恋

ぐちゃっ。嫌な音が、首から聞こえる。更にぐちゅぐちゅと脳に響き、ほどなくして収まりのいい位置が見つかって、ようやく頭と身体が一つになった。よし。ルスヴィエートが小さく呟く。


「不思議なのは、ルスが付着させた方が馴染みやすいという点だ。彼女の中のルスの血がそうさせるのだろうか……ううん、検証の余地ありだね」

「照れる」

「え?なんで?」


黙ったままのルナマリアを余所に、男どもは噛み合わない会話を繰り広げている。フィズだけが気遣わしげに覗き込んできてくれて、その深緑の瞳の澄んだ輝きに、ああ、いい子だな、とひどく冷静に考えた。同時に、分かってしまった。言葉を話せぬ彼女だけが、この場で唯一話の通じる相手で、後の二人は化け物だ。ルナマリアは彼らに化け物にされたのだ。人外に偏見があるわけではないけれど、最初に人間として生まれてしまった以上、自分がそれ以外のものになるのは恐ろしかった。……もう死んでいるのだが。

いや、いや。うっかり浮かべてしまった「もしかして気にし過ぎだろうか」という考えを振り払うように頭を振る。本人の了承も得ずに化け物にするなど、死者に対する冒涜だ。ルナマリアは顔を上げ、男どもを睨み付けた。が。


目が合って、ルスヴィエートはそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。ルナマリアはまだ知らないのだが、ルスヴィエート・カエルレウス・ロワモルテは、表情の無い男である。言葉も足りないよ、と言った獣人もいたが、こと表情に関しては、眉を寄せる以外の変化はほぼ無かった。ある騎士曰く、表情筋が死んでいる。ある夢魔曰く、もはや感情が無いのでは。好き勝手言われても、ルスヴィエートは眉一つ動かさなかった。騎士と夢魔は顔を見合わせ、震えながら謝った。

そんな男が、微笑んだ。直接真正面から食らったルナマリアはもちろん、流れ弾を受けたフィズやゾイまで、息が止まるほど美しい笑みだ。特に二人は、ルスヴィエートとかれこれ3年の付き合いになるのだが、笑ったところは初めて見た。思わず、ゾイは「笑えたのか」と呟く。


「ルナマリア」


この世で最も愛おしいものを呼ぶように―――実際そう思っているのだけど―――ルスヴィエートは、その音を唇に載せる。そっとルナマリアの手を取った。触れられたところが熱くなる。明らかに血は通っていないのに。心臓は、動いていないのに。首が落ちた時も一滴も血は零れなかったのに。そんな風に、冷静に考える余裕など無かった。

文句の一つや二つ、言ってやりたかった。言ってやるつもりだった。なのに、「あ」とか「う」とかしか言えなくなってしまった。そんな声すら愛おしむように、ルスヴィエートは瞳を細める。そして、優しく甘やかなテノールで、もう一度。


「ルナマリア」


ああ、同じだ。7年前、月光に照らされたその笑顔。思い出した。ルナマリアは、ずっと前から彼を知っている。


「あ、なたは……」


ルスヴィエートは、あの日と全く同じ笑顔で、止めを刺した。


「俺は、貴女を愛している」


ルナマリア・アニュレールは、生まれたときから王太子妃となるべく育てられてきた。建国以来の賢妃になることを夢見て、自分にも他人にも厳しく接してきた。婚約者はおろか、実の父すら目標を実現するための道具としか思ってこなかったし、相手にとってもそうだった。面倒事のスケープゴート。出世の道具。当たり前のことだ。お互い様だ。だけど、ルナマリアは。ただのルナマリアは、本当は―――


―――本当は、たった一人に、たった一人の最愛として、愛してほしかった。


腐敗した国を立て直し民から崇拝される、なんて壮大なやり方で代替しようとしていた、ちっぽけで取るに足らない、されど終ぞ叶うことのなかった願い。それを自覚させられた挙句、いとも簡単に叶えてきためちゃめちゃ好みの男を前にして、ルナマリアの思考は再び完全に停止した。死んだはずの身体が、燃えるように熱くなる。時代がもう少し古ければ断頭刑ではなく火刑によされていたはずだが、こんな気分なのかもしれない。あまりに脈絡の無い考えだ。ああ、もう。もうだめだ。


「結婚してくれ」

「…………い、」

「い?」

「いやーーーーーーーーっ!!!!!」

「!!!???」


耐え切れずに絶叫する。ルスヴィエートがこの世の終わりのような顔をしたことにも気付かず、思い切り手を振り払ってシーツを被った。全裸で寝かされていたわりに、ほのかに花の香りのする良いシーツだ。


「……嫌……」

「これは…惚れ薬でも処方しようか?」

「ウウ……」


三人の会話も、鳴らないはずの鼓動が邪魔をしてルナマリアの耳には入らない。ただ、一つだけ悟っていた。


きっとわたしは、彼からは逃れられない。


それは、俗に言う『恋』であったのだけど―――、少女がそれを知るのは、もう少し先の話。

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