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悪役令嬢の目覚め

少女が泣いている。夜闇に包まれ、真っ暗な王宮の中庭で、咲き誇る薔薇に守られるようにして、一人。声も上げずに。

ああ、わたしだ。ルナマリアは考える。少女は、8歳のルナマリアだった。


このときのルナマリアは、王国の中では後にも先にも唯一の味方だった最愛の母を亡くしたばかりだった。しばらくは泣いて泣いて、食事も摂らずに部屋に引きこもり、泣き暮らしていた。なのにこのとき王宮にいるのは、王太子の誕生日パーティーに参加したからだ。参加させられたのだ。父に引きずられるようにして連れてこられた。ルナマリアは嫌だと言ったのに。ドレスで隠れる部分を、ひどく鞭で叩かれた。王宮までの馬車の中でも泣いていたら、笑いなさいと叩かれた。会場でも泣くようなら、帰ってから折檻する。仕方がないから、会場では気丈に振る舞った。なのに、顔を合わせた王子はこう言った。


「母を亡くしたばかりだというのに笑っているなんて、薄情だな」


思い出すだけでも腹が立つ。煮えたぎるような殺意が沸く。もう少しルナマリアが成長していたならば、その場で殺しているかもしれない。相手は流石に王太子なので、それをしたら即死刑だ。でも多分殺している。それくらい、母は未だに、ルナマリアにとって大切な人だ。

でも当時のルナマリアは、殺意よりも怒りや悔しさや、悲しみが勝った。ぼろりと大粒の涙を零し、その場から逃げ出した。父の怒号が聞こえたが、振り返らなかった。このときが最後だった。王太子の前でルナマリアが涙を見せたのは。

……ちなみに、『ツンデレ俺様王子』である王太子のこの発言は、翻訳するとこうだ。「悲しいなら、俺の前でくらい笑わなくてもいいのに」。父の怒号も、この時ばかりは怒りではなく、1000%の焦りで構成されていた。ルナマリアは終ぞ気が付かなかったが。だって、結局折檻されたので。

脇目も振らず中庭まで走り、薔薇の影に隠れて、声を殺して、ルナマリアは泣いた。泣いたところで、もう慰めてくれるひとはいない。ならば、誰にも気付かれないでいたかった。もう誰にも気付かれるわけにはいかないと、幼心に分かっていた。


泣く昔の自分を見ながら、我ながら憐れだと冷えた心で考える。7年も経ったのに、この日の自分に掛ける言葉は見当たらない。分かっているのは、ルナマリアが泣いても意味など無く、父も婚約者も何も変わらず、どうせいつかは一人に慣れてしまうということだ。そして一人のまま、ルナマリアは死ぬ。

――――あれ、でも。ふと、違和感を感じた。このとき、本当に自分は一人だっただろうか。このまま記憶は終わりだろうか。誰かいた気がする。誰かが―――。

ざり、と足音がした。8歳のルナマリアの肩がびくりと跳ねる。


「……どうかしたのか」


いつの間にか、少女の傍に背の高い男が立っていた。影になって、ルナマリアにも姿はよく見えない。8歳のルナマリアは顔を上げず、懸命に涙を拭う。そんなことをしても泣いていたのは明らかなのに、馬鹿だ。じくりと胸が痛む。


「腹でも刺されたのか。頭は、割られてはいないようだが」

「えっ」


だが、静かで感情の無い声で続けられた言葉は、唐突かつあまりにも物騒だった。は?ルナマリアは呟こうとしたが、声は出ない。しかし当時も同じように感じたらしい。8歳のルナマリアが思わず、といったように顔を上げる。そして。

涙に濡れたその瞳が、丸くなった。あまりにも美しいものに、目を奪われるように。


「―――」


男も息を呑む。暫く言葉を失って、二人は見つめ合い、ようやく口火を切ったのは男だった。微かに、声が震えている。


「貴女の、名前は?」

「……ルナマリア」

「そうか」


きれいななまえだ。テノールが丁寧に言葉を紡ぎ、微笑む。どきりと高鳴る心臓は、果たしてどちらのルナマリアのものだったのだろう。


「ルナマリア」


そっと、大切そうに、優しく。名前を呼ぶ声がする。ルナマリア。柔らかな声で、何度も。ルナマリア。

温かな手が、冷え切った手を包み込む。そっと距離が近付いて、吐息が、触れて、―――唇に柔らかいものが触れた時、ルナマリアは、目を覚ました。

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