悪役令嬢と夢魔
短め
そう、ルナマリアは殺されたのだ。死んだのだ。それが何日前のことなのかは分からないけれど、忘れるはずもない。彼女はちゃんと、覚えていた。
「よしよし、ちゃんと覚えてるみたいだね」
レーヴはぱっと笑顔になる。正直こんなろくでもない男女の為に死ぬなんて、ともうすぐ殺されるのに死ぬほど悔しかったし、死んでも死ぬほど悔しかったので、ものすごい憎悪を込めたはずなのだけど、怖くもなんともないようだ。スライムだからか。
「ここはどこです?天国?それとも地獄ですか?」
「へえ、地獄に堕ちるような真似をした自覚があるんだ?」
「…貴方がいるなら地獄なんでしょうね」
八つ当たりの自覚はあるが、それでも人を食ったような態度に苛立って、ルナマリアは地を這うような低い声で吐き捨てる。レーヴはあはは、と声を上げて笑った。
「残念だけど僕は死んでないんだよねえ。きみは死んだけど!」
カッとなって手を振りかぶった。ルナマリアは、生前必死に抑えていたものの、元来短気であった。ぶにょん。細長いスライムが頬を打つ。が、
「いっっっっった!!!!!」
レーヴが吹っ飛ぶ。おさえた頬に、くっきりと紅葉のような痕が付いている。なんで、と思わず呟くと、こっちの台詞だよ、と泣き声が返ってきた。イラッとする。
「きみは像を上手く結べていないだけ。自分自身が曖昧になってるからね。でも普通にきみそのものなのに…まったく…」
親にも殴られたことないのに。どっちもほとんど知らないけど。ああでも、兄さんにはあるなあ。ぶつぶつ言いながら頬を揉み解し、ルナマリアの前に戻ってくるレーヴを、暫し呆けたように見つめ、ハッとした。慌てて問い詰める。
「え?つまり本当は、元の美少女の姿をしていると?」
「美少女かどうかは知らないけど、ヒトの形はしてるよ。生前に近いカタチの」
「じゃあ美少女でしょうが!!美的センス0ですか!?」
「ええ~結構自信あるんだけどな~。指輪作りとかね、趣味だよ」
「指輪作るんですか…へぇ…ってそんなことはどうでもいい!!じゃあわたし、なんで、こんな…」
「だから像を上手く結べてないの。ここ夢だし」
「ゆめ?」
「夢だよ。何せ僕は夢魔。夢の中に現れる魔物だからね」
「……死んでも夢を見るんですか?」
ルナマリアの問いに、ずっと不機嫌な顔をしていたレーヴは顔を上げ、唇を吊り上げる。直接問いには答えずに、僕はずっと前からきみのことを知っていてね、と切り出した。
「きみの本当の願いも知っている」
「…はあ」
「最初は戸惑うかもしれないけど、きっと好きになるよ」
「…は?」
ルナマリアは困惑するが、レーヴは楽しげに笑うだけ。ローブを翻し、手を大きく広げ、高らかに声を上げた。
「さあ、そろそろ起きる時間だ!世界が君を待ってなくても、世界を創る王がきみを待っている!」
「ちょ、ちょっと!何の話を、まっ―――」
歌うような、芝居じみたそれを合図に、眩しい光が満ちた。思わず顔を覆った腕は、確かにヒトのものだったけれど、それに気付く前に意識が遠のく。
「これからよろしく。義姉さん」
レーヴの言葉を理解する前に、ルナマリアの意識は完全に光に飲まれた。
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