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悪役令嬢の生前

生前の説明があるので長めです。

しかし、残念ながらルナマリアに『それ』の言葉を聞く余裕は無い。胸倉を細長く伸びたスライムが掴み、持ち上げ、思い切り揺さぶる。


「ぐえっ!!」

「あああああなた!!あなた!!あなた!!!!」

「ぐ、うぇ、おちつ、落ち着いて」

「あなた誰です!!??どうしてわた、わたし、(わたくし)はこんな、ここどこ、こんなすがた」

「落ち着いて!!落ち着いてよ!!」


『それ』は必死に叫び、慌ててルナマリアの手首(?)を掴んだ。ぶにょ。ルナマリアは叫ぶ。『それ』は鼓膜にもダメージを食らい、耳を押さえようとしたところを振り回され、『それ』もまた叫び、小一時間。

ようやくお互い喚きつかれ、泣きそうよりも吐きそうになったころ、互いの手を離した。ぜえぜえと荒い呼吸をしながら、息を整え、『それ』は乱れた衣服も整える。不満そうに頬を膨らませ、呟いた。


「…せっかく結構意味深な登場ができたと思ったのに…」

「何意味不明なこと言ってるんですか!!!早くここから出し、うえっぷ」

「……ほんと元気だね………僕はレーヴ。夢魔だよ」

「は?むま?」


『僕』ということは、男なのだろうか。インキュパスですか、と問うと、彼(仮)は首を横に振る。ぼさぼさになってしまった髪が、またさらさらと揺れる。


「違うよ。僕は他者(ひと)の夢に入り込むだけの魔物。ついでに、偉大なる魔法使い」

「はあ…」

「信じてないって顔だね」

「偉大って、自分で言うことじゃないでしょう」

「でも、事実だからね」


ふふ、と微笑む彼は、やはりヒトならざる美しさを持っている。纏う空気も、この上も下も分からなくなるような空間で悠然と構えているところもそう。どう足掻いてもヒトではない。しかし、恐ろしいとは思わなかった。生憎、人外の知り合いがルナマリアには多いので。


「知ってるよ。きみはシエロ王国と親交があるものね」


あれ、そういえば顔って。ルナマリアが考えたとき、レーヴは楽しそうに、しかしはっきりとこちらを揶揄うように言った。カッと頭に血が上る感覚がした。ルナマリアは睨み付ける。目があるのかは分からないけれども。

レーヴは笑みを消し、ルナマリアを覗き込んだ。全てを見透かすような瞳。


「覚えているかい?きみは死んだんだ」


ルナマリアは唇を噛み…は出来ないが噛むような気持ちで、脳裏に過る男と、その隣で怯えるふりをしながら嗤う女の代わりに、レーヴを睨んだ。



ルナマリアは、ルナマリア・アニュレール()()()。カエルレウス王国の宰相、アニュレール公爵の長女。カエルレウス王国第一王子、レオフラム・ルベルト・カエルレウスの婚約者。それが、ルナマリアのかつての肩書きだ。

生まれた時から王妃となるべく厳しく育てられ、10を超える頃には王国中の誰より賢く美しい淑女へと成長していた。それは、人間嫌いと名高い隣国の王が唯一気に入るほど。誰もが、彼女が建国以来の賢妃となることを疑っていなかった。

しかし、ある一人の少女が現れた。アイリ・メーデム。メーデム男爵が使用人との間に設けた子供であり、かつては母親と二人、市井で慎ましく暮らしていたそうだが、母を亡くして男爵家に引き取られた。そして15歳になったとき、花嫁修業と称し王宮の侍女となった。要は、体良く追い出されたのである。不遇ながらも明るく、懸命な彼女は、些細なきっかけで王子と出会い、あっという間に恋に落ちた。

ルナマリアは王太子の婚約者としては非常に優秀で、これ以上無い人物ではあったけれども、16歳の少年の恋の相手には向かなかった。優秀過ぎたのだ。傷つきやすい少年の自尊心は、ルナマリアが傍にいることで常にボロボロだった。そのまま塵と消えてしまえばよかったのだけれど。しかし、純粋で貴族社会という穢れを知らない、言い換えればまともな教育を受けていない少女と接することで、少年の心は安らぎ、無駄に高いプライドは復活した。

恋に燃え上がった少年は、第一王子という立場を利用してあからさまに少女を特別扱いし、少女は戸惑いつつも満更でもなかったのか、甘んじて受け入れていた。というか、最初(ハナ)から少女を純粋だと思っていたのは少年とその取り巻き、そして一部の男共だけだ。少女は貴族社会にこそ疎かったが、それよりももっと性質(タチ)の悪い社会に精通していた。庶民の社会ではない、()()()()である。それはルナマリアたちには知る由もない、夢魔だとか神だとかしか知り得ないことなのだが、少女がそこそこに狡猾で、邪推するなら彼女の父親である男爵の狙い通り、もっと邪推するなら彼女の母親と同様に、上位貴族あわよくば王太子の妾の座を狙っていることだけは、同じ女という種である彼女の同僚やルナマリア、彼女が王太子と並行して接近(攻略)していた騎士団長の息子とか魔術協会の息子とかの婚約者たちにも分かっていた。

人目も憚らず、時にはお互いの職務を投げ出してイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャする二人に、ルナマリアは憤慨した。一つ年上の婚約者の浮気に怒ったわけではない。ましてや、嫉妬の感情など欠片も無い。ただ、自らの立場も理解できない二人の馬鹿さ加減に憤った。一国の王子ともあろう人が、恋なんぞにうつつを抜かしてどうする。婚約者のいる男をあからさまに誘惑して恥ずかしくないのか。二人を見かける度に、自分が言わねばという責任感から、ルナマリアは正面切って説教をかました。その度に、少年は「誰に向かって言っている!」と逆ギレした。少女は「やだ…こわい…」などとわざとらしく怯え、少年の背中に隠れて見せた。少年はデレデレと鼻の下を伸ばし、「お前は俺が守ってやる…」とカッコつけた声で囁いた。ルナマリアは「恩着せがましい!!」と純粋にキレた。ここまでがワンセットである。


少年はあるとき、お前との婚約を無かったことにしてもいいんだぞ、とのたまった。少年も流石にそれはマズいと分かっていた。ちょっとした脅しのつもりだったのである。ここで、婚約破棄したら自分の方が立場を危うくするとは考えないのが流石だが。ただ王の直系は少年しかいないので、この場合、最愛の少女の立場が家ごと死ぬだけだ。

しかし、ルナマリアの反応は違った。「あ、こいつもうだめだわ」と思い込んだ。陰で稀代の馬鹿王子と笑われる少年。ルナマリアからの彼への評価も、その実地に落ちていた。正直、彼に最も低い評価を付けていたのはルナマリアである。誰にも言ったことは無いけれど。嘘。隣国の王には話した。隣国の王の少年への評価は、地にめり込んでマントルまでいっていた。

だがしかし、彼女は王妃となるべく生まれてきた女である。自分が建国以来の賢妃となることを誰よりも信じ、望み、努力してきた。こんなくだらないことで唯一の王子という駒を捨てるわけにはいかなかったのである。なので、正面切って説教するのはもう時間の無駄なのでやめて、女の方を殺そうと決めた。不慮の事故を作り出す計画を練り始めた。隣国の王や家臣と共に自然災害を研究した。その成果は殺人に使うよりも先に、近隣国で起きた災害救助で使われて、彼女は更に評価を高めた。少年の自尊心は傷ついた。

ただ、彼女の計画というのは完全犯罪を求めすぎていて―――否、問題はそこではなく、ルナマリアがツメの甘い女であったことだろう。彼女は研究にのめり込むあまり、周りが見えておらず、少女への嫌がらせや強姦未遂・殺人未遂が多発していて、その全てが自分のせいにされていることにわりと気付いていなかった。中には少女の自作自演もあり、その中の一つ、少女を庇った王子の暗殺未遂事件が起こった時にはもう遅い。ルナマリアは、第一王子とメーデム男爵令嬢の暗殺を企てた黒幕にされていた。しかも、隣国とのパイプ役だったのを逆手に取られ、隣国に国家機密を流したという罪状まで追加されていた。それは隣国に対する侮辱でもあり、同盟が破綻しかねないと、突然身に覚え……はまあないわけでもなかったがまだやってない罪を着せられ、困惑する中で真っ先に否定したが、聞き入れてはもらえなかった。何を言っても駄目だった。まるで少女の言うことが全てであるかのように、誰もが少女の言うことを信じていた。

確かに、ルナマリアは貴族の汚職を許さず、全て洗い出そうとしていたため、敵は多かった。性格もまあ、それなりに、結構キツいので、万人から好かれる存在ではない。良く思わない輩の策略でもあったのだろう。それにしたっておかしかった。異常だった。実の親や兄ですら、ルナマリアの言葉を一言たりとも信じなかった。ルナマリア・アニュレールはアニュレール家から籍を抜かれ、ただのルナマリアになった。


そして、断頭台で処刑された。はじめからそう決まっていたかのように殺され、15歳でその人生の幕を閉じた。


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