悪役令嬢と処刑
最初だけルナマリア視点です。
腸が煮えくり返るような怒りを丁寧に丁寧に包み隠して、わたしは微笑んだ。もう貴族ではない、重罪を犯した卑しい女。それでも自分は、自分だけは、自分のことを信じている。この場にいる誰よりも、わたしは気高く、美しい。
正義の名を借りた傲慢な嫌悪に歪む赤い瞳を、真っ直ぐに見つめる。ああ、忌々しい。本当は思い切り声を荒げて罵倒して嘲笑って、無駄に高い子供みたいなプライドを叩きのめし、二度と顔を上げられないようにしてやりたい。でも、それはもう叶わない。ならばせめて、もう取り返しがつかなくなってから死ぬほど後悔するように、呪いを残しておかなければならない。賢妃として名を残すことができないのなら、悲劇の少女としてでも語り継がれてやる。ああ、ああ!悔しい。悔しい悔しい悔しい!わたしはそんな、あの女が演じたみたいな役回りになりたくなんてなかったのに!
荒れた唇を噛み締めて、それでも、笑う。泣くことだけはしたくなかった。泣いてしまえば、本当にあの女と同じになってしまうから。
「私は最後まで、心から貴方をお慕いしておりました。…レオさま」
赤い瞳が、純粋な驚きに見開かれた。後ろの男が何やら喚いて、背中を蹴り飛ばされる。わたしはもう奴を見なかった。断頭台に首を差し出し、この世の全てから目を閉じる。
わたしは、最後の最後まで嘘を吐いた。本当は奴を想ったことなど、ただの一度も無かったし、本当は民に愛され、後世に語り継がれる賢妃になりたかったのではなくて、―――本当は。
ルナマリア。いつか聞いた、優しい声を思い出す。なるほど、これが走馬燈か。唐突に熱が引いた頭でそんなことを考えて、わたしは。
ルナマリアは、気が付けば真っ白な世界にいた。
「ここは…」
辺りを見回してみるが、何も無い。ただ白い空間が、どこまでも広がっている。その割に、自分の声はよく響いた。
そうだ、床は?足場はどうなっている?そう思って、ルナマリアは自身の足元を見下ろし―――悲鳴が、謎の空間に木霊した。
「きゃあああああっっっ!!??何ですこれぇぇっっ!!??」
自分の足が、いや、全身が、国境の森付近にしばしば出没するというスライムのようになっている。手を見る。どう見てもつるつるとした、なぜか紫色のスライムだ。おそるおそる顔に触れる。つるん、ぶにょん、ぽよん。形容しがたい感触。ぞくりと皮膚が粟立った。スライムのつるりとした表面が、棘のように逆立った。
「きゃーーーーっっ!!いやーーーー!!どうしてーーーーーー!!??」
半狂乱になって泣き叫ぶ。念のために言っておくが、ルナマリアはスライムではなかった。ごくごく普通の人間であった。いや、普通ではない。緩く弧を描く、月の無い夜の色をした、腰まで届く長い髪。ミルクに深紅の薔薇を溶かしたような、傷一つない白い肌。すらりとした手足と細い腰に似合わぬ、されどひどく蠱惑的な、豊かで柔らかかつハリのある胸。小さな顔にバランス良く配置された、高い鼻、艶やかな唇、長い睫毛に縁取られた大きく吊り目がちなアメジストの瞳―――つまり、非常に、月も恥じらい花も閉じるほど、2000年に1度いるかいないかというような、美しい少女だった。自分でも鏡を見て時々うっとりするくらいには美しいと思っていたし、維持するべく努力を惜しまなかった。自慢の美貌だったのである。なのに、どうしてこんなことに。
泣きわめくルナマリアの前に、一人の少年のような、少女のような、男のような女のような『何か』が現れた。小柄で線が細く、濃紺のローブを羽織った、ヒトの形をした『それ』は、海のような深い青の瞳でルナマリアを射抜き、微笑んだ。こんばんは。少し首を傾げると、肩ほどの長さの真っ直ぐなミルクティー色の髪が、さらりと揺れる。
「死んだって言うのに元気だね?ルナマリア・アニュレール」
初回のみ3話更新