紫陽花
湿った暖かな風が吹いていた―。
その風は僕の背中をトントンと押して、足が自然に帰路へと向かわせる。
その道に、紫陽花は咲いていた。それは僕しか知らない不思議な道。
紫陽花は、今という時間を濃密に、純粋に楽しんだという……。
初夏の長い雨に撃たれる様を傘をさす僕はみた。
夏の暑さに干される様を僕はみた。
そして、いつしか紫陽花は僕に云った。
「ワタシは生きた」
一緒に生まれた友達は先に行き、ワタシだけがのこったと・・・。
しかし、ワタシは寂しくはなかったと・・・。
紫陽花はコクンと顔を落としてさらに云う。
すでにワタシの子が生まれる準備が死と同時に完了することがわかった。
ワタシは、今、葉に水滴をのせている。その水は神様に捧げるワタシの結晶になるんだと・・・。
そして、ワタシの命がもうないならば、せめてこの子だけは守りたいと……。結晶はゆっくりと、時間をかけて葉から落ちてゆく。
ワタシはこの世界に精一杯叫んだ。
「もし、生まれ変われる権利がワタシにあるとしてもワタシはワタシでいたい。この子もそんな風に生きてほしい。幸せな時を過ごしてほしい。いろいろなほしいをいいたい」
「でも……、これだけはまだ見ぬ我が子に伝えたい」
「ごめんなさい。先に逝ってしまうお母さんを許してね」
結晶は地面に落ちた。
それはまるで涙のように落ちた・・・・・・。
僕に同情を抱かせて・・・・・・。