君の墓前に花を供えよう
私は友が眠る墓を参ると共に、何も言わない冷たい墓石に対し語りかけた。
お前が死んでから既に60年。お前は今も若い姿で居るんだろうな。既に90歳となった俺の姿を見てくれ。走る事はおろか、歩く事すらままならない。髪も抜け落ち、肌もシミだらけでこんな状態だ。
お前が亡くなる前、一緒に仕事をしていた数年間はとても楽しくかったな。今でも鮮明に思い出す事があるよ。
仕事帰りに一緒に「ヘ○ス」に行って、その後には「おっ○いパブ」が定番だったな。更にその後の居酒屋では互いの相手のレビューをしたな。ああ、ほんとうに懐かしい。
そうそう、たまに風俗店のはしごなんかもした事があったな。考えてみれば俺達も若かったよなあ。インターバルを30分かそこらで頑張ったよな。
一緒に出張に行った時なんかにはさ、その街の風俗店を探索するのが一番楽しみだったよな。色々とネットで情報集めながらさ。本当に楽しかったな。
お前は知らないかもしれないが、軽く計算したら新車の車が余裕で買える位に風俗に金を使ったんだぜ? でも、お前がいなくなってからは、俺も行く回数は減ったけどな……勿論、今はもう体力的に無理だけどな。
俺も近いうちにそちらに行くかもしれないから、待っていてくれ。
その時にはずっと語り合おう。どの店のどの子が良かったかを。
そいつは優しい笑顔で以って、俺の墓に向かって話し続けた。
いや~ほんと久しぶりだなあ。っていうか最初は誰だか気付かなかったな。つうか突然来るなんて驚くな。死に際だから来たのかな? しかし、よく俺の事なんて覚えていたな。なんだか嬉しいもんだな。しかし、こいつも老けたなあ。俺が死んだのが30歳の時だから60年ぶりか。
まあ、それは置いておくとしてだ……
そんな話をここでするんじゃねーよ! ここにどれくらい人が棲んでいると思ってんだよっ! みんなに聞かれたじゃねーかよっ! 確かにお前の近くには誰一人として居ないからそんな話を声に出して言ったんだろうけどよ、少なくともお前には見えない数十人には聞こえてるんだよっ!
あ~あ……周囲の視線が痛い……クスクスといった笑い声が聞こえる……
俺の隣の墓には20代の女性が棲んでるんだぞ? といっても、お前には見えないし聞こえないから、何を言ってもしょうがないけどよー。
お前がそんな話をするもんだから、俺は今その女性から蔑んだ目で見られてるんだぞ? 今までは素敵な男性って見られてたのに……まあ、その人は俺よりも20年位早生まれだから20代と言ってもアレだけどな……
彼岸は勿論、盆や正月にも花が供えられてさ、更には家族以外も稀に来る事もあったから、「随分と慕われていたんですね」なんてさ、いい感じだったのに……全てぶち壊しだよ……
まじでここでそんな話をするんじゃねーっての……俺はここから移動出来ねーんだぞ? ギャグにしかならないが、もう死にたい……
反対隣の墓には代々続く墓がある。その墓には爺さんが4人に婆さん4人と小さい男の子が棲んでいる。爺さん婆さんは皆寝ているけど、男の子はポカーンとしながらそいつの話を聞きつつ、時折俺の目を見る。
ぅあーっ! お願いだから耳を塞いでてっ! そんな目で俺を見ないでっ!
「君は小さいから知らなくていいんだよ」と、笑顔で話しかけてうやむやにしようと試みるも、その子の純真無垢な目が俺の魂に突き刺さる。これが心の痛みと言うやつか……
向かいの墓は先月撤去されてしまった。墓守が居らずに合祀墓に移動してしまった。そこには成人したての子供とその両親が棲んでいた。10年程前までは高齢の祖父母が来ていたが、それ以来、来ていなかった。どこかで永眠し来れなくなったのだろう。移動する際の別れは辛い物があったな……
そして、俺の入っている墓には爺ちゃんと婆ちゃん、そして爺ちゃんと婆ちゃんと同年代となった両親もいる。爺ちゃんと父さん母さんは寝ている。だが婆ちゃんは苦笑いしながらそいつの話を聞き、俺をチラチラと見ている……
ああーっ! ごめんねっ! 婆ちゃんごめんねっ! こんな孫でごめんねっ!
まあ、でも……確かに楽しかったよな。あの頃は。
私はそいつに対して届かない言葉を語りかける。
「お前も近いうちにこっちに来るのかもしれないが、ゆっくりでいいからな? その時には丁度、俺の目の前の墓も空いているからそこに入ればいい。その時にはのんびりと、長々と、恥ずかしい話を含めていつまでも語り合おう。なんせ時間は無限だからな。とはいえ、今度は小声で頼むぜ?」
2019年11月11日 初版