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第7話 女神と後悔

 冒険者ギルドで用事を終えた俺は、そのまま街並みを見ながら武器屋へ向かっていた。空は晴れ渡り、ビーチでの日光浴に最適な日和。ナビリスの案内に従い、ヒビ一つ見当たらない白く丁寧に舗装された石畳の上を歩く。


 大通りの両端には屋台がたくさん出ている。その中にはホットドッグやハンバーガー、さらにはナンの上にカレーに似た何かをかけた食べ物など、地球でよく見かけた料理を売っているものもあった。


 すぐ近くの広場では、老人がベンチに座り、新聞らしきものを読んでいる。また、子どもたちがサッカーボールを蹴りながら無邪気に遊んでいた。


『この世界は、意外と文明が進んでいるんだな』

『はい、アカシックレコードを紐解けば、やはり一番の原因は100年ごとに召喚される異世界からの勇者です』

『異世界からの召喚って、絶対地球からだろ』

『ええ、1100年前に何者かが魔術召喚した勇者、ランキャスター初代国王の圧倒的な火力と知識に目を付けたバンクス帝国が、100年ごとに転移型魔法陣で召喚しているようです』

『地球人からしたら、帝国は連続誘拐犯。だが、向こうからしたら、短期間で戦力を増やせる有望な駒…か』

『それと、今年で最後に召喚を行ってから100年目になります。バンクス帝国は今まさに召喚の準備中です』


 なるほど…。しかし、その召喚を止める義務は俺にはない。召喚を止めたいなら、バンクス帝国以外の他国で連合軍を作り、バンクス帝国を滅ぼし、勇者召喚に関する資料を全て燃やせばいいだけの話。でも、人類はそれを実行しない。内心、どの国も簡単に手に入る戦力を求めているのだろう。


 ナビリスと勇者について話していたら、いつの間にか街の武器屋に着いた。


 煉瓦と石造りが合わさった立派な建物で、ハンマーの絵が描かれた看板がある。開けっ放しの茶色く焦げた木製の扉を潜ると、店内の壁には所狭しとショートソード、ロングソード、バスタードソード、大剣、短剣、槍、斧、メイス、ハンマー、レイピア、エストック、そして刀や種子島らしき火縄銃まで飾られていた。さらに、床に置かれた樽の中には魔法使いが使用する杖が売られている。


 予想を超えた武器の種類の多さに時間がかかりそうだ。俺以外の客も15名ほどおり、壁に飾られた武器や杖を物色している。。全て鉄でできたカウンターには、店内に入ってきた俺をジロリと睨みつけてきた筋肉質な髭の親父がいたが、すぐに興味を失い、手元の短剣を丸い砥石で磨く作業に戻った。


 俺は剣が並べられたセクションへ行き、何の変哲もない普通の素材で作られたロングソードを手に取り、それをカウンターに置いた。


「親父。このロングソードに、これをしまう鞘と剣帯をくれ」


「……金貨1枚と銀貨60枚」


 無愛想に値段を告げてきた店員に、金貨1枚と銀貨60枚を渡した。


「値引き交渉も無しかい……そこで待ってろ」


 そう言って奥の部屋に行った親父を待つこと数分。鞘と剣帯を持った親父がそれをカウンターに置いた。これも何の変哲もない黒い革で作られた鞘と剣帯だったが、何の武器も持たないよりはマシだと自分を納得させ、ロングソードを鞘にしまい、剣帯の横に付いた鞘用のベルトに括り付け、腰に巻き付けた。親父に礼を言い、武器屋を出た。


『思いのほか品揃えが良かったな。また買いに行くか』

『ふふ、貴方のインベントリには大量の武器が入ってるのに、わざわざ下界で武器を買うなんて変な神ね』

『ナビリスの言いたいことも分かる。確かに俺のインベントリの中には、鍛冶を司る神と一緒に作った武器が山ほど眠っている。でも、豪華すぎて恥ずかしいし、力が強すぎて一振りで大陸が消滅するほどの威力だぜ?だから神界か、お爺ちゃんが作ったダンジョンでしか使わないように制限してるんだ』

『ふーん。それじゃあ、気に入った人にその武器をあげたら? 剣の威力が強くても、扱う人類の非力なら平気じゃない?』


 確かに。俺と鍛冶の神アポロスで作った武器たちも、できれば使われたいと思ってるだろうし。


『うーん。神剣とかは無理だけど、魔剣や聖剣ならいいかもな。まぁ、その時考えとくよ』


 午後の光がいくらか薄れ、あたりに夕暮れの気配が混じり始めた街並みを見ながら、今夜泊まる予定の「黄金の木」に着き、扉を開けて中に入った。変わらずホテルのような内装で、カウンターで鍵を受け取り、部屋には戻らず、そのまま食堂の方へ向かった。


 高級宿ながら頑丈そうなテーブルと椅子がいくつも並べられており、所々に冒険者や商人の宿泊客や食堂の利用者が腰掛け、楽しそうに笑いながら時間を謳歌している。どうやらこの宿に泊まっていなくても、金を払えば食堂は利用できるらしい。空いてる席を探すと、空いている席を探すと、片隅に二人用の他のテーブルより一回り小さいテーブルが空いていたので、そこに腰掛けた。


「こんばんは、ショウ様。こちらが本日のメニューとなります」


 席に座り、数分そのまま待っていたら、可愛らしい制服を着たウェイトレスがこちらに来て、メニューを渡してきた。さすが高級宿。どの客が泊まっているか把握しているらしい。メニューを一目見たが、この世界に降りてまだ二日目。どの料理が美味しいか全く分からない。


「こっちに着いたばかりで、何が美味しいか分からないから、シェフのおすすめで。それに、ワインを一本頂戴」


「ふふ、かしこまりました。それと、ワインは別料金で金貨2枚になりますが、よろしいでしょうか?」


 さっき買った武器より高いワインか。うん、楽しみだ。


「ああ、構わないよ」


 ウェイトレスがオーダーを伝えにキッチンに入り、十分ほどで銀のトレーを持ち、その上に置かれた料理とワインボトルを持ってきた。


「お待たせしました。こちらがシェフのおすすめになります。オーク肉入りコーンポタージュと、バーナード卵を使ったオムライスになります。そしてこちらが、カルペード産のワインとなります」


 おお、美味しそう。さすが地球から召喚された勇者。米もこの世界にあるのか。


 料理とワインがテーブルに置かれ、先にワインボトル代の金貨2枚を払い、さらにおチップとして金貨1枚を彼女に渡した。


「っ!ありがとうございます」


 金貨をチップとして渡すのは珍しかったのだろう。一瞬驚いた表情を見せたが、俺が渡したチップを受け取ってくれた。よほど嬉しかったのか、スキップでもしそうな足取りでキッチンに戻っていった。


 初の異世界料理は美味しかった。コーンポタージュとオムライスを食べた後、パンも頼んだら、小説でよく見かける黒っぽい硬いパンではなく、地球で作られるふわふわの白いパンだった。ナビリス曰く、この白パンも召喚された勇者からの知識だという。


 満足したので、209号室に戻り、ジャグジーに入ることにした。この世界の全ての住人が魔力を所持しているため、ジャグジーに設置された魔石に魔力を流すことで温かいお湯が出てくる。ちょうどいい温度になったのを確認し、剣帯を腰から外した。最初にコンバットブーツの靴紐を解き、足をぶらぶらさせながらそこら辺に脱ぎ捨て、デニムジャケットを脱ぎ、その下に着ていた白いTシャツも脱いだ。上半身裸になったところで、次に靴下を脱ぎ、最後にダークカラーのストレートデニムとその下に履いているブランド物のボクサーブリーフを一緒に脱いだ。


「ああ、気持ちいい」


 神になったので本来ならば汚れも付かないし、風呂に入る必要もない。それでも俺は風呂を欠かさず入っていた。それは神界でも同じ。修行中に魔法レベルが上がり、創造魔法で色々なものが作れるようになると、まず最初に巨大な温泉を作り出した。元々食欲・睡眠・性欲が皆無だった神々も、今では自分で料理を作り、食べ、風呂に入ってリラックスしている。ただし、自然発生した男神に性欲は終ぞ現れなかったが。


 ジャグジーから上がり、インベントリから取り出した心地よいバスローブを着て、ベッドに倒れ込んだ。神に睡眠は必要ないので、寝たふりをしながらスキル「神眼」でこの世界を観ることにした。


 この神眼は神になった時に習得したスキルだ。宇宙から見下ろすこの世界や地面に落ちている石ころまで、昼夜関係なく、位置も関係なくはっきりと見渡せる。対象の人物を鑑定すれば、隠蔽も無視して全ての状態が確認でき、思考は過去も見通せる。


 どの世界でもいつも通りだ。


 戦争している国もあれば、ダンジョンに潜り魔物と戦っている人々、逆にスタンビートで戦っている国や都市もある。道端で野宿をしている商人や冒険者たちもいる。賊に襲われ難なく撃退する人たちもいれば、飲み込まれこの世を恨みながら死ぬ人もいる。良くも悪くも、ここはそういう世界で、俺の『神の役目』とは無関係。この世界の生物を殺し、殺される。所詮、どの世界も弱肉強食だ。


 神の価値観になったせいだろうか。見ず知らずの者たちがどうなろうと、何かしらの行動を取る気にはならない。正義感は銀河の彼方へ消えていった。


 もちろん、俺が神として行動すれば全て助けることができる。だが、俺はそれを実行しない一度人間を助けたら、その人間は「神なのだから人間を助けるのは当たり前」と傲慢な生物へとなり下がる。神と種族が違えば価値観も大幅に異なる。


 実は俺が神となり、数日経ったある日、祖父の創造神からアドバイスを貰ったことがある。


 一度人類に手を貸すと人類は堕落すること。一度でも神として人類に手を出すと、くだらないことまで聞いてきて、不都合があるとすぐに文句を垂れ流し、侮辱し、最後には邪神と称されること。「私は、俺は、他人より優遇されている、選ばれた種族なんだ。他より優れている」と他種族を見下し、悦に入る。さらには自分が神になるとほざき、他の神を信仰する集団に発狂し、最終的に殺し合いを始める。




 一つ、実際に起こった出来事を話そう。



 ある世界を管理する女神がいた。彼女は自身が管理する世界に住む人間を心底愛していた。女神がいつも通りに世界の外側から眺めていたある日、彼女を祀る教会に重い病気を持った少女が両親と共に運ばれ、祈り始めた。「おぉ神よ、どうか娘の命をお救いください」と。人間を愛していた女神は、この少女の病を治した。もちろん、元気になった少女とその両親は女神に感謝した。


 それからすぐにこの出来事を聞きつけた人間たちが彼女を祀る教会に溢れんばかりやって来て祈り始めた。「怪我を治してください」「攫われた子供を助けてください」「戦争で失った腕を元に戻してください」。愛する人間のために、女神は全ての願いを叶えていった。


 そして数日後、ある王様が彼女を祀る教会に出向き、願った。「儂を大陸唯一の王にしろ」。


 女神は断った。それは人間同士の問題だと。それを聞いた王は激怒し、彼女を祀る教会を全て破壊し始めた。それに伴い、人間からの願いも傲慢になっていった。「女神の力で億万長者にしろ」「高位貴族にしろ」「王になりたい」「神にならせろ」。当然彼女は断った。それに狂った人間たちは彼女を邪神と呼び始め、侮辱し始めた。


 愛する人間たちから邪神と呼ばれ、教会を破壊され、彼女は悲しみ、苦しみ始めた。最終的に人間たちは最初に救った少女を邪神の手下と決めつけ、犯し、そして殺した。それを知った女神は全てを憎み、邪神となり全てを壊した。彼女が管理する世界をめちゃくちゃにした後、他の世界も壊し始めた。


 結果、その女神は俺が殺した。









 彼女との間に産まれたばかりの赤子を腕に抱きながら。




 あの日ほど後悔した日はなかった。



  ……結論としては、眺めているぐらいがちょうどいい。



女神の名は『慈愛の女神 アティナ』。二人の間に出来た子の名は『メティス』

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