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第5話 魔王と魔神

 魔法陣に一歩踏み込んだ瞬間、視界が真っ白に染まった。


 あまりの眩しさに目を閉じ、数秒後に開けると、そこはもう神殿ではなく、一面に広がる大草原。周りを見渡すと、真後ろに神秘的な一本の巨木が高く聳え立っている。膝を曲げて柔らかい芝生をそっと撫でると、濡れていた。ついさっきまで雨が降っていたようだ。巨木のそばまで歩き、水を含んだクローバーが足にふんわりとした心地よい感触を伝えてくる。木に背を預けてそのまま座り込んだ。


『ナビリス、状況を教えてくれ』

『かしこまりました。神眼を発動します。少々お待ちください』


 おお、久しぶりのお仕事モードのナビリスさんだ。『うるさいです』…ごめん。


 ぼんやりと海のように広がる大草原を眺める。雨に洗われた芝生が、降り注ぐ陽光の中で目覚めたように鮮やかに揺れている。風が吹いた。一陣の風に雑草が一斉に葉裏を見せ、濃い緑一色の草の海が鈍く銀色に輝く。


『戻りました。この惑星のアカシックレコードの読み込みに成功しました。ちゃんと褒めてください』


 さすが有能ナビリスちゃん。普通、低位の神でもアカシックレコードなんて物騒なものには触れられないのに。

 

まあ、そんな細かいことは置いといて。


『ありがとう、ナビリス。お礼に願い事を一つ叶えてあげるよ。それで…ここはどこなんだい?』

『翔に私を生み出してもらった時点で願いは叶いました』


 ナビリスが照れてる…だと? そんな風に思ってたなんて知らなかった。


『ただ…』


 何か言いたそうだ。


『ただ…どうした?』

『…できれば、翔と一緒にご飯が食べたいです』


 …可愛い。実体はないけど、可愛い。もし実体があったら顔を真っ赤にしてるだろう。でも…待てよ?


 昔、神界でナビリスの体を創造しようとしたけど別次元の力が働き、何もできなかった。でも、中級神に上がり、下界で自由が効く今なら創造魔法と召喚魔法を組み合わせればできるんじゃないか?…うん、家を手に入れたら試してみよう。やってみる価値がある。


『わかった。確証はないけど、ナビリスの体を創造できるかもしれない。今は無理だけど、待っててくれ』

『はい! いつでも待ってます!』


 …可愛い。


『ところで、ここはどこなんだい?』

『あ…コホン。今から説明します』


 どうやら忘れてたらしい。彼女の新しい一面が見れた。


『うるさいです。ここ周辺の地図を表示しますので黙っててください』


 怒られちゃった。目の前に半透明な地図が浮かび上がる。…なるほど、広いな。


 俺がいる場所は、ランキャスター王国南中央の辺境、マクリー大草原と近くの住民が呼んでいる。他国と接しており、少し南に進むとカサ・ロサン王国に入れる。昔はこの地を巡って戦争が頻発したが、勝利したランキャスター王国の領土になっている。


『わかった。次に、このランキャスター王国について教えてくれ』

『了解です』


 ランキャスター王国、通称「実力国家」。人口約1,300万人。王国は大陸のやや中央に位置し、周囲を様々な国に囲まれている。過去に何度も他国から戦争を仕掛けられ、今でも小競り合いが続いている。王国が成立して約1,100年、現国王は28代目で、名はクロード・エル・フォン・ランキャスター。賢王として知られている。


 実力国家の名にふさわしく、実力と運があれば誰でも貴族になれる。人族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族、さらには魔族まで、種族を問わずだ。初代国王は異世界から召喚された勇者で、一代で国を築いた。この世界で広がっていた差別を嫌い、実力次第で種族に関係なく貴族になれる国を作ったらしい。ただし、実力がなければ貴族や王族すらその座から引きずり下ろされる。他国は人族中心主義が主流で、他種族を討伐や奴隷にする国が多いため、ランキャスター王国を嫌い、よく戦争を仕掛けてくる。


「色々な世界を見てきたけど、やっぱり人間は欲深い生き物だな。ランキャスター初代国王に敬意を表するよ」


『翔、神力が漏れてます。抑えてください』


 どうやら神力が漏れていたらしい。…ん? 神の魂に作り変えられてから感情の波が穏やかになり、価値観も神寄りに変わったはずなのに、下界に降りて何か変化したのか?


『ありがとう、ナビリス。また何かあったら頼む。それより、俺の魂が何か変わったか?』

『はい。貴方が下界に降り、この世界の管理者になったことで、神の位が現人神に変わりました』


 …現人神か。上級神より少し下だけど、納得だ。一応確認しよう。


『ステータス』


名前:ショウ

種族:現人神

職業:神


レベル:246000

HP:N/A

MP:N/A


攻撃力:N/A

防御力:N/A

体力:N/A

魔力:N/A

俊敏:N/A

器用:N/A

運:10


魔法スキル:

創造魔法Lv.10/火魔法Lv.10/水魔法Lv.10/風魔法Lv.10/

土魔法Lv.10/光魔法Lv.10/闇魔法Lv.10/聖魔法Lv.10/

雷魔法Lv.10/氷魔法Lv.10/無魔法Lv.10/時空魔法Lv.10/

支援魔法Lv.10/精霊魔法Lv.10/召喚魔法Lv.10/魔力操作Lv.10/

生活魔法


スキル:

全武器適正Lv.10/全状態異常無効Lv.10/物理無効Lv.10/

魔法無効Lv.10/ナビゲーター/カタログ/神眼/インベントリ  

錬金術Lv.10/無詠唱/ダンジョン作成/スキルごみ箱


称号:

創造神の孫/創造神の弟子/万能神/神々の大父/神殺し

邪神殺し/ドラゴンスレイヤー/神界を改造し者

女神ハーレム/中級神



 種族が現人神に変わり、もともとあった「中級神」が称号欄に移っていた。謎が解けた。時間が経てば感情の波も元通り穏やかになるだろう。


『これからどうしますか?』


 芝生をそっと撫でながら大草原の彼方を眺めていると、ナビリスが聞いてきた。


『ん? ああ、魔王に会いに行こうと思ってる。リッシュからこれを頼まれたし』


 そう言って芝生を撫でるのをやめ、インベントリから“それ”を取り出した。


『なるほど、魔神リッシュ様から渡された“それ”ですか。私が魔王の現在位置を探しましょうか?』

『いや、アカシックレコードを読み込んだせいで疲労が溜ってるだろ? 俺が探すよ』


 俺を呼び捨てでリッシュを「様」付けする彼女に疑問を抱いたが、いつものことなので気にせず、神眼を発動した。


 ――魔王を見つけた。場所はランキャスター王国から西に位置する大国、バンクス帝国を越えたさらに西。海を越えた魔族が治める大陸、通称魔界。ほぼ中心にある魔都の最奥に、一際巨大な城が立っている黒を基調とし、見る者に恐怖を与える圧倒的な巨城。城の中を覗くと、今は会議中のようだ。


 薄暗く広い会議室に、大きな丸テーブルが中央に置かれ、10人ほどの魔族が豪華な椅子に座っている。その中でも一段高く、より豪華な椅子に座る魔族がいた。十中八九かの者が魔王だろう。


「魔王と魔将たちが一緒か。ちょうどいい。引っ越し祝いの挨拶に行くとしよう」


――時空魔法発動「転移」――


魔法を唱えた瞬間、姿が消えた。残されたのは揺れる草原だけだった。


...

..


「………ん?なんだ」


 海を越え、隣の大陸の一部を治める大国、バンクス帝国。宿敵と言っても過言ではない敵国についての重要な会議中、ある者たちが部屋の空間に歪みを感じた。その微かな違和感に気づいた魔王が叫んだ。


「皆の者! 侵入者だ!戦闘用意!」


 さっきまで笑いながら会議していた者たちの表情が消え、即座に武器を構える者、ある者は魔法を唱え始めた。全員が歪みを感じ、そこから中心に一定の距離を取り、いつでも攻撃できる態勢に。歪みが大きくなると、いつの間にか人族の青年が立っていた。


 不気味な青年だ。長身で、衣服の上からもがっしりした体型がわかる。異様に整った顔に、黒と銀のメッシュが入った髪、黒い目。魔王たちは一瞬、異世界から召喚された勇者かと思ったが、召喚された情報は入ってない。勇者なら複数人で襲撃するはずなのに、目の前にいるのは武器を持たない青年一人。殺気も感じない。不気味だけ残る青年。


「キルベル!奴のステータスは⁉」


 想定外の事態に誰も動けなかったが、一人だけ瞬時に立ち直る。魔王が即座に『鑑定』スキルを持つ魔将キルベルに命じた。


「は、はっ!鑑定!」


 メガネをかけた細身の魔族キルベルが、驚きながら鑑定を使った。


『        』



 名前すら表示されない。キルベルは恐怖した。鑑定で何も出ないなんてありえない現象だった。

 

黙り込むキルベルに苛立ち、魔王が青年を睨みながら叫んだ。


「キルベル!どうした!まだか⁉」


 キルベルは汗だくで叫び返した。


「な、何も表示されませんでした! 名前すらわかりません!正体不明です!」


「なんじゃと…?名前すら…」


 予想外の返答に戸惑う魔王と魔将たち。青年はぼんやり立っているだけだが、いつの間にか手に何かを持っていた。湯気の漂うソーセージをふわふわのパンに挟んだ食べ物――ホットドッグだ。


『………』


 異様な光景に絶句する魔王たち。青年の背後から黒装束の近衛隠密兵が屋根裏から現れ、侵入者の首を刈るべく毒付きのナイフを振りかぶっていた。だが、そのナイフは止められた。青年が持つホットドッグに。


『…は…?』


 誰も。何も。一言も。話せなかった。


・・・

・・

・・


 うん、ホットドッグ美味しかった。さすが生命を司るライムが作ってくれたもの。背後からの攻撃をホットドッグで止めた瞬間、魔王を含めた全員がポカーンとした顔が意外と面白かった最後の一切れを飲み込み、視線を“魔王様”と呼ばれる女性に向けた。艶やかな黒髪が膝裏まで伸び、神界でも珍しい銀色の瞳。絵画から抜け出したような美人だ。これまで多くの世界で魔王を見てきたが、女性の魔王は数えるほどしかいない。それだけ彼女は強いってこと。魔神リッシュに目を付けられたのも納得だ。さて…。


「初めまして、ショウと申します。挨拶に来た」


『……』


 あら、みんな固まっちゃって。どうしよう?


「う、うむ、こちらこそよろしゅう頼むぞ。余が現魔王セシリア・リーズじゃ。それで、そちは何者じゃ?」


「この世界の管理者になった現人神ショウだ。よろしく」


 手を振って笑顔で自己紹介。神になっても紳士でなきゃね。


「お…おう。ゴホンッ、う、うむ…え?」


いいリアクションだ。さて、さっさと用事を済ませよう。


「はい。俺の知り合いから預かったものを渡すよ」


 困惑しながら武器を構える魔王たちを横目に、インベントリから“それ”を取り出し、テーブルの上に置いた。豪華な台座に置かれたソフトボールほどの黒い水晶。


 突然置かれた水晶に驚く魔王たちを無視し、水晶に手を重ねて魔力を込めた。すると黒く染まった水晶が発光し、、上に一人の女性が映し出された。驚くほど整った顔立ち、キリッとした目、紫の強いウェーブがかかった髪が輪郭に映える。

 

 彼女こそ『魔神 リッシュ』、全ての魔を司る女神だ。


『皆~初めまして。魔神のリッシュで~す。よろしくね』


 相変わらずのんびりした喋り方。突然のことに絶句していた魔王たちだが、彼女が紛れもない魔神とわかった瞬間、武器をしまい、地面に跪き、右手を胸に、左手を腰の後ろに、頭を下げた。ナビリス曰く、これがこの世界の最敬礼らしい。


「ご、ご尊顔を拝する栄誉に浴し、光栄にございます。現魔王を任されましたセシリア・リゼレット・ルナ・タティファルナ・リーズと申します」


 セシリアは普段使わないフルネームを名乗った。魔族の創造神とされる魔神に失礼がないよう慎重に接した。


『まぁ~セシリアちゃんって言うのね~。可愛い名前。魔族の皆は守れないけど~、魔族は私にとって子も同然。ちゃんと見守ってるわよ~』


「っ! きょ、恐縮です! よ…私は全力で民を守り抜きます!」


 感激するセシリア。共に跪く魔将たちは感動で涙を流している。


『うん、うん、えらいね~。私が手を出すのはダメだけど~、絶体絶命になったら、そこにいるショウに助けを求めなさい。彼なら君たちを守ってくれるわ』


 俺にウインクを飛ばしてきた。はいはい、言われなくてもわかってますよ、リッシュ。相変わらず過保護だな。一言付けだすと、彼女は女神の中で一番子を欲しがっていた。


「っは! 魔神リッシュ様の慈悲に心から感謝申し上げます!」


 一瞬、俺に疑惑の視線を向けたが、瞬時に目を戻し、さらに頭を深く下げた。


『よかったわ~。それじゃ、私はもう行くね~。じゃあね~』


 手を振って煙のように消えていった。


「…ってわけで、俺の助けが必要ならその水晶に魔力を込めてくれ。5秒以内に君のそばに転移するよ」


「うむ、そうか…それより、余はセシリアという名を持っておる。是非名前で呼んでくれ、ショウ」


 ん? みんなして俺を呼び捨てだな。まあいいけど。


「わかった、セシリア。それじゃ俺も帰るよ。この水晶が使われないことを願ってるよ」


「うむ。余も同じじゃ! リッシュ様に失望されぬよう頑張るのじゃ」


 やっと笑顔を見せてくれた。リッシュにだけど。まあいいや、大草原に戻ろう。


――時空魔法発動「転移」――



 ショウが転移したのを確認した魔王と魔将たちは、やっと一息ついた。当然、会議は中断。部屋に戻り、ぐっすり寝るのであった。

リッシュは自身の子供を慈愛してます。

子供の為に世界を作るほど。

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