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第33話 スポンジケーキ

神眼を解き瞼を開く、一つに重なった長いまつ毛が二つに分かれる。目を開けた先には昨晩取った安宿の天井にへばりついた汚れが隅々まで見える。


 先程まで神眼で召喚された勇者達を眺めていたが実に興味深い出来事が起きていた。

  それは勇者同士による派閥が出来ていた。

  魔王撃退派と帰還方法派の二つに、分裂していた。


 一つのグループは嫌々ながらも帝国を信用して地球に戻る為魔王を倒そうとする勇者達。

 もう一つのグループは、魔王を討伐せずに他の方法で地球に戻ろうとする勇者達。主に非戦闘員が集まっている。


 悲しきかな、哀れすら感じる。どれだけの時間を費やし、他の地球へ帰還方法の可能性を探そうが、一生彼等は地球に戻れない。無駄な努力だ。


 それでも、いきなり異世界に呼ばれ、皆で協力して色んな事を試す活動を眺めるのは案外興味深い、退屈にならない。



 宿を出た俺は王都の街並みを眺めながら冒険者ギルドへ歩いた。途中、一軒の店から漂う匂いに誘われた。足を一旦止めた俺は向きを変え、その店に立ち寄った。ガラスが張られたアンティーク風の扉を開けた瞬間鼻翼をくすぐるいい匂い。深みのある独特の芳香だ。空いている席に座り、テーブルに置かれたメニューを眺め、近くにやって来たウエイトレスにオーダーを注文した。テーブルに肘を突き匂いを嗅ぎながら目を閉じていると数分もしない内に先程頼んだコーヒーとスポンジケーキが目の前のテーブルに置かれた。


 うん。香ばしい匂いだ。


 おまけで頼んでいたメープルシロップを大量にスポンジケーキに掛け、ナイフとフォークを飛鳥の屋敷で嫌な程学んだ上品に使い。一口でわ絶対に入らないだろうサイズにカットすると、ソレを豪快に口に含んだ。


 ああぁ最高だ。


 それから俺は最後まで食べ終わるまで無心で食い続けた。


 口直しにコーヒーを飲み切り、伝票を手にカウンターへ向かい料金を払うと外に出るとギルドの方へ進んだ。


 昨日は興味が湧く依頼を見掛けなかったが、今日は面白い依頼があることを信じてギルドへ向かった。


 暫く歩きギルドに着いた。開かれた扉を潜り、依頼が張られた掲示板に近づく。


 ん~昨日と異なる依頼書が張られているが、そんなに変わらないな。やはり良い依頼は早朝に全て取られてしまうか。少し時間は掛かるが気晴らしに王都の近くにある上級ダンジョンにでも挑んでみるか。


 今の俺のランクでは上級を攻略してもあんまり騒ぎにはならないだろう。


『…絶対に騒ぎになるわよ。下級ダンジョンを短時間でソロ踏破は高冒険者でも難しいのだから』


『俺の頭の中を読まないでくれるかな?』


『読まなくても貴方が何を思っているかお見通しよ。長い年月一緒に居るんだから』


 それもそうだな。これからも俺達は一緒だ。二人とも死ねないが、退屈にならないよう全力で頑張るよ。


「あの~。孤独狼のショウ様でしょうか?」


「ん?そうだが」


 掲示板をボーっと眺め、ナビリスと念話で会話をしていたら。受付の方から可愛いらしい制服を着た受付嬢が戸惑いながらこちらへ話しかけてきた。初めて見る顔だが、何か用か?


「あ、のぉ…ショウ様に指名依頼が入っております。お受けになりますか?」


 指名依頼か…うん。暇つぶしには丁度いいな。何も無いよりましだな。

 そう思いながら受付嬢に小さく頷いた。


 俺が肯定するとカウンターの方まで移動させられた。


「え、ええと。今回の依頼人は一般街に住む、ケイト君からのご依頼となります」


 君…ねぇ。名前は聞いたことが無いが、何処かで俺と出会ったか?


「聞いたことも無い名前だけど。何故俺の事を知っているんだ?」


「えっ?昨日ここ冒険者ギルドで会ったと、おっしゃっておりましたよ」


 …ああぁ昨日ギルドを出る途中でぶつかった子か。それに出会ったばかりの俺に指名依頼を出すなんて信用されているんだな。


『でしょうね、貴方に近付く程普通の人間が放つ気配が異なると気づきます。ましてや子供は大人が放つ雰囲気に敏感ですし』


 ナビリスが何か発言しているが無視していよう…。


「成程あの子か、分かった受けよう。それで依頼内容を聞いても良いか?」


 あれ?何故か受付の子が俺の言葉に驚いている。


「…あの、依頼の報奨金額がとても低く、ショウ様の冒険者ランクでは大きく不足しておりますがそれでも依頼をお受けなりますか」


 彼女が驚いた理由が判明した。確かにあの子も服装から観て貴族か裕福層には見えなかった。そもそもBランクに指名依頼を出すには多額の金額を払わないとならない。しかし運よく俺には金が有り余ってる。もし金が無くても創造魔法で幾らでも造れる。塔で入手した宝を売れば金など直ぐに手に入る。世界のバランスを崩さないようにするのは面倒だが。


「金は気にしなくていい。子供からの指名依頼だ、受けないはずがない」


「ふふ、畏まりました。ではギルドカードの提出をお願いします」


 俺が放った言葉が面白かったのか、受付嬢がクスクスと笑いながら依頼の手続きをしてくれた。


 ギルドカードを四角の形をした水晶に乗せ、受付の端に置いてあるタイプライターに似た何かで打つと、カードを返してもらった。


「ではこの依頼書を依頼人のところまで携帯して向かって下さいませ。指名依頼の詳細は依頼主から詳細がお伝えされることになっております」


「分かった、ありがとう」


 ギルドカードと一緒に一枚の紙を手渡され。昨日出会った子の家まで行くことになった。

 王都探検にも丁度いい。寄り道しながらあの子の家まで向かうか。


 受付嬢に礼を言うとギルドを出た。尚ギルド内部では誰からも話しかけられなかった。どうやらラ・グランジで広まった噂のせいで俺に怯えている様子。…王都の冒険者って言ってもこんなもんか。


 ギルドから出た俺は依頼書に示された地図を見ながらきょろきょろと周囲を観ながら子供の家へ向かった。探索中、おもちゃ屋を発見したので店員とそれらの発案者でもある勇者の事等を話しながら。俺も初めて見る遊具を数点購入し、目的地へ向かった。


 目的地の家は決して大きいとは言えないが。庭もきちんと手入れされており、窓ガラスも綺麗だ。家の主がちゃんと掃除している証拠だ。


 まぁこの世界の住民は全て五歳になると教会で洗礼を行うとステータスと生活魔法が使える為汚れは余見掛けない。それを置いてもこの家は周りの近所の家に比べても綺麗だ。


 家を一通り見ると入り口の扉まで進み、木製の扉をノックした。


 …コンッコンッコンッコン。

 軽い音が響く。


「は~い!」


 扉をノックしてから僅か数秒後、家の中から年若い子供の声が聴こえてきた。


「冒険者のショウだ。依頼を受けに来た」


「っえ!?ちょ!ちょっと待ってください!!」


 俺が来ると思っていなかったのか返事をすると驚いた大声が響き、ドタバタと騒ぎながら扉が開かれた。間違いない、昨日ギルドでぶつかった子だ。


「本当に来るなんて…。えーと…どうしよ」


 俺の事をポカーンと見上げながらブツブツを言い始めた。


「依頼の内容を聞かせてもらってもいいか?」


「は、はい!勿論です!!どうぞ、中へ」


 そう言われ家の中へ通された。


 玄関を入った先にはリビングがあり。茶色のソファーとテーブルが置かれていた。ソファーの反対側には使われていない煉瓦製の暖炉もある。実に家庭的な内装だ。


「どうぞ。大した物は出せませんけど」


 言われた通りにソファーに座り、その子はリビングの奥の部屋に行ってしまった。恐らくキッチンへ向かったんだろう。


 待っている間ナビリスと念話で話していると、トレイを持った少年が戻って来た。

 トレイの上にはティーカップが置かれている。この香りは紅茶か。


 少年に礼を言うと早速出された紅茶を飲んだ。ああ、美味い。


「さて、依頼の内容の前にお互い自己紹介をしよう。既に知っていると思うが俺はBランク冒険者のショウだ。王都にはこの間来たばかりだ」


 紅茶を半分ほど飲み音を立てずにテーブルに置くと、早速少年に話しかけた。


「はい!僕はケイトって言います!ここランキャスター王立学園の初等部に通っています!」


 ランキャスター王立学園…。初代国王が造ったと言われる由緒ある学園。貴族街と一般街のほぼ中心にある巨大な建物。その堂堂たる外見。更にランキャスター王立学園は他の学園に比べレベルが高く、ここの学園に通う為に他国からも貴族王族が来るほど。


 つまりこのケイト少年も幼いが優秀と言う事だ。


「ああ、宜しくなケイト。では早速依頼の内容を聞かせてもらえるかい?」


 俺がここに来た本題を伝えると、今まで笑顔だった少年が下唇を噛みながら両手を握りしめた。そして真剣な表情で内容を話した。


「僕、の…僕のお姉ちゃんを見つけ出してください!!」


 …っと。


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