第197話 ショウ対墓泥棒
地下墓地の牢に囚われたハイエルフ、ローズを救出した俺は依頼を遂行する。自由の身になったローザに飲み物やら軽い食事を渡し、魔道具により失った体力を回復する間、鉄格子を封じる南京錠を魔法で破錠し何時でも通路へ出られるようにしておく。手渡した料理を素直に食す彼女と背後から見守る風の大精霊を一瞬だけ視線を投げ、通路の奥へ足を進む。
進んだ通路の曲がり角の奥、中から薄暗い光が放っているようで、その光が通路まで照らし漏れている。
隠れた俺に光が降り注がないよう音もなく移動し曲がり角の手前に到着、顔だけ出して奥の空間をぐるりと見渡す。
高い天井に大きく広がった石窟の空間。石窟の中央には大きな石棺が鎮座しており、その周囲には古びた燭台がいくつも立っていた。
石棺を囲むように素朴なテーブルを置いた墓泥棒は不安定なスツールに座り食事を楽しむ様子が伺える、暗い空間の中、ゆらめく輪郭が徐々に鮮明になる。彼等は完全に油断しており、こちらの存在に気づいていない。
人数12、中には欲に目が眩んだローザの元仲間リーダー、ルトを筆頭にダビッド、ノーラン、パトリックの人相を確認する。合同した依頼で見せた勇敢らしさの欠片も無く、欲が雲の様に渦巻く歪んだ笑みを浮かべた裏切者は仕事前の酒を胃に流し込んでいる。
ローザから話を聞いた通りダイアナの姿はなかった、これ以上彼女の心が壊れないで良かった。
広場全体を見通していると話し声が聞こえてくる。墓泥棒たちは食事を取りながら、仕事の話を交わしていた。
「ゲヘッヘッヘ今回はお手柄だぜぇルト!オメーのお陰で大儲け間違いなし!すんばらしいぃオマケ付きで暫くは遊んで暮らせるぜ!オラッ飲め飲め!」
……ルトの肩に腕を回して舌舐めずりして得意満面の笑みを見せる大男が多分墓泥棒のリーダー。
「あぁッ!間抜けなハイエルフ殿に万歳!木箱に溢れんばかりの白金貨の光景まで待ちきれねーぜ!帝国の成金貴族にも連絡が届いた頃合いだろう。もっと酒をクレ!」
酔いで出来上がったルトは頬を紅潮して、熱が籠った口調で大声で話す。まるで親に武勇伝を語る子供のように。
「ゲッヘッヘハイエルフ様様だなぁ!俺等は今夜中に全部終わるが……そっちの首尾はどうだ?確か獲物がもう一匹いるんだろパイデカの雌が?名前は確か…ダイアナだったか?」
「あぁアイツには『故郷に危険が迫っている!』って偽情報を渡して孤立させたぜ。計画通り、変わりない辺鄙の故郷を見届けて安心しきった帰り道、あぶく銭で雇った山賊で攫う算段だ」
ターゲットはローザだけでなくダイアナも入っているのか。少し離れたテーブルから話を聞いていた仲間が会話に入り込んだ。
「へへへ…楽しみだなぁ!どんな声で泣くか今から待ちきれねー!あの堪らん乳はよ!」
「使うなら口か胸だけに留めておいてください。取引相手は純潔を好みますので、手続きに商品価格を減らす真似はしない約束でしたよね?」
「っケ!乳好きの変態貴族に飼われたら結局殺すんだろ?あ゛あ゛勿体ねー。俺等なら壊れても使ってやるのに」
「ヒャッハッハ!!ゴブリンサイズのオメーラじゃあ一生感じねぇだろ!」
下品な笑いが木霊する中、欲望に染まった顔を隠さず、親し気に肩を組み合う墓泥棒達を見て紳士道代表を務める者としてこれ以上聞く堪えない。
背負った矢筒から尖矢を取りクロスボウの溝にセット。弦を引き絞る、俺の人差し指が引き金に触れると、無防備の姿で木ジョッキを掲げて追加の酒を求める輩に目標を定めた瞬間、何食わぬ顔でトリガーを引く。音もなく放たれた矢の軌道は一直線に空を切り男の後頭部を射抜く、痛みを感じる間もなく絶命した。
手から離れたジョッキが重力の影響で加速しながら地面に落ちる、額から尖矢の角を生やした輩と一緒に。
「――ッて、敵襲!敵襲!全員机を倒して隠れろ!弓手に目視されるぞ!パトリック、あっりたけの魔法をあの通路にぶつけろっ!」
闇に紛れた奇襲に即座に反応したルトは、倒したテーブルに身を隠しながら仲間に声を張り、広い空洞内の気配を隈なく探る。
「クソッどうなってやがる!出入口は一つだけの筈、どうやって奥へ潜り込んだ⁉」
「今は細かい点を気にしてる場合じゃありませんよ!――土の魔力よ、我に応じ、己の敵を撃ち抜かん石槍!」
数秒前まで一緒に飯を食っていた仲間の死で狼狽するダビットと違い冷静に分析したパトリックが杖を曲がり角へ傾け攻撃魔法を放つ。長さ2メートルの飛来する石槍は俺を外れ通路の壁に激突し、石片が飛び散る。
砂埃が通路を霧のように包む、埃で俺の姿が認識出来ない隙をついて、素早く次の矢をセットする。矢筒から取り出した尖矢をクロスボウの溝に滑り込ませ、弦を引き絞る。
「気をつけろッ二射目来るぞ!」
ルトが叫ぶが、俺の指は既に引き金を引いていた。矢は音もなく飛び出す、が宙に舞い上がった砂で軌道が看破され前に出たダビットの持つ盾に突き刺さり、金属音が地下墓地に響く。受けた衝撃で一瞬ひるむが、即座に体勢を立て直し、盾を構え直し防御力を向上させるスキルを発動する。パトリックが続け様に再び杖を振るう。
「ルト、援護を頼みます!」
「おう!」と答えたルトはB級冒険者に相応しい連携で動きで腰に差した片手剣を抜き、こちらへ突進する。戦場に慣れた冷静の目で視界が定まらない砂埃の中を突っ切る。ルトの輪郭が寸前まで近づいた。
魔力で強化された筋力で振るわれる一撃をクロスボウを斜に構えて、手に衝撃が走った一瞬、腕を捻り威力を逃がす。
刹那…俺とルトの視線が重なる。一瞬誰か分からなかったルトが俺の正体に気付き、震えた唇で名前を零す。
「お、お前はッ『孤独狼』ショウ!!」




