第196話 ローザ
暗黒に満ちた迷路のように入り組む地下墓地の通路を進んでいる。地下内部全体に探知魔法を唱えれば一塊の集団が揃って最奥に潜伏していた。探知した群れは一カ所に集い、活動に勤しむ気配は感じない。
墓泥棒の犯行時刻は夜間内だと書かれていた。恐らく彼等は明け方に寝入り、夕方ごろ遅めの昼飯を食してから『仕事』に取り掛かるルーティンを行っている、今頃は食事中に夢中で地下に侵入した俺の気配に気付いていない。
「(監禁所らしき牢屋に微弱な魔力…)」
最奥に広がる石窟から横へ外れた通路の牢に弱々しく身を潜めた気配を探知した。首に装着された国際指定違法魔道具で内外から魔力が遮断され、鎖で手足を拘束された囚われのローズが閉じ込まれていた。牢に入れられた数はローザのみ…悪い予想が当たったらしい。
暴行された形跡は神眼に映らないが、ハイエルフにとって魔力は生きる糧。魔力操作が妨害されることは、命を削られるに等しい。今は風の精霊が全力で動かない心臓に代わって全身の臓器に血液を送り込んでいる状態。精霊の補助が無ければローザはとっくに命を落としていた。
「(ローズ救出が先決だな)」
精霊の尽力で生き永らえている現状、一刻も早く生命を蝕む魔道具を外さなければ戦いの最中、焦った墓泥棒が首絞めの魔道具を発動する可能性も考えられる。現人神としてハイエルフの他殺は身を粉にして避けたい。
『姿隠し、短距離歩法』
無詠唱の二重魔法を唱える。手の平から濃い闇が放たれ、次第にカーテンの様に俺の体を包み込み、周囲の景色と溶け合っていく。
魔力のカーテンは、まるで薄い霧の如く姿を隠蔽し、透明人間になる訳ではないが、周囲の風景に溶け込むふうに見える。
魔力で自らの姿を隠蔽する呪文と強い揚力を生まない簡易転移を発動させて、敵に感知されること無くローザが囚われた牢へ飛ぶ。魔力封じ付与付きの鉄格子の奥に横たわるローザの姿が鮮明に映る。ローザの顔には疲労の色が濃く浮き出て、気絶しているのか両目の瞼は瞑想にでも耽るかのように堅く閉じられている。
『…っえ、万能の神ショウ?どうしてここに…』
内に秘める神威を感じた風精霊の困惑した念話が脳に零れる。安堵を含んだ声に俺は安心させる様な視線を飛ばして牢の中へ転移した。
「貴方は…ショウ様…?」
地面に着地した際に吹き上がった風圧に意識を取り戻したローザの虚ろな瞳が微かに開き、俺の姿を捉える。
傍に接近して片膝をつき、頭がくっ付くほど顔を寄せる。いつものな調子で小声を掛ける。
「助けに来た、今魔道具を解除する」
『魔破壊』
首に装着した魔力遮断具に手を翳し魔法を用い、内部に搭載された反撃魔法事外した。
命を蝕む魔道具はまるで小石のように地面に転がり、満遍なく体内に魔力を吸い込んだローザの冷え切った体が体温を取り戻す。
「あ…ありがとうございますショウ様」
魔力の調子を整える為、時間をかけてゆっくり深呼吸をしたローザから感謝のお礼を貰った。
蝋燭の光も入らない暗闇に包まれた牢の中、見つめ合う俺達、前髪が触れあう距離で話す状況に今気付いたローザの顔を真っ赤に染める。エルフ族特有の長く尖った耳が熱さで赤く輝く。故郷で蝶よ花よと育たれた彼女は、こうした親密な距離に不慣れだろう。ローザの瞳は揺れ動き、彼女の心の鼓動が伝わってくる。
「詳しい説明は後だローザ、もう大丈夫。今は墓泥棒の撃退、脱出を優先する」
俺の手を取って立ち上がった彼女に今後のプランを耳元で囁く。幸い、食事をお楽しみ中の敵は隙だらけ。奇襲を仕掛ける絶好の機会。
暗闇の中、大粒のルビーを削って嵌めたかの如く瞳でこちらをじっくり見つめるローザに言う。
「奥の広場でお前の元パーティーメンバーと墓泥棒が結託している。…耳を見られたのか?」
俺の言葉に一抹の不安を抱いた彼女だったが、やがてコクリと小さく頷く。
「ダイアナは地元に出現した高ランクモンスター倒しに王都を出発してから……ルトが受けた依頼が私を捕まえる罠だった…。私の正体……秋頃森で野宿した時に……バレたみたい」
「そうか。災難だったな」
短く答え、インベントリーから取り出したベールを頭から被せ、神秘的に輝く銀色の髪と長い耳を隠す。
「奴らの目的はローザだけなのか?」
「墓泥棒は……同業の裏稼業って自慢してた。ハ、ハイエルフの身は国外で高値が付くって……」
大粒の宝石から透明な雫が頬を伝い、地面に落ちる。震える手で袖を握るローザを安心させようと、肩に手を置く。
「俺が来たからには安全だ。もう、怖がることも無い。地下から脱出したら俺の屋敷に住んでも良い」
「あ、ありがとう……ショウ様」
涙を拭い、少しずつ落ち着きを取り戻す彼女に作戦を説明し、彼女も同意した。人族に裏切られたローザは一種の人間不信を患っている、過去のナビリスと同じ症状。俺達と同じ屋根の下で過ごす方針が砕けた心を癒す一番の解決方法。
「呑気に食事に夢中になっている間に、一気に片付ける。全滅させたら俺が合図を送るから、それまで待っていてくれ」
「うん……」
元気を取り戻した彼女に微笑みを見せ、足音も無く墓泥棒達の元へ向かった。




