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第2話 平川のおじいちゃん?


「(う、うん?ま、眩しい……)」


 妹の奈々が時々寝坊する俺の部屋にノックもせず入り込み、勢いよくカーテンを開けるせいで、窓から差し込む太陽の光が顔に直撃するよりも遥かに眩しい光だった。まるでサングラスもかけずに日光浴をしているかのようだ。


 その眩しさから左手で目を覆い、ゆっくりと瞼を開ける。右手で床らしき地面に手をつき、普段鍛えている上腕筋を使って、まず上半身を起こす。次に両足を曲げ床につけると、ガバッと一気に飛び上がるように立ち上がった。


「(白い)」


 そう、目の前に広がっていたのは白。ほかに表現していい言葉が見つからない。

 

 困惑しながら正面を見た…うん、白い。純白の空間がずっと彼方まで広がっている。地上では見られない幻想的な風景。


 次に左右を確認してみた…うん、白一色。


 地面も確認してみた…白い。まるで天地の境に浮かぶティッシュの上に立ってるみたいだ。


 最後に真上を見上げた…うん、白いし、眩しい。でも太陽は見えない。見上げても広がる景色はただの白い世界だった。


 常識では考えられない異様な光景に混乱しないよう、まず数回深呼吸をして、下を向き、目を閉じ、左手で右頬を叩いてから、もう一度目を開けてみる。


 …うん、残念ながら効果は無かったようだ。どこを見ても真っ白な空間が広がっているだけだ。


「やっぱりここって天国だよなぁ」


 無意識にポツリと呟いてしまった。ここはきっと死後の世界なんだろう。俺は死んで、今ここに立っている。


 あの痛みは今でも明白に覚えている。刺された場所を擦ってみたが、痛みを全く感じない。さっきまで熱く疼いていた脇腹の感触に違和感を覚える。


 死の間際に焼き付いた最後の記憶には、泣きじゃくる飛鳥の姿。愛しの婚約者の姿を思い出そうとすると、なぜか胸が張り裂けそうになる。俺はもう死んだはずなのに、苦しい…苦しい。彼女を泣かせないように頑張ってきたのに。彼女の笑顔のために、ずっと紳士であろうとしてきたのに。こんなのって……。


「はぁ…」

 

 思わずため息が漏れた。今さら後悔しても遅い。そんなことはわかっている。でも心が真実を拒絶する。


「ここが天国なら、これからどうしよう」


 舟に乗った先祖が三途の川を渡って迎えに来るのかな。


「ふふ、外れじゃ、ここは神界だぞ」


「うぉ!」


 死後のことを呑気に考えていたら、突然背後から声が聞こえ、驚いて振り返った。


 いつの間にかそこにいた人物。一目で高級そうな袴を着たお爺さんだった。外見は70歳ぐらいだが、立派に整った銀白の髭と、白髪で横は短く刈りつつ、十代並みの豊かな毛量。後ろで綺麗にお団子に結ばれた髪型。最近日本で言うところのツーブロック・マンバンってやつだろうか。


お爺さんの右手には杖があったが、背筋はピンと真っ直ぐだ。本当に杖が必要なのか? でも…なんだろう、彼の纏う雰囲気が違う。説明しづらいけど、オーラが普通の人と明らかに異なる。まるで人間界を離れて山中に暮らす仙人。


 顔をよく見てみる。あれ…このお爺さん、どこかで見た覚えが…うーん? あ!


「平川のおじいちゃん⁉」


 そうだ、思い出した。8年前に亡くなった、与論島に住んでいた父方の祖父に瓜二つ。一度旅行で遊びに行った事がある。海が芸術みたいに透き通っていて、立派なサンゴを拾った記憶がある。釣りに興味を持った俺を連れ出して、丁寧に釣りのやり方を教えてくれたことも。


「ふふ、残念ながら君の祖父ではないよ」


「え…あ、ああ、すみません。人違いでした」


 違ったか。恥ずかしい…でもこんなそっくりな人がいるんだな。


「なんのなんの。気にするな。ふぉふぉ」


 でも優しそうな性格のお爺さんで良かった。最近の老人って、ちょっとしたことでガミガミ怒る人も多いから、心底ほっとした。


「ところで、神界って?」


 話が逸れたけど、この白い空間は天国じゃなくて、神界?って場所らしい。


「うむ、神々が住まう空間じゃ、儂は創造神だからな」


 え…ソウゾウシン?…そ、創造神!?


「……えーと、マジですか?」


「うむうむ、マジだぜ、ふふ」


 やばい! マジでやばい! 神様じゃん。創造神じゃん!発するオーラからして人間じゃないと気付いてたけど、正真正銘の神仏とは予期しなかった!


「…土下座して、『ははぁー』って平伏したほうがいいですか?」


 普通の人は神様なんて会わないから、どうしたらいいかわからない。土下座の上位互換、五体投地を行えばいいのか?


「いやいや、気楽にしておくれ。ふふ」


「はぁ…良かった」


 本気でそう思った。不敬って理由で地獄に落とされたらどうしようって一瞬考えちゃったよ。白く揃った美しい歯を見せながら笑う創造神に。一番気になっていることを聞いてみた。


「あのー、どうして俺はここに?」


 そう。確かに俺は刺されて死んだ。最愛の女性の目の前で。ここが天国ならまだ理解できる、それが死者の理だから。なら、なぜ俺は神界にいるんだ? 頭が追い付かない。疑問符で脳が埋まった。


「かかかっ、それは儂がここに転移させたからじゃ」


「て、転移?ですか…でも俺は死んだはず」


 そう言って服を捲り、刺された脇腹を見てみた。


 痛みは無い、刺された傷口は消えて見慣れた肌が視界に入る。でも、俺が着ているシャツにはべっとりと血がついている。時間が経って血が乾いた痕跡もあった。


「うむ、実は儂がここに転移させて回復させたから、実質君はまだ生きておる」


 え…? 俺がまだ生きてる?うまく処理できない。


「し、しかし!俺の死体は?周りには大勢の人がいたはず」


 そう、俺が倒れた後に目に焼き付いた光景。愛しの飛鳥はハンカチを使い、必死に傷口を抑えていたし、俺が地面に叩きつけた殺人犯は、数人の大人に押さえつけられていた(プラス野次馬も)。


「ふぉふぉ、それじゃなぁ、忍者で例えると影分身の術じゃな」


「……ああ、よくわからないけど、大体理解しました」

 

 一つ言えることは、NINJAパネェ!


「ところで、異世界に興味はないかのぉ?」


 一通り会話が途切れると、創造神様から突然、異世界に招待された。急な話で理解するのに少し時間がかかった。どうやらこれが本題らしい。


「異世界ですか?…確かに興味はありますね」


 興味がないと言ったら嘘になる。飛鳥が家に遊びに来たときは一緒に、奈々が所持している異世界転移物や異世界転生物の小説をよく読んでいた。


「うむうむ、それじゃ儂が管理する数ある世界の一つに行ってくれんかの?」


 創造神様の提案に腕を組んで、できる限り頭の知恵を絞って考える。


「うーん、まぁ、元の世界の俺は一応死んだことになってるし、いいですよ」


 いろんな思考が頭脳の中に渦巻き、数分後、覚悟を決めてはっきりと答えた。


「おぉ! 良かった良かった。君がいた日本では既に葬式が終わり、納骨も済んでおるからな。…では」


 次の瞬間、それまでニコニコしていた創造神様が真剣な表情をこちらに向け、俺の目を真っ直ぐ見つめてきた。体が無意識に震え、心臓をギュッと掴まれたような感覚に陥る。本能的に跪きたくなる衝動を歯を食いしばって抑え、恐怖に抗う。これが神。人間とは次元が違う。無意識に奥歯が震える。


「――早速、人の子。鈴木翔よ。そなたが望む願いを与えよう。そなたが行く世界は元の地球とは根本的に異なる惑星。自身のステータスが見られ、レベルの概念が存在し、魔法もあり、人間以外の種族も暮らし、魔物と呼ばれる魔が跋扈する平和には程遠い世界」


 なるほど…神様の説明を聞く限り、要するにゲームみたいなファンタジーな異世界か。ますます行きたくなってきた。日本に残した皆には悪いけど、ワクワクした気持ちに天秤が傾いた。


 創造神は説明を続ける。



「君は何を望む。何を願う? 海より広大な無限の魔力、あらゆるものを切り裂く剣、全ての異性を魅了する魔眼、どんな攻撃にも無傷で耐える強靭な肉体。さぁ選ぶがよい」


 創造神様のプレッシャーがすごい。否、余計なことは考えるな。俺は何を欲するか。考えろ、考えろ。あらゆる小説を読みまくったはずだ!飛鳥と中二病っぽく熱く語り合ったはずだ! 脳裏に焼き付いた記憶を思い出せ!


「ふむ、そろそろ決まったかのぉ」


 それから数十分、頭をフル回転させて考え抜いた。これ以上ないくらいに。


「あぁ、その前に一つ質問いいか?」


 神様相手に使う言葉じゃないけど、このお爺さんは気にしないだろう。


「うむ、いいぞ」


 やっぱり。この爺さん、俺の思考を読めるんだ。なるほど、これが神と人間の違いか。


 さっきの質問は「複数願ってもいいか?」と尋ねようとしたけど、神は一つだけとは言ってなかった。それを質問する前に答えが返ってきた。


「それじゃ一つ目に、創造魔法を望む」


 この願いなら問題ないはず。何せ創造神なんだから、俺に創造魔法を授けても支障はないだろう。


「ふむ、良いじゃろう。他は」


 二つ目の願い。これが最後の望みであり、最後の難関だ。でも、これに賭けるしかない。


「最後に…ここ、神界で修行をしたい」


 そう、一番安全な場所での修行だ。普段から体を鍛えていても、いきなり武器を『ポン』と渡されても生き物や魔物を殺せるわけがない。それに、よく読んだファンタジー小説が正確ならば、俺が行く異世界には賊もいるはずだ。所謂チートを貰っても、実戦中に怖気づいて無様に殺される可能性が高い。さて…俺の願いはどうだ⁉


「ふ、ふふふ、ふぉふぉふぉ、良い良い、良いじゃろう。その願い、この創造神が受け入れたぜ」


 さっきまでの真剣な表情はどこへやら。突如として笑い出して、気付けば優しいお爺ちゃんに戻った。どこに笑えるツボがあったか知らないけど。


「それじゃあ、これからよろしく、お爺ちゃん」


「おお、よろしくじゃ。しかし、お爺ちゃんと呼ばれるのは心地良いのぉ」


こうして俺に創造神の祖父ができた。

創造神の口調が一定で無いのは意図的です。

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