第128話 ガディの過去
短いです…。
『魔導』その称号と言えば、誰もが憧れ何時か自分の手に入れようと躍起に夢見る者。嘗てのガディ・ノーバスもその内の一人だった。
魔導国の誇るイヴァルニー魔法魔術学園を主席で卒業したガディ・ノーバスは、風属性の中に含まれる魔素を分立、個別化する事で一個の魔法を複数回に分ける魔術を生み出し、一躍時の人となった。
単体魔法、風刃を一度発動すれば二つ、三つに分別された空気の刃が放出された。これらの発明は風属性を中心に扱う魔法使い達に非常に有用だ。
驚くほどの名声と金を手に入れたガディ・ノーバスはこの世の春を謳歌していたが、ほどなく己の才が真の天才の前では霞み消える塵芥のようなものだと嫌な程知ることになる。
風属性のみならず火、水、地、光、闇、そして不可能とされた聖属性の分別、複製化出来る完全上位互換の魔術が生み出された。さらにいえば、発明者齢にして11歳。『天魔の眼力』というスキル持ちで、魔法魔術学園に入学してたった半年の神童だった。
天まで届けと伸びあがったピノキオ鼻は、見る影が無い程ポッキリとへし折られた。
それまで栄耀栄華を過ごしてきたガディ・ノーバスは諦めずに魔法の研究を続けていった。全ては神童と言われた者を追い越す為、皆から賞賛され魔導への道を一歩進む為。さすれば再度、己の魔術士としての価値は雲を貫き、有像無像がこぞって囃したてることだろう。
しかし真実は残酷であった…。時は流れ、ガディ・ノーバスは40を超えようとしていた日。世界中の栄誉が我が物となる発明は未だに成し遂げられていなかった。研究資金は当の前に尽き酒場に入り浸る日々を送っていた。無造作に伸びた頭髪は手入れが施されていない髭と繋がり、外見からは年齢の推察は難しい。対して学園時代から神童と言われてきた人物はあれから数々の革命的技術をシャボン玉の如く生み出してゆき、何時しかその者の魔法はライブラリーに名を刻み、魔術学園で取り扱う教本にも登場する程有名になっていた。階級も『魔導』から二段階下の『宝玉級』を授与された神童は妻子に敬われ、優雅な余生を過ごしていた。
一方ガディ・ノーバスは借金ばかり重なり、研究施設もゴミ如く追い出された彼は魔都ガヘム貧困街の外れに一角、迷路のように入り組んだ裏道にあるポツンと一軒の今にも崩壊しそうな酒場で朝から晩まで安酒をひたすら呷る毎日。詰め込む酒に掛かる金銭が無くなれば実家で値になる品物を拝借し、それらを売り払う日々。
その日もガディは専用席と化してしまった狭く息苦しさを感じる店内隅っこで、毎度変わらず味気無さの安酒を呑気に飲んでいた彼の手元へ満杯に注がれた木樽ジョッキが置かれた。普段ガディが口にする安酒では無く、酒場一番の酒。
ゆっくりと顔を上げたガディは、まるで擦切った古鈴の声を絞り出してで亭主に告げた。
「親父…追加の酒を頼んだ記憶は無いんだが…」
その問いに眼帯を付けた筋骨隆々の巨躯は無愛想な顔を隠さないで親指を立てた手である方向を指した。
「アッチのお客さんからお前さん宛てへ一杯だとよ」
「ああ、そうか――」
ならば礼を言わないと、亭主が向けた指を辿っていけば次の瞬間、ガディの表情に大きな変化が起きた。
反対席にポツリと腰を据えた一つの暗闇の渦、限界まで目を見張ったガディはその様にしか表現出来なかった。消して拭う事が出来ない濃厚な魔力、他者より魔力が高いガディですら足元にも及ばない高密に包まれた圧倒的魔素量。それは正に全魔法使いが生涯費やしても追い付かない神秘を具現した信仰の対象。
年齢より老けて見えるガディの活力が湧き始め、カサカサに乾いた唇が潤いだす、枯れ木の様だった皮と骨だけの顔に生気が戻りだす。酷く濁って見える彼の眼から恍惚を阻む醒めた光が宿るのを感じる。
聡明な光を帯びた彼の眼差しに気付いた者は席から立ち上がり、ゆっくりとした足取りで近づき、遂に隣の席に座った。
「やあ、人々より忘れ去れし天才ガディ・ノーバス殿、僕は…そうだなぁ気軽に『盟主』と呼んでくれ」
その日、幻滅と絶望の果てに水底まで沈んでいたガディに一筋の光が点じられた。目の前の厚い壁が急に取り払われて、空が明るくなったような気がする。彼は出会った…出会ってしまった、申し子に。
「(あぁ、神を儂はまだ見捨ててられてなかった!あぁ我が神。儂は何処までも付いていきますぞ!)」




