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第96話 神が叶えた小さな奇跡

遅れました。

闘技大会の優勝者が決まった。異界から召喚されし勇者、英雄伝に必ずと言って登場する存在。その強大な力に民は敬意を持ち、恐怖心をひっそりと胸の内に隠す。

それでも今は、新たなチャンプの誕生に会場中が溢れんばかりの大喝采で震える。

暫く経ち拍手の音が少なくたった頃を見計らった観戦室から身を乗り出した美人司会者がマイクを口元に寄せ美しい色をした唇から浮かれた声が設置さらたスピーカーから耳に届いてくる。


『これにて今大会全ての試合が終わりましたので、舞台を修復した後に表彰式が始まります。修復に凡そ30分程掛かると思いますので、それまで屋台へ食べ食いするのも良し。エールのお替りをするのも良し。気に入った異性に声を掛けるのも良し…だけど兵士に引っ張られない程に自重してくださいね~?』


司会者のジョークに闘技場各所から笑い声が聞こえる。


時は勇者アキトが放った大技に飲まれ、着こんでいた外套は吹き飛びアルル種族が観衆にバレて暫く経った頃へ遡る。


「天の悪戯かダンジョン内で転移型のトラップに引っかかり幸運か不幸か、羽族が暮らす集落へ辿り着いた一人の探検者ルードサイファ・フォン・シャルロック。その男は達成しなければならない使命があると言うと、彼は妻と二人の間に生まれた半羽族の娘を置いて村から行方をくらました。時が経ち、大人になった娘は父を探す為闘技大会へ出場を果たした。それが…」


「その女性が今戦っているアルル様なのですね!ああ、正に物語の中に居るみたい。そう思いませんかティトリマ姉様?」


九本の美しい尻尾を持つ銀弧の膝の上に座り、お気に入りのブラシで丁寧に毛をかけるアンジュリカがそう言うと。ねえ?っとばかりに傍に腰かけた彼女の姉、第四王女ティトリマへと振り向いた。


「ん…実に興味深かった。でも、一つ疑問。…何故それをショウが知っているの?」


この観戦室に居る全員が思っていた単純な疑問。何も関係者では無い赤の他人であるショウが詳しく知っているのか。もし彼が話した物語が正しければ誰もが不思議に思う事を。


「ナビリス」


疑惑の視線を感じつつ、数秒間目を閉じて考えたショウは傍で待機しているメイド長の名を呼んだ。

お姫様からの質問には答えず、名前だけを呼ばれた女神ナビリスは何時の間にやら手にしていた只の革袋に見える魔法袋から一冊の本を取り出すとテーブルの上に置いた。厚みがあり、ずっしりと重たい本。

黒色の革で装丁された悪く言えばそこら辺で埃を被っていそうな本。

探検記Ⅰと綴られたタイトルは薄れて薄くなっている。


「まさか、この本が…?」


本を開いて少しだけ中の文字を読んだティトリマが何か気付いたらしい。

彼女の問いにショウは首を縦に振るう。


「ある日、俺がとある都市にある本屋へふらっと訪れたら埃に埋もれた無雑作に置かれていたこの本を見つけた。薄暗い店内では見えない題名、何処にも書かれていない作者名。しかし何故か目を引き付け寄せたこの本を開いて数ページ読んで即買い取った。下に積み上げられたⅠからⅤ巻を」


ナビリスから手渡された魔法袋から更に四冊の書物をテーブルの上に重ねるように置いた。

ショウが言った通り、ルードサイファが書いた本は古びた本屋で見つけた品。しかし、その本屋はスターヴェスト太陽国内の都市にある。ではショウは何時スターヴェスト太陽国へ入国したのか?

勿論実態で向かったので無く、神眼で世界中を眺めている時に運よく潰れそうな本屋を見つけたショウは、彼の複製体を創造すると都市に転移させ本を大量に購入したのだ。その時、目に入っていたのがルードサイファが書した探検記計五巻。


「………」


置かれた本を手に取り無言のまま字を追うティトリマ姫。

その様子は何処か近づきにくい雰囲気をさらけ出す。

細く可憐な手でページをペラリと捲る。闘技場は未だにアルルと勇者アキトの決戦で盛り上がりを見せるが、彼女の耳には何も入ってこない。

黄金を溶かした金の髪が風に揺れ、エレニールと同じ深い赤色の瞳が文字を沿って疾しく追う。


「ティトリマ姉様は読書が大好きなんです。この状況になったお姉様は本を読み終えるまで止まりません」


「そうか、アンジュも銀弧のブラッシング中は凄い集中力だからな」


「もう!からかわないで下さいショウ様!」


ショウの冗談に頬を膨らませながらムッとふくれるアンジュリカの口元へとナビリス特製のマカロンを入れる。するとみるみるうちに上機嫌に戻っていった。心が浄化される微笑ましい表情に護衛の騎士達にも笑顔が周囲にバレないよう見え隠れしている。もっとも、ショウを含めたナビリスと銀弧には丸見えだったが。


「ショウ様、お話を聞く限りアルル様のお父様、シャルロック殿でしたか?その方が何故突如と姿を消したか既にご存じで?」


銀弧にブラッシングをしていたアンジュだったが、それでもショウの話は一言一句聴いていたらしく彼に尋ねた。


「実は俺も真実は知らない。しかし、本の内容にヒントは隠されている。例えば――」


そう言うと、一冊の本を彼女の前で開くと数か所他の文とは違って意図的に嚙み合わない文章や、必要性を感じないポツンと描かれた絵を指差す。


「俺が鑑みるにこれ等は筆者が残したただの遊び心だと思っている。いつか本当に本を手に取って欲しい人物へ向けて」


「その人物とはアルル様の事でしょうか?」


「アンジュの推測通り彼女で間違いない。その裏付けがこれだ」


本を元の場所へ戻したショウだったが、今度は一見他の巻と全く見分けが同じ本を手に取ると一番最後のページを開いた。


「これは…」


探検譚の最終巻であるⅤの最後のページには封蠟が押された黄色い派手な封筒が本のカバーに糸で縫い付けられていた。


「恐らくアルル宛ての手紙だろう。封筒は開いていないから手紙の内容までは知らないが」


実際は神眼を使えば封筒の中を読むことが出来るのだが、彼は手紙を読まなかった。中級神となった彼は根元からの紳士だから。


「そうですか。正に奇跡ですね」


本に括り付けた封筒を開ける事も無く、じいっと見つめていたアンジュの口から奇跡と言葉が飛び出した。


「奇跡…か。そう捉えても可笑しくないな。運よく積まれていた本を俺が見つけ、運よく闘技大会に出場したアルルの正体を知り、運よくその真実をアンジュが知った。確かにこれは偶然にも複数の歯車が塡まって起きた奇跡だ」


『ああああぁっとお!アルル選手の魔道具が壊れたぁ!?よって今闘技大会!数多く参加した選手の頂点に立った選手は召喚されし勇者あああぁアキト選手うううぅぅ!!』


ショウの言葉と同時にネックレスの魔道具が割れる音が部屋に設置されたスピーカーから聞こえた。興奮した実況の声で試合終了と優勝者が告げられ、今度は闘技場が揺れる程の大歓声が響き渡る。


ステージ台には呆然と杖を握りしめたまま四つん這いに地を付いたアルルと、激闘で体力が残っていない筈の勇者がそれは、それは爽やかな笑顔で観客達へ応援のお礼をしていた。


「ねぇショウ様」


ステージを無言で眺めていたアンジュは銀弧のブラッシングを止めショウの名を呼んだ。


「どうした」


「表彰式が始まる前にアルル様に会ってみようと思います。もし宜しければショウ様も一緒に付き添ってくれますか?」


彼女の表情は何時も無邪気な笑顔を振りまき、常に楽しそうに銀弧の尻尾に埋もれている姿では無かった。そこには王族として生を受けた気品溢れる王女の姿だった。


「分かった。ならアルルへ宛てた本を持っていこう、ティトリマも読書の途中で済まないが構わないか?」


「ん…これは彼女を愛する者が書いた書物、私がどうこうする資格は持ち合わせていない。それと私も同行して構わないかしら?」


「勿論ですティトリマ姉様!では早速先触れを送りましょう。騎士の殿方、よろしくお願いしますね」


「っは!」


扉の傍で待機していた騎士の一人が礼儀正しく最敬礼をアンジュに捧げ、そそくさと扉の向こう側へ行ってしまった。





優勝者も決まり、あとは表彰式のみとなった。

今やガラガラの大会参加者だけが出入り出来る選手控室には手で顔を覆い腰を下ろしたアルルの痛々しい姿があった。断じて彼女の身体には傷一つ負っていない。だが、精神はズタボロに打ちのめされていた。


全ては大会の優勝者になって、父の探索願いを国に伝える事。それだけがアルルの望みであり、唯一の希望だった。しかしそれはもう叶う事は出来ない。


「アルル……」


カサ・ロサン王国から一緒に同行してきた頭にターバンを巻いた使者がアルルに言葉を掛ける。

彼女はアルルと長年同じ師の屋敷に住み、魔法の修行を重ねてきた同僚。彼女だけが頼れる存在であった。


コンッコンッコンッコンッ――。


控室の扉からノック音が寂しい部屋へ響き渡った。

使者は一度ピタリと動かないアルルの姿を確認してから扉を開いた。そこにいたのはランキャスター王国指定鎧を着こんだ騎士の青年だった。


「唐突の訪問申し訳ない、此方カサ・ロサン王国より参加されしアルル殿の控室とお見受けする。先の激戦御見それしました。後に第四王女ティトリマ・エル・フォン・ランキャスター殿下、第五王女アンジュリカ・エル・フォン・ランキャスター殿下がお見えになります」


突然の来問に困惑の色を見せる使者の女性。

騎士の言葉は一応聞こえていたのか、アルルも顔を上げた。


「え、えあ、あはい。畏まりました。先触れ感謝を申し上げます」


「では、私は失礼します」


点と点が合わさり偶然にも起こった奇跡。

神からしたらミジンコにも満たない小さな奇跡。

しかし、他の者からしたら人生を費やしても叶える事が出来なかった奇跡。


さて、片方の翼を持つ女性が今に叶う奇跡はどれ程の大きさななのか。

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