転生しても美少女は辞められないようです。
茜色に染まった空。
不可思議な浮遊感を感じながら、私はその下を歩いていた。
『男の子に生まれたかったなー…』
耳の外ではなく内側から聞こえる声。
意識して口を動かしたわけではない。歩くのも喋るのも全て私の意思ではない。
――何故なら、ここは夢の中だから。
遠い、記憶の中だから。
『えー!?美奈が男なんてやだよ!』
独り言のようにぽつりと漏れた呟きに反応したのは私の友達の一人。美奈は私のことだ。
彼女の名前は思い出せない。夢だからだろう。
『もしもの話だよ。』
『もしもでもやだよ! なんでそう思ったの!?』
『だって、男の子って色々と楽そうだなって…
こんなにおしゃれに気を配らなくても良いし、もっとダラダラしてられそうって言うか…』
『…美奈って意外とズボラ?』
『そうじゃないんだけど、なんていうか…女の子って言えば化粧とかおしゃれとか、そんな感じの風潮が嫌になってきたっていうか…
だって、それであんまり友達できなくなってるんだし…』
私はよく他人から美少女と言われていた。
もちろん顔が良いと言われて嬉しくないわけじゃないし、ダイエットとかコーディネートとか色々頑張ってたつもりだけど―――
―――そのせいで女子からも男子からも避けられた。
元々人前では無口ということも手伝って男子からは高嶺の花扱いされ、女子からはとっつきにくい印象を与えてしまっているらしい。
もちろん、目の前に居るこの人のように友達は居るけど…それでもその数は多いとは言えなかった。
『―――――――――――…』
記憶にない聞き取れなかった声。ノイズのみが走る。
『え、ゴメン、なに?』
『な、なんでもない!』
慌てて顔を逸らす親友の顔を覗き込もうとすると、親友は更に顔を背ける。
回り込んでみると、顔を逆方向に逸らされる。
『…どうしたの?』
『なんでもないから…』
おかしな親友だ。
『あ、私はこっちだから! じゃあ、またね!』
『あ…』
結局、彼女が何を言ったのかは分からずじまいだった。
ここで景色が遠ざかる。彼女の後姿が薄れていく。
『またね!』
最後に聞こえた言葉は、私の心を大きくえぐった。
過去の私の心ではない。今の僕の心を。
「……」
夢が終わり、目が覚める。
僕は覚えている。この後私は自宅の階段から落ちて死んでしまうことを。
僕は知っている。善瀬美奈は死んでいることを。
だから、あの“またね”は叶わなかった。何気ない言葉だったけど、その言葉を聞くたびに悲しくなる。
「………また、あの夢…」
僕はたまに夢を見る。
前世の記憶の一部を、彼女の見ていた景色を。
それを見ると喪失感と郷愁が複雑に混じり合ったぐちゃぐちゃな気持ちになる。
僕には両親が居るのに、私は両親に会いたい。
僕には友達が居るのに、私の友達に会いたい。
そして、また話したいと。共に過ごしたいと。そう思ってしまう。
「……」
涙が頬の上を零れ落ちていく。
夢を見た後は決まって涙が流れる。
楽しかった記憶、辛かった記憶、どちらを見ても。
「こんな顔、見せられないよね…」
まずは顔を洗う為に洗面所へ向かう。涙の跡も、沈んだ心もリセットするために。
うつらうつら、何度も長い瞬きをしながら目的地にたどり着くと、大きな鏡が目に入る。
男にしては少し長い髪。これ以上切ると落ち着かない。
男女と揶揄われることが多い憎たらしい顔。周囲曰く可愛いらしい。
僕は、前世の願い通りに男の子として生まれた。
ただし、ただの男の子ではなく男の娘として。
「……神様って、ホント意地悪…」
性根が腐ってるとしか思えない。
美少女を辞めたくて男になりたいと願ったのに、そして男に転生したのに。
それでも、美少女を辞めることができないだなんて。
「おーい!早く行こうぜ来矢!」
「早くしないと遅刻するわよー!」
玄関から聞こえる二つの声。どちらも小学校から一緒の幼馴染み。
1人は友成、もう一人は佳奈美。来矢とは僕、床野 来矢のことだ。
つまるところ僕は2人から呼ばれている。起床から実に5分後のことだった。
「……あれ? 早くない?」
早すぎるお迎えに違和感を抱いてすぐさま部屋に戻って時計を見る。
「………あぁ…」
納得した。どうやら目覚ましのセットを忘れていたらしい。
僕が通っている学校――東歳代高校までは徒歩20分。
ホームルームが8時半、現在の時間が8時。
………結果、ピンチです。
「あああああああああああああああ!!」
遅刻の危機を知覚した瞬間、余っていた眠気も吹き飛ぶ。
足から手の指先に至るまで急加速してテキパキと着替えを済ませ、準備済みのカバンを掴んで部屋を出る。
外に出る前にキッチンに寄り、母が準備してくれていたハチミツ塗装済みのトースターを咥えてゲッドアウト。
「ゴメン! お待たせ!」
玄関の外では友成と佳奈美が駄弁っていた。
「……なんだ? これから道路の角で運命の男とぶつかりに行くのか?」
「違うよ! ちょっと寝坊しちゃって…コレ朝ご飯!」
なにそのベタな展開。しかも男。
勘弁してよ、僕も男なんだから。
前世は確かに女の子だったけど、今の恋愛対象は男の子ではなく女の子だ。体に引っ張られたのか、前世からそうだったのかは分からないけどとにかく僕は男の子と恋愛する気は無い。
「よく咥えたまま喋れるわね…
それより、寝坊なんて珍しいじゃない。アンタ結構しっかりしてると思ってたんだけど。」
「本当にね…!
それより、急がないと遅刻しちゃうよ!」
ギアは眠気が覚めた瞬間からそのままだ。
焦りに身を任せて走り出す。
「あ、おい! 本当に人とぶつかるぞ!」
「全く、来矢はいっつもうっかりさんなんだから…!」
2人も後で追いつけるはずなので先に全力で走らせてもらう…このペースで走ったらあんまり続かないと思うけど。
でも、25分も残ってる。少し走れば後は歩いても間に合うはず。
「―――あ!」
「うわっ…!」
俗に言うフラグという物が建っていたのだろうか。
曲がり角から誰かが飛び出してきて、走っていた僕は避ける術もなくぶつかる。
「…いたたた…大丈夫?」
「え、ええ…」
被害はおでことお尻を強打、咥えていたパン。
ぶつかった人には申し訳なさを感じつつも冷静に分析。焦りは継続中。
目を開けて現状の確認。落ちているのはさっきまで咥えていたパンとカバン。
「ごめんなさい、急いでて…」
「私こそ、全く気付かなくてごめんなさい。」
そして、目の前には一人の女の子。テンプレ通り美少女だったのはご愛敬…かな?
彼女は東歳代高校の制服を着ている。それも同学年のものだった。
「……その制服…もしかしてあなた、男の子?」
……もしかしなくても男の子だよ。
「そうだけど…」
「やっぱり。
しかもその制服、東歳代高校?」
「そうだけど…」
「………へぇ~…」
ニコニコと笑う彼女を見て寒気が走る。
もしかして絶対許さないからとかずっと根に持ってるからとかそんなことでも考えてるの?
「私は由美華。貴方は?」
「ぼ、僕は来矢…」
下の名前で自己紹介されたので返す僕も下の名前を言った。ほぼ反射だった。
「来矢ちゃんか~…」
……あれ、僕男の子って断定されてたはずだよね。
なんでちゃん付けなの?実は先輩なの?同学年じゃなかったの?
「覚えておくね。じゃあ、また学校で。」
それだけ言うと由美華さんは先に学校へ走って行った。
「言わんこっちゃない…ご丁寧にテンプレ通りに美少女と激突しやがって。」
そうこうしている間に友成と佳奈美も僕に追いついてきた。
しかもさっきの一件は見られていたらしい。お恥ずかしい…
「言ってる場合!? 早くしないと遅刻するわよ!」
そうだった、遅刻しそうだったんだった。
残り20分。もっと走らないと本当に遅刻しちゃう。
落としてしまったカバンを持って―――
―――…あれ?このカバン―――
「何してるの!?早く!置いてくわよ!」
―――なんて考えてる場合じゃなかった。
その後僕たちは更にペースを上げ、どうにか遅刻を回避できた。
「…あ………」
朝のホームルームの後、一時間目の授業の準備をしようとカバンを開けたらピンクの可愛らしい筆箱やら今日の時間割に無い教科の教科書やら見覚えのない筆跡が並んでいるノートやらが詰まっていた。
どうやら今朝ぶつかった時に由美華さんとカバンが入れ替わってしまったらしい。
心が入れ替わってないだけまだ良い…なんてバカなことを考えてる場合じゃない。
「お、来矢ちゃん筆箱買い替えたの? かっわい~」
そのカバンの中身を見てしまったのは友成だった。からかわないでよこんな時に。
「友成…どうしよ、さっきの女の子のカバンだよコレ…」
「なんだ、ついに中身が女子化したのかと思ったぞ…」
………ちょっとギクッとした。
ある意味、僕の中身は女の子みたいなものだからね。
「そ、そんな訳無いじゃん…
えっと、友成、由美華って名前に聞き覚えはある?」
「ああ、俺の友達そいつに告ってフラれてた。
そいつがどうした?」
…友成の交友関係は広い。
僕の知らないところでも多くの友達が居るらしく、友成はたまにその友達達の事を話してくれる。
そのフラれた友達のことも気になるけど、今は由美華さんのことだ。早くしないと一時間目が始まっちゃう。
「これ、その人のカバンみたいなんだ。」
「何ィ!? じゃあ今朝パン咥えてぶつかった美少女の正体は由美華さんだったってことか!?」
「こ、声が大きいよ…」
元々ざわついていた教室が一瞬静まり、またざわつき始める、
「テンプレにしても古臭すぎるだろ…」
「普通パン咥えて登校とかする? 俺だったら潔く朝飯抜くけど。」
「ばっか、そんなテンプレ体感できるならパン食いながら登校するわ。まずねーけど。」
「由美華様とぶつかるとは…うらやま。」
「来矢きゅんとぶつかるとか…うらやま。」
「百合の波動を感じる。」
「それは気のせいだ。」
話題の中心は僕みたいだった。
由美華さん、やっぱり人気なのかなぁ、綺麗な人だったし…
「それで、由美華さんはどこのクラスなの?」
「ああ、由美華さんは――――
――――聞くまでも無いみたいだな。」
聞くまでも無い?
「それってどうい…」
「はーい、つ~かま~えた!」
突如胸の前に回される腕。背中に当たる柔らかい感触。
ついさっき聞いた声、思い出されるファーストコンタクト。
僕は今捕まっている。今の状況が呑み込めてきた僕は頬に血が集まっていくのを自覚する。熱い。
「も、もしかして…由美華さん?」
「大当たり。はい、景品の来矢ちゃんのカバン。そのカバンは貰っていくね。」
僕を解放した由美華さんは机の上にあげていたカバンと由美華さんが持っていたカバンを入れ替えた。
…来矢ちゃんで確定なんだ。僕の呼び方。
「なんで由美華さんがここに?」
「たまたま教室に入るのを見ただけ。
カバンが換わってたから、交換しに来たの。」
僕も由美華さんにカバンを私に行こうと思ってたから、わざわざ来てくれたのはありがたいし、手間が省けて良かったと思うけど…
「…なんで最初に、その…ぎゅって…」
抱きしめたの? と言うのが何故かちょっと恥ずかしかったので濁してしまった。顔は多分赤くなってる。
「来矢ちゃんが可愛いから。」
「……僕、男なんだけど…可愛いって言われても別に嬉しくないんだけど…」
「そうは言っても…照れてるようにしか見えないよ?」
「て、照れてない! 照れてないから!」
前世の記憶のせいか、ちょっと嬉しかったけど…素直に喜べない。
あと、形はどうあれ純粋に綺麗な女の子に褒められたから嬉しいっていうのもあるかも。こういうところで男の子っぽいところが出た。男の子だから嬉しかったんだよね、そうだよね。
「そういう所が可愛いんだよ~! もう一回抱きしめても良い!?」
「そ、そろそろ授業始まるから! それに、皆見てるし…」
突然教室に乗り込んで来た乱入者、大騒ぎする僕。
その2人に注目が向かないはずもなく、クラス中の視線を僕と由美華さんで独占していた。その中には友成と佳奈美の視線もあった。まあ、佳奈美はともかく友成は由美華さんが来る前から目の前に居たからね。
「そう…じゃあ、また後で来るから!」
と言い残し、由美華さんは教室を去って行った。
でも、視線は相変わらず僕か由美華さんが去って行ったドアに向けられたまま。先生が来たのはそのすぐ後で、授業の準備が出来ていないとクラスぐるみでお小言を貰う羽目になった。
「来矢ちゃん! 一緒にお昼食べない?」
お昼休みに入って一分足らず。なのに由美華さんは僕たちの教室に乗り込んできた。かなり積極的。
手を振っていない方の手にはランチバッグが一つ下げられてる。
「良いけど…僕、今日はお弁当作ってきてないから食堂に行こうと思ってたんだ。友成達と一緒に。」
「もちろん一緒に行く。お友達も一緒でいいよ。」
由美華さんが寛容な人で良かった。
それなら友成と佳奈美の約束も、由美華さんのお誘いも断らなくて済む。約束を破るのもお誘いを断るのも心苦しいからね。
…まあ、友成と佳奈美が断ったら終わっちゃうんだけど。でも2人が由美華さんを拒むとは思えない。長年の付き合いがそう言ってる。
「俺は良いけど? 美人とランチなんて断る理由が無い!」
「アンタは…私は美人じゃないの?」
「そりゃ、顔は良いかもしんないけど…ぶっちゃけ長年一緒に居たら分からなくならないか? 佳奈美は俺の事イケメンだと思ってる?」
「親しみやすいし、アンタのことなら大体分かるけど…でも、中身は残念だと思う。」
「おい! 俺ディスってる上に顔については触れて無いぞ!?」
「良いの良いの、友成だから。
…でも、顔は悲観する程悪いわけじゃないと思うわ。」
「お、おう…」
………こういう夫婦漫才、友成と佳奈美にはよくあるんだよなぁ…
恋愛願望が薄い僕でも、こうも見せつけられたら…
「お惚気もいい加減にしてよ…」
「「誰が惚気てるって!?」
揶揄いの一つも入れたくなる。
心の底では羨んでるのかもしれない。前世では男っ気の一つも無かったから。
「来矢ちゃん、来矢ちゃん、私達も惚気ない?」
「え…?」
惚気、え? まさか、いや、会ったばっかりだし…え?
「冗談、本気にしちゃった? 顔赤いよ?」
「え、あ、ち、違うから! これはえっと…か、勘違いしないでよ!」
「ホント可愛い。」
「勘弁してよ…冗談キツイって。」
「可愛いのは冗談じゃないんだけどなぁ。」
「それこそ止めてよ…男の子が可愛いなんて言われて嬉しいわけないって。」
「ゴメンね、後で好きなおかずあげるから。」
「ホント!? 良いの!?」
「もちろん。」
陰気な気分が吹き飛んだ。
何貰っちゃおうかな。ハンバーグ? 卵焼き? いやいや、まずは中身を見てからだよね。
「早く行こう、私もお腹空いてきたから。」
「うん! 友成と佳奈美も早く!」
「ああ……
…にしても由美華さん、来矢に甘いな…やっぱり女子には可愛い系が受けるのか? 佳奈美。」
「人それぞれだとは思うけど…少なくとも、アンタがそれ目指してもキモいだけだから止めた方が良いわ。」
「目指さねーよ!」
友成と佳奈美の会話は上機嫌な僕の耳を通り過ぎる。
まだ見ぬおかずに思いを馳せてご機嫌だった僕は、由美華さんにいつの間にか手を取られていたことに気付かなかった。
それを見た男女生徒達が生暖かい目で見てたとか、そんなことはもっと分からなかった。
友成と佳奈美が姉妹みたいだと思っていたことなんて更に知るよしもなかった。
「わぁ…」
由美華さんの弁当を見て感嘆の声が出たのは、そのうちのいずれかを食べられるからだろう。
美味しそう。僕が作った弁当よりももっと美味しいんだろうな…
「見るからに手作りじゃねーか…!」
見てないけど友成がすごい顔してそうだなーと興味なさげに考え、その思考を捨ててどれを食べるかを考える。今の友成の顔なんかよりも今何を食べるかの方がよっぽど重要だ。
「……じゃあ、卵焼きにする!」
しばし悩んだ後、食べ物を選択。
定食についていた漬物を平らげ、その酸っぱさに少し顔をすぼめた後その皿を差し出した。
「はい、あーん。」
期待の眼差しと共に顔を上げた僕が見たのは箸を差し出す由美華さん。ものすごくニコニコしてる。
「………えっと、由美華さん?」
「お口、開けて?」
「あの、この皿に…」
「オープンザマウス。」
「えっと、求めてるのは英訳じゃなくてオンザディッシュなんだけど…」
「パクパクして?」
「あの、黄色い球は食べないけど…」
「…来矢、諦めなさい。じゃないとその定食、残すことになるわよ。」
「くぅるぅやぁ…!」
「そこの馬鹿は私に任せて。」
退路はシャットアウト。迫る羞恥。
同い年の女の子にしてもらうなんて恥ずか……いや、ちょっと待って。
むしろこれ、男としては喜ぶ場面なんじゃないの?
前世のせいでなんとなく同性みたいな感覚がちょっと残ってたし、当の由美華さんは僕を一人の男っていうかお人形さんとかお子さんみたいな感じで見てる気がするけど…
…頑張って床野来矢。こういう状況をむしろ利用するくらいじゃないと男としてはやっていけない。
もっと鼻の下を伸ばしてだらしなくあ~んとかそんな感じで返そう、それが普通の男の子なんだから!
……偏見混ざってるかな?
「あ、あ~…」
意を決した僕は顔を突き出して口を開ける。
「はい、あーん。」
すぐに口の中に卵焼き…と箸が入った。
口を閉じる。ただ、そのタイミングが少し早かったみたいで、箸に少し当たってしまった。
「ご、ゴメン! 割りばし貰ってくるから…」
「良いから、ちゃんと食べて感想聞かせて?」
喋る時に口を覆っていた手をどかし、ゆっくりと咀嚼する。
「…美味しい!」
完全に飲み込んだ後にシンプルで率直な感想を言う。
甘い卵焼きは僕の好物。僕に合わせてくれたみたいな…って言うのはちょっと違うけど、とにかくおいしい。
「良かった。
実は私の手作りなん」
「何ぃ!? やっぱり由美華さんの手作りぃったあ!?」
「うるさいバカ成。」
食べる時くらい静かにしてくれないかな…
あ、この唐揚げ美味しい。
………
「由美華さん、これ食べる?」
「良いの?」
「卵焼きのお返し。
…あー、ダイエット中とかだったらゴメン…」
「大丈夫大丈夫、今はしてないから。
じゃあ……」
…あれ、どうしたんだろ。
なんで口を開けて固まったんだろ。
「……お返し、してくれないの?」
お返し…?
……あ、そう言うこと…
「あ、あ~ん…」
恥ずかしい。
赤くなる顔を伏せたい衝動を抑え込んで箸を由美華さんの口に運ぶ。
テーブルに身を乗り出して、腕をいっぱいいっぱいに伸ばしてるから手が震える。このテーブル無駄に大きいんだよね。
僕を気遣ってか、由美子さんは顔を箸に向かって突き出してその先にある唐揚げをぱくりと一口で口に含む。
「美味しい。ありがとう。」
「う、うん…」
恥ずかしさも頬に集まった血もすぐには抜けてくれない。
赤い顔のまま唐揚げに添えてある千切りキャベツを口に運ぶ。
「間接キス、だね。」
少し落ち着きを取り戻した頬が真っ赤に燃える。恥ずかしすぎると轟き叫ぶ。
もう頭に血が上って倒れそう。
「大丈夫なの? 顔真っ赤だけど…」
「羨ましいと思ってたけど、あそこまでくると心配になってくるな…」
「大丈夫…」
コップの水をがぶ飲みしてお代わり。二杯目の半分くらいを飲んだら落ち着いたので、残った羞恥を払しょくするように昼食を一気に食べる。
「ごちそうさまっ!」
食器が載ったトレーを下げて誰よりも早く食堂を出る。三人を待ってたら由美華さんからもっとからかわれる。からかわれて恥ずかしくなって倒れたなんてそれこそ恥ずかしくて言えないし…
図書室とかで時間を潰して…次は体育だから早めに戻って着替えないと。
「はぁ…」
体育か…憂鬱だな。
僕は人よりも体力が無くてバテやすいから、運動に苦手意識を持ってるし体育の授業が嫌いだ。
一応、男らしくなりたくて筋肉目当てで筋トレはしてるんだけど…体力が続かなくて、筋肉は付かないし疲れるだけだ。
でも、体質だと決めつけて諦めたくないから続けてはいる。よく眠れるというのも続いてる理由の一つだ。
…筋肉欲しいなぁ。あったら誰も女の子扱いしないだろうし、重い荷物も簡単に持てるようになりそうだし…
「ゴメンね、さっきは揶揄いすぎちゃって。」
「ひゃっ!?」
考え事の最中の思いもよらない声。その主は由美子さん。
「だ、大丈夫だから…」
「でも、落ち込んでるみたいだったし…」
「そ、それは違うから! 別に、由美華さんのことを考えてたわけじゃないから!」
「あ、なんだ…
……でもちょっと寂しい。」
「え?」
でも…ちょっと?
小声だったからよく聞こえなかった。
「あ、何でもないから気にしないで。
何か悩んでるの? お詫びじゃないけど、お話しなら聞くよ。」
「…えっと、その。女の子に訊くことじゃないから…」
筋肉の付け方なんて女の子に聞いてもしょうがない。
「…え? 何? もしかしてえっちな事?」
「ち、違うよ!
どうやったら筋肉が付くのかなって考えてたんだよ!」
言う程僕が本気じゃないのも原因かもしれないけど。
プロテインとかは飲まないし、筋トレオンリーな上に回数はそんなに無いし……体力がそんなに無いから続かない。それも悩みの一つだ。
「…付けて欲しくないなぁ。」
いきなり相談が破綻したんだけど。
「そのままで良いんじゃない? 今のままの方がとっても可愛いよ。」
「可愛いって言われたくないからつけようとしてるんだけどなぁ…」
「えぇ~…可愛い男の子が居たって良いじゃない。男らしい男なんて溢れるほどいるんだから。
下手に普通を目指すより、オンリーワンを目指すのがベストだと思うよ。」
なんかちょっと名言。
「そのオンリーワンが嫌だから変わろうとしてるんだよ!」
「勿体ないこと言うね…」
でも、僕の意思は変わらない。
希少価値だとしても要らないものは要らない。例え勿体ないって言われても捨てたいものは捨てたい。
「……っていうか、お願いだから止めてくれない?」
お願いまでしてきた。そこまで嫌なの?
でも…
「…ゴメンね。
せっかく男の子として生まれてきたんだから…男の子としての人生を楽しみたいんだよ。」
「そう…」
………そんなに悲しそうな目をしないでくれないかな。別に悪いことしてるわけじゃないのに罪悪感が…
「…そう言えば、次体育だからそろそろ着替えないと…じゃあね、由美華さん!」
「あ、またね!」
目を逸らした先にあった時計を見て言い訳をひねり出し、なんとも言えなくなった雰囲気から脱出する。実際、そろそろ着替えないと間に合わない。
急いで教室に戻ったら生徒はまばらだった。きっとクラスメイトのほとんどは今更衣室で着替えているのだろう。
「お、来矢。結構危ないんじゃないか?」
先に来てた友成が体育着入りの袋を持って話しかけてきた。
「そうだね、だから急がなきゃ。」
僕も体育着を持って友成と一緒に更衣室へ向かう。
更衣室ではダラダラとだべりながらクラスメイトの男子たちが着替えていた。つい、目を背ける。
というのも、小学生あたりの子供のころならともかく、高校生の体つきとなると前世の感覚のせいで着替え中の男の子を直視できないのだ。なんだか恥ずかしいって言うか…
「あれ、来矢こっちなのか?」
「更衣室間違えてるぞ、ここは男の更衣室だ。」
「僕は男だよっ!」
たまにこうして揶揄われるから、と言うのも体育が嫌いな要因の一つになってそうだ。からかわれるくらいだから小さくはあるけど。
壁際のロッカーを向いて着替えていると、妙に視線を感じて振り返る。
視界に入る多くの視線。一部鼻息が荒くなってる人が居る。怖い。
ちょっと身を強張らせつつ、勇気を持って訊いてみる。
「…なんでそんなに見てるの?」
「いや、だってさ…」
「後ろ向いてるから、余計にエロいって言うか…」
「……僕、男なんだけど。なんで男の子にそんな目向けてるの?」
「ああ、分かってる! 来矢きゅんは男の娘だ! 当たり前だろ!?」
「え、実は女でしたーっていうネタバレまだなの?」
「ホントについてるの?」
「………」
どうも、世の中は腐ってるらしい。
「おい、皆止めろよ。
来矢はこんな顔でも間違いなく男だ。」
声を上げたのは隣で着替えていた友成。
こんな顔でもは余計だけど、異議を申し立ててくれたことは嬉しい。
「むしろ顔が証明してるだろ。」
「何を根拠にそんなことを。」
「……お前達。
俺と床野が幼馴染って事、知ってるよな。」
「な、なんだいきなり。」
「そんなことは知ってるとも。で、それが?」
「幼馴染って言うのはだな…大抵両親、ひいては家同士の付き合いが良いし、遊ぶためにお互いの家を行き来することも多い。お泊りをしたこともあったくらいだ。
…その時、小学校に入る前…見たんだよ。
来矢の股から生える、一物をなぁ!!」
フォローだと思ったらセクハラだった!?
「何!? 床野は百合妄想の素材ではないのか!?」
「人の嫁で妄想するな。もう入籍も済ませてるんだぞ。」
「お前ら現実に帰ってこい。」
「俺は一体何を信じれば良いんだ…!?」
「僕は道を違えていなかった…!!」
「人の道に戻ってこい。」
ざわつくクラスメイト達。
「……腐ってる世の中だな。」
それを見た友成からの一言。同感だよ。
ちなみに、体育の授業には大半の男子生徒が遅刻してた。自業自得だから、別に罪悪感はわかない。それを友成に言ったら、なんか『罪悪感無しっ!』とか言った。聞き流した。
「おはよう来矢君!」
「おはよう、由美華さん。」
一週間の親睦及び説得の末、なんとか由美華さんからのちゃん付けは廃止に成功して君付けで妥協してもらえるようになった。
それと、初日に揶揄いすぎたことを反省したのか過度なスキンシップは少なくなって、女の子扱いもあまりされなくなった。全くしてこないわけじゃないけど、冗談の範疇に十分収まっているので特に大きな不満は無い。全くしてこない方が望ましいけど。
「由美華もすっかりこのメンツに馴染んだわね。」
由美華さんと佳奈美は日を経るごとに仲が良くなってる。親友と呼びあうまでにそう時間はかからなそうだ。
「そうだな…」
友成は…なんか居心地が悪そうになっている。
巷では美少女に囲まれてるハーレム野郎と呼ばれているらしい。僕も色男って揶揄ってみたら物凄く面白くなさそうな声で注意を受けた。ちょっと怖かったからもう揶揄わないと心に決める羽目になってしまった。完全に自業自得だけど。
「友成、元気出してよ。」
「ああ、頑張ってるとも…元気出すように頑張ってるともさ…
ところで来矢。もうちょっと男らしくなってくれないか? そうすれば俺多分ハーレム野郎とか言われなくなると思うんだ。」
「それが出来たら僕もやってるよ…」
僕としても友成を囲う美少女の一人としてカウントされるのは面白くない。
解決策の一つに僕が男らしくなるというのもあると思うけど……それが出来たら苦労はしてない。
「………なあ来矢。一つ思いついたんだけど。」
「何?」
なんだか嫌な予感がしてきた。
「明日ってさ、休みじゃん。」
「そうだね。それが?」
「お前、特に用事とかは無いよな?」
「うん、そうだけど。」
「……じゃあさ、明日駅前来てくれないか?」
「駅前? 良いけど…何しに行くの?」
「それは後で教える。今はちょっとアレだし…」
アレってなんだろう?
でも、後で教えてくれるって言うなら良いか…
「…変な事だったら行かないからね。」
「変じゃねーよ、そう心配するな。」
………心配しかない。
本当に大丈夫だよね…?
翌日の駅前。僕は流れていく人混みに含まれる人、特に女性をじっと見ていた。
『明日、ナンパしに行くぞ。』
理由は友成の勧誘にのったから。
普段の僕なら断っていたであろうその誘いにのったのは、友成の説得が理由。
『お前、男らしくなりたいと思ってないのか?
ナンパが成功して、彼女を作ればお前は男たち…っていうか俺をはじめとする非リア共から羨望の視線で見られる。
それはお前が美少女みたいな見た目だからじゃなくて、お前が彼女を持ってる男だからだ!
そして、お前が彼女を作れば俺のハーレム野郎の汚名も濯がれる。完璧な作戦だろ?』
…僕はいつも一人の男として見られたいと思ってる。
女の子が彼女なんて作るわけ無いし、もしかしたら彼女が出来ることで僕も男らしくなれるかもしれない。
絶対彼女を作らなきゃ。今日で全部変わるんだ。
「お、あのお姉さんなんて良いんじゃないか?」
隣に居る友成からのおすすめのお姉さんを見る。
綺麗なお姉さんだ。ちょっと邪魔そうなくらい長い髪も美しく見える。
「良いか?理想としては『ヘイねーちゃん!俺と一緒にお茶しなーい?』だ。」
「わ、分かった!」
お姉さんになるべく自然を装って近づく。
強張る顔を抑え、声を掛ける。
「お、お姉ちゃん! 一緒にお茶にでも行かない!?」
「またナンパか……え?」
一瞬顔をしかめて何故か戸惑うお姉さん。ナンパされたことに驚いたって言う訳でもなさそうなのに。
「あ、えっと…彼女いるので…」
「え!? ご、ごめんなさい!? 失礼しました!」
か、彼女!?
あれ? でもお姉さんって女の子のはずだよね…あれ? え? 女の子の彼女って今そんなに珍しくないの? あれ?
「……と、友成。あのお姉さん、彼女いるって…」
「聞いてた…マジかよ。って言うか一発でそれに当たったお前もすげえわ…」
「当てたの友成じゃない?」
「好みのタイプだったからさ…」
とにかく、仕切り直しだ。
「次は…そうだな。チャラそうな女子は結構乗ってくれるんじゃないか?
髪染めてる奴とか、雰囲気的にそれっぽい奴とか…」
「あんな感じ?」
友人と思わしき女の子と話してる茶髪の女の子を見る。
化粧がちょっと濃い。纏う雰囲気もなんとなくチャ…かなり開放的。まさにギャルって感じがする。
「そうそう、さあ行ってこい!」
友成に送り出されてその女の子に近付く。
一回断られたからか、さっきよりもドキドキする。失敗への恐れが強くなってるんだ。
…でも、ここで頑張って彼女を作らないと、このまま一生誰からも男の子として見てくれないかもしれない…
そんなのは嫌だ。今やらなくていつやるの?
自分を鼓舞して少し深く息を吸う。
「あのっ!」
自分でもびっくりするくらい大きな声。やや鬱陶しそうな顔をして振り返る2人だったけど、僕を見た途端目を大きく見開いた。
「え、えっと…お姉さん、一緒にお茶、行きませんか?」
ちょっと声が上擦った。脈拍数が上がっていくみたいだ。
「え、もしかしてナンパ?」
「は、はい! こう見えても僕、男の子なんですよ!」
「え、ホントに? こんな可愛い男の子居て良いの!?」
「むしろむしろ! 色々教えてあげたいから付いて来てくれない!?」
「え、色々ってその…」
「色々は色々! こんなところで言わせちゃうの?」
「え、う、う…」
おかしい。
ナンパしに来たはずなのにむしろお持ち帰りされそうになってる。
こっちから攻めるくらいの気で行かなきゃならないのに、何故か逆転しちゃってる。
「あ、ごめんなさい、用事思い出しちゃって…」
「またまた~! ナンパしにくるくらいだし暇っしょ?」
「今日一日で足りる? 明日もぶっ続けで…」
両手は2人の女の子に掴まれ、逃げることは出来ない。
やばい、食べられる。
最悪な展開だ。ちょっとお話しして、デートして、最後に付き合ってくださいって…そんな感じで行こうと思ってたけど、彼女達に任せたらそんな段階を通り越して取り返しのつかないところまで――
――僕の未来の彼女さん、ごめんなさい。初めての相手は貴女じゃなくなっちゃいそうです。
一足先に大人になってしまう僕をお許し下さい。
「来矢君?」
引きずられていく僕の耳に届いたのは、由美華さんの声。
こんなところに由美華さんが居る訳が無い。そんな偶然ありえない。幻聴だろう。でもなんでこんな幻聴を―――
―――もしかして、僕は心の奥底で女の子に助けを求めてるの?
これじゃ、『僕は男だ』なんて言い返せないや。女の子に助けを求める男の子なんて男の子じゃない。
「ごめんなさい、その子と待ち合わせしてたんだけど…」
「え? でも今、この子私達にナンパしてきてたけど?」
「あ、もしかしてさっき思い出したって言ってた用事って…」
「節操無しでごめんなさい、私からはキツく言っておくから。
ご迷惑をおかけしました。」
「………」
随分リアルな幻聴だ。今も両手を掴んでる女の子達がちょっと怯えた声で会話してるよ。
由美華さんは人を怖がらせるような人じゃない。一週間の付き合いでそれは分かってるはずなのに。
「ねぇ、来矢君。さっきの女の人たち、ナンパしてたってホント?」
げ、幻覚まで見える。
おかしいな。由美華さんはこんなに真っ黒なオーラを出すような人じゃない。
「ねえ、答えて? どうしてそんなことしてたの?」
「………」
ちらりと物陰に隠れてる友成を見る。
口をパクパクして必死にジェスチャーしてる。両手を合わせてお辞儀をして…
……謝れって事?
もしかして、この由美華さんって幻覚じゃなくて他の人にも見えてる? 本物なの?
「ああ、あの人は来矢君と佳奈美のお友達?
あの人にそそのかされたの? じゃあ、後でいっぱい説教しないとね。」
「ち、違うよ!
こ、これは僕がやった事だから、友成は関係無いよ! 友成には僕が上手く出来るかどうかわからなかったから、付いて来てって頼んだだけだよ! 本当だよ!?」
友成を売る訳にはいかない。
きっかけを作ったのは友成かもしれないけど、、これは僕が良いと思ってやった事だから。
僕一人が謝って済むなら、いくらでも謝る。だから、友成には何もしないで…!
「……そうなんだ。
じゃあ、来矢君。ちょっと私に付き合ってくれない?」
「う、うん…」
元より断るつもりは無いけど、有無を言わせない気迫に当てられた僕は萎縮しながら由美華さんに手を引かれて行った。
その時、なんとなく屠殺場に連れていかれる家畜の気分が分かったような気がした。
由美華さんに連れていかれた先は洋服売り場。ただ、いつも僕が行く洋服売り場と違うのはここが女性用の洋服売り場と言うこと。
下着も惜しげも無くさらされているその場所は、見てて恥ずかしくなるけどどこか懐かしさを感じた。前世ではよく見た光景だからかもしれない。
「じゃあ、ここで待ってて。」
何も言えない迫力はそのまま。僕を試着室に押し込めた由美華さんは僕を放ってどこかへ行ってしまった。
「絶対に逃げないでね。」
正直、試着室よりもその笑顔から逃げたい。
落ち着かない、居心地の悪い場所ではあるけど今の由美華さん以上に逃げたいとは思えなかった。
「………」
試着室には壁についている鏡とフック、それにかけられたハンガー、着替えを入れるのであろうカゴ以外には何も無い。
退屈だ。
荷物は人質代わりに由美華さんに持っていかれたし、鏡とにらめっこくらいしかすることが無い。
『え、えっと…お姉さん、一緒にお茶、行きませんか?』
…もし。
もし、前世の私が僕に、さっきみたいにナンパされてたら…どうするのかな。
話くらい聞くかも、と少し思ってしまうのは自分だから補正がかかってるのかもしれない。案外こっ酷く突っぱねるかもしれない、というのは被害妄想が過ぎるだろうか。
自分の事は分からない、その時にならないと分からない。
伸びた髪をくるくると指でいじる。
ついしちゃうこういう仕草も、女の子みたいに見られる原因の一つなのかな。
そう言えば、前世の私もたまにこんなことしてたっけ…
「はい、お待たせ。」
「わゃあ!?」
考え事の最中に話しかけられてびっくりする。
変な声が出ちゃった。ちょっと恥ずかしい。
鏡越しで良く見えないけど、声は由美華さんだ。
「どうしたの?」
「ゴメン由美子さん、なんでもな――――」
手に持っている物を見て全てを察した。
突然洋服売り場に連れて来られた理由と、由美華さんを怒らせてしまった僕の末路を。
「―――もしかして、それ…」
「察しが良くて助かるよ。着て!」
由美子さんが持ってるのは女性用の衣服。
派手過ぎず地味過ぎず、でも可愛い洋服とスカート。更には下着まで。
「……冗談、だよね?」
「そう思う?」
一縷の希望も潰えた。
「これは罰だから。あの女の子達にナンパして、逆に助けてほしいって思った来矢君へのね。
自業自得で取り返しがつかないことになりそうだったじゃない? つい私が助けちゃったけど、あのままだったらどうなってたと思う?」
「……ごめんなさい…」
「もうああならないようにするために、教訓にするの。
だから、そのためにキツい罰を受けてもらって、貴方はもう二度としないって思わなきゃいけないの? 分かる?」
「…うん…」
「だから、これを着て。
恥ずかしいって思うなら、もうあんなことやらないで。自分の為に。」
……これは、罰。
僕の為の、罰。
由美華さんの、僕への思いやり。
喉元を過ぎても忘れない熱さを刻み付けるための、儀式。
「……分かった。着替えるからカーテン閉めて。」
「え? でも来矢君。貴方は女の子の下着の付け方なんて知らないでしょ?」
「え? あ、大丈夫だから。それくらい知って――」
「来矢君!? 女の子の格好したことあるの!?」
「―――な、無いから! ゴメン分かんない教えて! 口頭で良いから!」
あ、危ない。前世の記憶を活用しようとしたら女装趣味があるみたいになるところだった…
「じゃあ、教えてあげるから脱いで! 全部!」
「え、えっと、口頭で良いんだけど…」
「こういうのは着けてもらった方が分かりやすいでしょ? これも罰だと思って!」
「た、楽しんでないよね由美華さん!」
「良いから良いから! 早く脱いでよ!」
「や、止めて!自分で脱ぐから! あ、ああ! 止めてよぉ!」
全部、見られた。
もうお婿さんには行けそうにない。未来のお嫁さんに謝らなきゃ、貴女より先に僕を知ってる人ができちゃったって…
女装させられた僕は、その後そのままの格好で一日中由美華さんと一緒に街を歩いた。
トイレに行きたい、と言ったら女子トイレに連れていかれた時はひやひやしたけど、悲しいことに誰も僕を疑ってくれなかった。良かったかもしれないけど…
そして、帰りに由美華さんからこんなことを言われた。
「今日は一日ありがとう! 女装、似合ってるよ! またね!」
…今世最大で複雑な気持ちになった。
オマケ
「……もしもしマナ? なんかさっき女子からナンパされたんだけど…」
『は?
…ああ、逆ナンか。その女子すげえな…お前を一発で男って見破ったんだろ?』
「いや、でもあの女子俺の事お姉さんって言って話しかけてきたし…」
『……え? もしかしてその女子って…ソッチ系?』
「…じゃないか? 珍しいこともあるもんだな…」
元々美少女だから可愛い格好をして似合ってると言われてちょっと嬉しいけど、今男だから微妙な気持ちになる。が絡み合った複雑な感情。
連載をほったからして短編書いてたら意外と難産だったでござるの巻。
最初は男の娘に転生した元美少女が女装が似合うと言われてもの凄く複雑な気持ちになると言うのが書きたいと言うひねくれた欲望の為に筆を執っていたのですが、途中から合法百合とかオネショタ的な何かに変貌していった模様。あれれ~? おっかしいぞ~?
女→男のTSモノはほぼ読んでおらず、よく分からないまま書いたのでこれでいいのかどうかめっちゃ不安です。大丈夫かなコレ。
気分が向けば需要関係なしに書く、じりゅーでした。ではまた次の小説で。




