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1章 第5 告白

隆彦と裕子は、以前と同じカフェにやって来た。そして、二人は以前と同じ席の同じ位置に腰掛けた。まるで暗黙の了解があるかのようであった。店内には隆彦たち以外に3、4組おり、繁盛しているとは言えないまでも閑古鳥が鳴くほどでもなかった。

「忙しいのに悪いな。いつもこんな所に。でもまぁいいだろ?話の種はいくらでもあるんだし、佐倉も暇だし」

「暇って…私だって予備校に通う受験生なんだからね。光井さんと違って予備校無しで最難関大学に入れるような頭脳は持ち合わせてないんです、私は。結構忙しいんだからね」

漫画でいえば、『プンプン!』と、頬に空気を入れて膨らませて怒る絵になるであろう表情をしている裕子は、言葉のキツさとは逆に、どこか笑っているのであった。隆彦はこれを見て心底安心したのだった。

「注文は決めたか?もう頼んでいいか?」

「えっ、光井さんもう決めたの?もしかしてまたコーヒー?カフェイン摂り過ぎじゃない?」

「〈カフェイン〉と書いて〈エネルギー〉と読む。覚えておけよ、入試に出るかもしれないからな」

「そう答えて不合格になったら、私にオメガの時計買ってくれますこと?よろしゅうございますね?」

「おいおい、子どものくせにオメガの時計なんていらないだろ。合法的に酒も飲めないんだぜ、ご婦人。しかも不合格になったらそもそもプレゼントを受け取る資格なんてないだろ。自己責任で勉強してちゃんと受かってくれよ」

「光井さんの後輩になれるように頑張ります!ほらウェイターさん来たよ、注文したら?」


こんな軽い調子のやり取りをかわしただけだったが、裕子には、隆彦がとても幸せそうに映ったのだった。そう彼は朗らかだった。『ずっと我慢して勉強して、やっとのことで課題を終えた後のコーヒーブレイク』みたいな顔をして。

しかし、ここへ来てからずっとあることに頭を抱えていた。話すべきか否か。予備校のクラスメートである山川修とフェルメールの絵画展に出掛けたことについて…

話した途端不機嫌になりはしないか。笑顔がかき消されてしまわないか。そして自分がこれを機に嫌われてしまわないか。かといって、意識的に触れないのはかえって罪悪感を生むのではないか。裕子は葛藤を抱えながら隆彦の目を見た。何かを見抜く鋭い目――この二つの目が、今は穴が空きそうなほど自分に向けられている。『ダメだ、こんな目で見られたら嘘もつけないし隠せもしない。何なのこの優しくてしかも鋭い目!懺悔しないといけなくなるじゃない!』

隆彦は、今日も特に話題を持って来たわけではなかった。裕子と向かい合えば自然に話ができる。本当に仲が良ければ話題など湯水のごとく湧いてくる。そんな間柄の人間を求めていたが、裕子はまさにそんな人間だった。そのため、普段はどちらかといえば無口な方の隆彦もついつい裕子と会いたくなるのだった。

今の裕子は何か話したいような様子であった。一瞬不安が頭をよぎった。隆彦は一種の勘のようなもので、裕子の仕草や表情から無意識の内に自分の不安の原因を察知したのだ。『まさか何か用事があるんじゃないだろうな…無理して来たものの後15分で行かなきゃならない、とかか?予備校か?誰かと出掛ける予定か?』

こう考えたときにはすでに隆彦は裕子に質問を投げかけていた。できるだけ自分の不安を悟られないように。大人らしく器の大きいところを見せるように。

「なんだか来たときからそわそわしてるな。佐倉、この後何か用事でもあるのか?忙しいならとっとと行ってくれていいぞ。また時間のあるときに来ればいいんだしさ」

裕子はギクリとした。『マズい!用事なんかはないけど、こんなこと聞くってことは、私の顔にちゃっかり何かが出てるってことだよね?私って不安になると目が泳ぐし、口角を触る癖があるんだよね…でも、お陰で切り出すきっかけになったじゃん。』そうすると少し勇気付いた。

「用事?ないない、そんなの。今日はこうやって光井さんと話すために空けてあったんだから。大事なイベントだしね。私、そんな帰りたそうな顔してた?違う違う全然。安心してよ。でもね、実は光井さんに言わなくちゃいけないことがあるんだよね。この間ね、予備校のクラスメートの…」

隆彦は、用事がないと聞きホッとしたのも束の間、ここまで聞いてしまうと、もう先の話が大体想像できたのだった。それもすでに経験した出来事を思い出すように、具体的に生々しい事実として頭に浮かんできたのだった。『まさか、まさかあの忌々しい夢と同じじゃ…いや、もっと悪い知らせじゃないだろうな…予備校のクラスメート?おい、まさか…おい、裕子…!』

隆彦は、もはや平静を保てている自信は微塵もなかったが、努めて笑顔で聞き続けることにした。しかしこれ以上の話を聞くのは、隆彦の目や耳や心臓には拷問に近かった。まともに裕子の目を見られない。耳の中は心臓の鼓動だけで満ちていた。心臓は言わずもがな、異常なポンプ活動を始めた。そして思った。『あぁ、本当にあの〈魔法の杖〉が手に入ることになるかもしれないな…』

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