3.馬車の旅路
学園に向かう馬車の中、変わってく風景を眺めることに飽きたのか、セロがいろいろと話しかけてきた。
最初は外をじっと見つめてキョロキョロしていたくせに、意外と子供っぽいところもあるみたいだ。
前も思ったけど、本当に弟ができたみたいだ。セロの方がはるかに年上なのに、どこか幼いところがある。
「で、王都ではどこに住むんだ?」
「別宅があるからそっちに住むわ。寮なんかもあるらしいけど、そっちは商家とか、騎士家の子達がほとんどらしいの。貴族はみんな定期的に王都に呼び出されるから、別宅を持ってるのよ。」
「だから最小限の荷物なのか?」
「そういうことね。馬車1つで私たちだけ移動すれば済むの。」
「学園まではまだ日があるんだろう?街に出たりはしないのか?」
その眼は、街に行きたいといっているようにしか見えない。
本人は落ち着いている風を装っているが、頭の上に浮かぶ天使の輪っかが高速で回ってる。
最近気づいたんだけど、どうやらあの天使の輪っか、セロの気分を表しているらしい。
犬の尻尾みたいなもの?
本人に動かせるのか聞くと、浮いているだけで消すことはできるけど自分の意思で動かすのは無理と言っていた。
天使の輪を出していると、天使としての最低限の力は使えるらしい。なぜ今出しているのか聞いたら念のためだと言ってたから、もしかしたら護衛のつもりなのかもしれない。
あまり家では出していることが少ない天使の輪だけど、羽に比べると頻度はまだ高い。
私も気づいたのは最近なんだけど、うれしいときや興奮しているとき、あの輪っかの回る速度が上がっている。
また、動揺した時などは左右に揺れるのだ。
本人は気づいてないらしいのが面白い。
他の天使もそうなのか、確かめたかったけど、家にある資料にはそんなこと載っていなかった。
天使を従僕とするなんてほぼ前例がなく、そもそも召喚されて国と契約している天使も少数なので資料自体が少ないのかもしれない。
「少しならいいわよ?あなたも来る?」
「ああ、メリットが行くならついていこう。」
威厳あるように答えてるつもりだろうか、少し口元が笑ってるよ?
というか、天使の輪が浮いているとはいえ、やっぱり見た目はただの少年にしか見えない。
・・・このまま学園に連れて行ったら、人間を従僕にした!とか噂が立ちそうね。
「メリエットお嬢様、お帰りなさいませ。」
別宅につくと、留守中もそこを管理していた執事やメイド達が並んで迎えてくれた。
「ええ、ただいま。セバス。」
この執事はセバスという。
別宅の管理を任されており、私も小さいころからよく世話をしてもらった。
私の後に降りてきたセロを見て、その眼が細まる。
「お嬢様、そちらは?」
「あれ?きいてない?」
「はい・・・ご友人でしょうか?それとも・・・まさか男しょ」
「私の従僕、セロというわ。」
セバスが何か言いかけた気がするが、街に出ることにしたのでさっさと紹介を済ませてしまった。
「たしか、天使族と伺っておりましたが・・・?」
「そうよ・・・あ、そうか。セロ、隠してるのだして。」
私がそう命じると、セロは輪っかと自分の身体と同じぐらい大きく立派な黒い羽を出す。
セバスとメイドが息を飲む雰囲気がした。
「普段は目立たないように見えないようにしてるから、覚えておいてね。」
「畏まりました。」
セバスとメイドが一礼するのを見て、満足げに別宅に入っていく。
セロはまたキョロキョロを周りを物珍しそうに見ていた。
昼過ぎに別宅についたので、昼食をとり、学園への入学準備をしても十分に時間があった。
私はセロをつれて少し街を歩くことにする。
「いくわよ。セロ。」
「お嬢様、護衛を。」
セバスが私に護衛をつけようとする。
当然の配慮だ。一応これでも子爵家のご令嬢。
ここに来るまでの馬車にも騎兵が付き従っていた。
だけどせっかくの王都で、鎧をつけた騎士に守られ、明らかに貴族だという雰囲気で歩きたいとは思わない。
「大丈夫。セロがいるから。」
そういうと、セバスは疑わしげな眼をセロに向ける。
当然だろう。私より背の低い、ひ弱そうな彼に護衛など務まるのかといいたいのだ。
だけど、主人の従僕、さすがにひ弱そうなどとは口にしない。
「こう見えても、騎士が束になってもかなわないわよ?」
これは本当だ。
天使の輪を出したセロは見た目によらず力が強く、騎士が3人がかりで取り押さえようとしてもびくともしない。
騎士は人間、セロは天使、もともとの種族差があるのでそれは当然だ。
ちなみに、何も出していないときのセロは私でも組伏せることができるぐらい弱い。
さすがにセロの見た目に騎士は微妙な顔をしていたが、それは仕方がない。
「しかしながら・・・。」
とさらに食い下がるセバスを押しとどめて、私はセロの手を引きながら街に躍り出た。
実は護衛なしで街に出るのは私も初めてだったりする。
なので楽しみだ。
<Selo>--------
メリットが自慢げに語る王都がどれほどのものかと思っていたが、予想の更に上をいっていた。
まさかこれほどとは。
もともとの領地にあった彼女の屋敷の周りには大きな城壁があり、その外に町があり、大通りでは人通りも多く、行商人などもいて、かなり活気があった。
王都への道すがら、馬車で移動中していると、その活気がだんだんとなくなり、建物が少なくなり、村落のようなものがたまに見える程度になっていった。森を抜け、しばらくたつとまた小さな町。
その町で一晩を過ごし、今度は更にさびれた寒村ばかりの道をゆく。
ただそれの繰り返し。
馬車の速度が遅いのもあるが、同じ景色をじっと眺めている時間が長く、簡単に言うと飽きる。
たまにメリットと話をするが、彼女はどちらかというと眠っている時間が長かった。
馬車の揺れ心地がいいらしく、すぐにウトウトしだす。
残念ながら俺は特に眠くもない上に、メリットがいるので相棒とも話せず、ただ無言で景色を見ているしかない。本でももってくればよかったと後悔する。
ここまで見る限り、彼女の親の領地はかなり発展しているようだった。
王都につくまで通ったいくつかの貴族の領地で彼女の両親が治める街ほど活気のある町は存在しなかった。
きっと彼女の両親は見かけよりも才能がある人物なのだろう。
普段は、夫婦でさかっているところしか見たことはないが・・・領地経営の才能はあるんだろう。
思い返してみても・・・あまり仕事をしている様子がなかったから不思議だ。
おそらく、俺を召喚したあたりから休暇だったのだろう。
退屈で時折アクビをしながらも外の景色をボーッと眺めていたが、ある門を超えた所からその景色は一変した。
きらびやかな露店、大きく舗装された道、そして大きな建物が立ち並んでいる。
これまでの景色とは明らかに違う世界。「おぉ」と声がもれてしまった。
「どうしたの?そんなに珍しい?」
ぃつの間にか起きていた彼女がニヤリとした顔で聞いてくる。
いつもなら、なんでもないと返すところだが、今はそれどころではなかった。
「ああ・・・すごい。こんな風景、初めて見た。」
そう返すと、彼女は満足そうに微笑んだ。
「これが王都よ。うちの領地もなかなかだけど、さすがに王都には及ばないわ。」
彼女の言葉が耳に入ってくるが、すぐに抜けていく。
それほど、この景色は魅力的だった。
見たことない建築様式、初めて見る美しい外観の店、きらびやかな住民。
どんなものが売っているのだろう。どんな食べ物があるのだろう。どんな・・・。
そこでふっと、懐かしい過去の光景がよぎる。
いつもそばにあったあの輝くような笑顔。
珍しいものを見つけては俺の手を取り駆け寄って、はしゃぐ姿。
おいしそうと選んだものはたいてい酷い味で、うえっと表情を崩し、涙目になる・・・。
目を閉じて思考を停止する。
今は必要ないものだ。
気を紛らわせるため、メリエットに話しかけることにした。
もし、時間があるなら街を見てみたい。
メリエットが出かける機会があるなら俺でついていけるはず。
すぐには無理でも1度ぐらいはどこかでチャンスがあるだろう。
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