2.天使のいる生活
私が"自称"天使を召喚した次の日。
いつもより少し寝坊してしまった。
学園に通いだしたらこうはいかないということは分かっていても、2度寝という敵は私にとっては強敵すぎた。
メイドに朝を起こされて、服を着替える。
「そういえばセロは?」
「天使様ですか?先ほど、ソフィア様とお茶をなされていましたよ。」
「お母様と?なんで!?」
「申し訳ございません。私にはわかりかねます。」
「そう・・・それはそうね。本人に聞いてみるわ。」
着替えをすませて、朝食へと向かう。
きっとそこにいるだろう。
だけど、私の予想は違う意味で裏切られた。
食堂にはお父様とお母様がいつものようにいた。
私をおいて先に食事を始めてしまっている。まぁそれはいい。私が寝坊したんだから仕方ない。
けれど・・・。
「どうしてあなたがそこにいるの?セロ。」
「どうしてと言われても・・・。」
困ったようように、左右のお父様とお母様を見るセロ。
「あら、どうしたのメリットちゃん、座りなさい。」
そこにいたのは私のお父様とお母様に挟まれる形で座っているセロだった。まるで親子のようだ。
なんだろう、この疎外感・・・。
私はちょうどお母様の正面に座る。
「ほら、セロちゃん、このお肉も美味しいわよ?」
「え、ええ。」
「うむ、男子たるもの肉を食べねばなっ!」
「あなたのように立派に育ってもらわないとね。」
「そうだな。ソフィア。」
「あなた。」
間にセロがいる上に距離があるので抱き合うことはしないものの、お父様もお母様も視線を交差させて、完璧に自分達だけの世界に入り込んでしまっている。
「なに、この状況。」
「いや・・・なんだろう。」
セロもよくわかっていないみたいだ。
流されたんだろうか。
「そうだ、メリットちゃん、来週から王都でしょう?セロちゃんは置いていってくれない?」
「そうだ!それがいい!メリットなら一人でも大丈夫だ。」
「大丈夫なわけ無いでしょ!ていうか従僕をおいて行けるわけないでしょ!」
「従僕って言っても、セロちゃんはこんなに幼いし・・・私、男の子も欲しかったの。」
「そうだったのか、ソフィア。」
「攻めてるんじゃないのよ。貴方。けれどメリットちゃんの弟ができたみたいで・・・。」
「分かるぞ!ソフィア!」
「貴方!」
また2人だけの世界に入り込む・・・。
「セロ、食事がすんだらついてきて・・・。」
「もう大丈夫だけど、メリットは食べないのか?」
「・・・食欲もなくなったわ。もういいなら行きましょう?」
「わかった。」
セロが私のあとを付いてくる。
あんなに執着していたのに、お母様もお父様も2人の世界から帰ってこなかった。
本当にうちは平和だ。
「どうしてああなったの?」
「どうって・・・朝、庭の散歩をしていたらお茶に誘われて、そこから朝食という話に。」
「お母様に?」
「ああ。」
「まったく、天使だっていってるのに何考えてるのやら・・・。」
「天使だとまずいのか?」
「まずいわよ!っていうか、不味いのはうちの親!普通怒るんじゃないの!?」
「なぜ怒るんだ?お茶も朝食も美味かったぞ?」
「・・・そういう問題じゃなく。お母様やお父様の態度とか。」
「俺はメリットの従僕だ。なら、メリットが礼を尽くす相手を蔑ろにはできないだろう?」
「・・・そういうところは意外とまともなのね。」
「意外ってなんだ。立場は正しく把握しているつもりだ。」
「その口調。主様への話し方ではない気がするけど・・・まぁいいわ。畏まられてもしかたないし。」
「して、どのようなご要件でしょうか、主様?」
セロの丁寧な話し方はなぜかイラっとした。
「やめてよね。来週から王都に出発予定だったのだけど、少しはやめようかと思って。」
「早めるのか?」
「ええ、向こうでもいろいろと環境に慣れないといけないから早いにこしたことないの。それに元々、どんな従僕と契約になるかわからなかったから、予備で何日かとってたし。」
「予備?」
「だって、ドラゴンみたいに大型だったり、意思疎通できないような獣だったら、向こうでの世話も大変でしょう?」
「なるほど。よかったな。安上がりな天使で。おめでとう、メリット。」
「自分で安上がりとかいっちゃうんだ・・・ちょっと複雑ね。」
「変に要求多いよりいいだろ?」
「それはそうだけど・・・。なんていうか・・・天使らしくないのよね。今だって普通の人に見えるわよ?」
「俺でなくても、羽と天使の輪がない天使は人と見分けが付かないと思うが・・・。」
確かに、見た目だけでいうと、人と天使の違いといえば羽と天使の輪だけだ。
「自己主張の薄い天使ね・・・羽や天使の輪を常に出せばいいのに。」
「あれも魔力を消費するからな・・・この姿が一番ラクなんだ。」
そういって伸びをするセロ。
その姿がは本当に12、3歳ぐらいの少年そのものだ。
「羽とか天使の輪がなくても大丈夫なの?飛べなかったりするんじゃないの?」
「飛ぶのに羽は必要ないぞ?そもそも天使の輪と羽は魔力の放出装置みたいなものだ。」
「放出装置?」
「この状態だと、俺は何もできない。空も飛べないし、力も普通の人と変わらない。けど、天使の輪があると力は人を超えるし、動きも早くなる。空を飛ぶとか、さらに力を使おうと思うと、羽を出さないといけない。ただ、この天使の輪も、羽も出しているだけで力を消費する。天界なら消費してもすぐ回復するんだけど、地上じゃあそうもいかないから可能なら出したくないんだ。ちなみに天界でも天使は輪っかだけで羽は出していないやつの方が多かったぞ?」
「そうなんだ・・・でも、昔見た王宮にいた天使様はずっと天使の輪も羽も出していたような・・・。」
「見栄っ張りなんだろう。ていうか、普段魔力なんてつかうことないし、出しても天使の輪だけで十分だ。羽なんて、空を飛ぶ時や戦闘のときぐらいしか普通は出さない。なにより、邪魔だ。」
「鳥みたいに羽ばたいて飛んでいるわけじゃないんだ・・・でも邪魔は言いすぎじゃ・・・。それに見栄っ張りもなにも、威厳とかプライドとか天使はそういうのを大事にするんじゃないの?」
「そういうのは本当に威厳とか役職がある上位の天使だな。無冠の俺には関係ないし、人間の従僕になってる時点でいまさらだろ?」
「確かに・・・今更ね。」
「で、準備って何するんだ?荷物なら使用人がやってくれるんじゃないのか?」
「その通りよ。私達がするのは試験勉強ね。」
「それは大変だな。」
「何いってるの?従僕も受けるのよ?それと私の試験結果で学園のクラスが決まるの。」
「いい点の方が色々と有利なのか?」
「必ずしもそうとは限らないけど、そうね。いい点数の方がいいわ。まぁ、資質を示せばいつでもクラスは上がっていけるんだけどね。」
「で、具体的に何するんだ?」
「えっと・・・種族固有で試験は違ってて・・・あれ、天使って何するんだろう?」
「聞かれても。」
「そ、そうよね。とりあえず、私と同じ勉強をしましょうか。」
そして2時間後。
「なんであんたそんなに頭いいの?歴史以外完璧じゃない。」
「人間と比べられてもな・・・そもそも寿命が違うし。」
ぐぅぅぅー。
静寂の中、私のお腹が独演会を始めようとしているらしい。
私の顔が真っ赤になっていくのがわかる。
「もう昼過ぎだけど、そういえば朝も食べてなかったな。ここじゃあ、朝と夜だけで昼は軽食ってのが一般的なんだっけ?」
「そうよ。食堂に行けば何かあるかしら。」
「甘いものがいいな。」
「・・・甘党だったの?」
私のあとをトコトコついてくる。
なんだろう。弟ってこんな感じだろうか。天使なんだけど。
<Selo>--------
月が支配する夜から、太陽が支配する朝へと変わろうとする時刻、あてがわれた部屋でじっと外を見ていると、ずっと無言だった相棒が声を発した。
「楽しそうだな。」
外を見るのをやめ、相棒を見る。
「楽しい・・・か。そうだな楽しいな。こんな感情はいつぶりだろう。」
「嬢ちゃんは、いい家族に恵まれている。」
「そうだな。父親も母親もいい人物だ。それに家臣にも恵まれている。」
「とりあえず、今のところは幸せそうだな。」
「ああ・・・。」
「お前も、久しぶりに旨そうなもん食べてご機嫌じゃねーか。」
「そりゃそうだ。人は偉大だよ・・・あんな複雑な味を作り出せるんだから。そしてそれに時間をおしまない。限られた時間だというのに。」
「だからこそ精一杯なんじゃねぇのか?長くても80年程度だ。」
「停滞する俺たちとは違う。だから面白い。」
「お前は、かなり馴染んでると思うがな。」
「そうだろうか・・・それは嬉しいことだ。」
「来週から嬢ちゃんにも人付き合いとかでてくるんだろ?邪魔するなよ?」
「邪魔なんてしないさ。とりあえず、許嫁だったか?それを一応見極める。」
「人にとって相手は重要らしいからな。変な相手に捕まるとそれだけで不幸になるらしい。」
「わかってる。地位や名誉もあり、悪魔のような相手を探すさ。」
俺のセリフに相棒が笑い声をあげた。
「悪魔か!そりゃいい。間違いないな。俺もそれを勧めるぜ。間違いなく不幸にはならねぇ。結婚するなら天使より悪魔だ。」
「学園だったか?そこを卒業したら結婚なんてすぐだ。家令に聞いたが、学園生活で恋愛結婚というケースもかなりあるらしい。」
「なるほど、そりゃ気が抜けねぇな。」
「ああ、うまくやるさ。」
完全に太陽が昇り、周りが明るくなったので、散歩に出かけよう。
昨日もこの時間ぐらいから外をフラフラしていると、クッキーという甘いものが貰えた。
もしかするとまた貰えるかもしれない。
この屋敷を離れると、しばらくは手に入らないかもしれないし、なるべく味わっておきたい。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
次回は明日の7:00を予定しています。
どうぞよろしくお願い致します。