9.はじめての模擬戦 下
学園入学式、初日に行われた模擬戦の決勝戦が今開始された。
「スティンガー!行け!」
「セロ!頑張って!」
スティンガーと呼ばれた相手のハリネズミみたいな神獣、砂あらしがセロにむかって駆けていく。
セロは特に動かない。
「スティンガー、ローリング!」
主の声を共に大きくジャンプし、丸々って転がり出すスティンガー。
背中のトゲを立てて、まるでトゲだらけのボールのようになってセロに迫る。
「おっと。」
セロは避けるが、スティンガーはセロに避けられると、舞台の中で大きくカーブを描きながら、再びセロに迫っていく。
それを何度も何度も繰り返す。
確か、準々決勝でもこういう形になって、スティンガーの相手がしびれを切らせ、受け止めようとして勝負がついた。
スティンガーの突破力が勝って、相手が場外にはじき出されたんだ。
セロはまだ余裕そうに躱しているけど、仕掛けるつもりもなさそう。
このままだと、先に疲れるのはスティンガーじゃないだろうか。
セロはそこを狙ってる?
何度目かのすれ違いの瞬間、相手の声が響く。
「スティンガー!ハジけろ!」
ちょうどセロがスティンガーの突進を避けたタイミングで、スティンガーのトゲが周囲に射出された。
「ちっ!」
とっさに後ろに転がるように飛んだセロもいくつかトゲが当たったようで、身体や頬から血が出ていた。
スティンガーは一度転がるのを止める。
背中にあった数センチのイガイガしたトゲが綺麗になくなっていた。
一回限りの技だったんだろうか?
すると、スティンガーの身体が魔力に覆われ、背中のトゲが一瞬で生える。
そしてまたセロに向かって転がりながら突進していった。
「何度避けてもスティンガーからは逃げられない!」
嬉しそうに、大声で自分の従僕を賞賛する相手。
ん?よく見ると、たしかあの子は、男爵家の子じゃないだろうか・・・どうりで従僕の扱いがうまいはずだ。
また何度か突進と回避が繰り返される。
「ハジけろ!」
そしてまた避けたタイミングでトゲの追撃をくらい、倒れこむように逃げるセロ。
着衣もボロボロで、血を流している。
トゲの大きさからして、そんなに大きな怪我じゃないはずだけど、初めて見る血まみれのセロに私は動揺していたらしい。
いつのまにか、頭の中には降伏という文字が浮かんでいた。
「セ・・・セロ?」
「ん、なんだ?指示の変更か?」
つい声を出してしまうが、返ってきた声は意外と普通だった。
しかも、顔はこちらを向いている。
「ま、前見て!来る!」
「問題ない。避けるだけなら。」
こっちを見たまま綺麗にスティンガーの突進を避けるセロ。
「で、何かの指示か?」
「そ・・・その・・・大丈夫?」
「・・・指示じゃないのか。気にするな、もう少しだ。」
そういうと、セロはスティンガーの方を向き直った。
「何がもう少しだ・・・もう少しで倒れるのはお前だろ!」
私とセロの会話が気に触ったのか、スティンガーの主がセロに悪態をつく。
「スティンガー!ニードルブレイク!」
何か技名のような指示をだした。
指示をだされたスティンガーはセロが避けた瞬間に、転がるのを止め、背中をセロに向けてトゲを一点集中で飛ばし始めた。
今まで回りながら四方八方の飛ばしていたトゲがすべてセロに向かって飛んでいく。
セロは顔を庇うように腕を前に出し、トゲを受ける。
避ける気はないらしい。
トゲの射出を全て終えると、スティンガーがセロから距離を取ろうと背を向けた。
「逃がさないぞ。」
そういうと、セロがスティンガーの尻尾を掴む。
「キュ!?」
急いで丸まろうとするスティンガーだが、尻尾を掴まれたまま宙吊りにされた。
「弱点をカバーしてくれない主人だと大変だな。そらっ!」
セロがスティンガーを掛け声ともに2周振り回して外に向かってなげた。
スティンガーはそのまま場外に落ちて、勝敗が確定する。
「勝者ぁぁぁーーーセェェェロォォォォォゥゥゥ!」
勝利のポーズを決めながら肉体美をアピールする審判のダンディ。
「少し時間をおいて、総括としますので、怪我の治療などを行ってきなさい。」
ティーチ先生の指示に従って、セロが私の方に歩いてくる。
「これで指示通りだろう?」
「え・・・えぇ。それより怪我は?」
「ん?」
そういってセロは自分の身体を見回す。
「問題ない。かすり傷だ。というかあの砂あらし、まだ子供だな。本当ならトゲにいろんな種類の毒を混ぜることができるはずだ。」
「ど、毒!?大丈夫なの?」
「模擬戦だったからというわけじゃなさそうだし、まだ子供でそこまでの変化はつけられないんだろう。だから問題ない。」
「そ・・・そう。あっちで手当してくれるらしいから行きましょう。」
「わかった。手当はともかく濡れたタオルが欲しいな・・・。」
私はセロを連れて、特別教室の隅に移動する。
そこには簡単な手当をしてくれるスペースがあるから、すでに試合を終えて怪我をした従僕が手当されている。
―ちゃんと戦えることは戦えたんだな。
―けど、天使らしくないわ。
―そうね・・・天使らしくない。
少しは汚名も返上できたみたいだけど、やっぱり天使らしくないとは言われてる・・・まぁ仕方ないけど。
セロの手当を軽く済ませ、ティーチ先生の総括を聞いて、今日の授業は終了となった。
気が付くと、かなり時間が経過していたみたい。
明日からは座学と、実技が中心になるらしく、模擬戦などの実戦形式は月に1度ある程度らしい。
私達はこうして、登校初日を無事終えた。
<Teach>--------
私は初日の授業を終えて、職員室に向かう。
これから模擬戦の結果や、各問題点をまとめた上で、各教師と情報を共有しなければならない。
毎年のことだが、ここから長い戦いがはじまるのだ。
「ダンディ、どうしたんです?上機嫌ですね。」
「わかるか?吾輩、久々に興奮したのである!」
「珍しいこともあるものです。ダンディがそんなに興味を示すなんて。」
「おや、主は気づいておらぬのか?あの天使モドキのことである。」
天使モドキ。
我々の中でそう呼ばれているのは、模擬戦で優勝したセロという従僕だ。
なぜモドキかというと、天使(亜種)などという種族はない。それが天使と契約している者からすれば常識で、検査官が無知だったことを揶揄して彼のことをそう呼ぶ教官が多かった。
もちろん、本人に聞こえるようなところでは呼ばないが・・・。
「最後の戦いはなかなかでしたが、それ以外は・・・あなたも、2回戦目ではテンションが落ちていたではありませんか。」
「それはそうであるが、吾輩、気づいたのである。」
「何にです?」
「あの天使モドキ、天使の輪も羽も出していなかったのである。」
「・・・そういえば。」
天使と契約している者からすればこれは常識だが、天使の輪や羽は魔力の増幅及び放出装置だ。ようするにこの2つが出ていないと、天使はその強大な魔力を使用できず、見た目通りの肉体スペックしか発揮できない。ようするに、同じ見た目の人間と変わらないということだ。
「あの天使モドキ、最後まで天使の輪も羽も出さずに戦っておった。あれこそまさに人間の戦い方、そして可能性ではないか?」
「・・・可能性ですか。」
あの見た目から、彼の身体能力は人間の少年。
その少年が、神獣や魔獣を打ち倒したということになる。
「力で勝てぬのなら頭を使う。弱点を狙う。そして隙を作る。すべて人間の戦い方である。」
ダンディのいうことは正しい、私達人間は種族として決して強くはない。
魔法や契約によって強化しているものを除けば最下位に近いだろう。
古来より、その差を埋めるため、人間はいろんな方法をとってきた。それこそダンディの言った通りだ。
「面白いとは思わんか?あの天使モドキ、とても人間臭いのである。」
「天使の輪や羽は検査官が確認しているから・・・出さなかったにはわざとですか。彼女が指示していたようにも見えませんでしたし。」
彼女とはセロの主のメリットを差す。
「どうだ?吾輩の機嫌がいい理由がわかったであろう?それにな、あの腰の剣からもただならぬ気配が感じられた。奴らにはまだ何かあるぞ?」
「・・・確かに面白いですね。戦場を離れてずいぶん長くなりますが、やはり新しい芽はいろいろな発見があって面白い。」
「吾輩もそう思うのである。」
すっかり機嫌を良くしたティーチはダンディを従えながら、職員室へと入っていった。
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