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月光、夜の帳に落ちて  作者: 神奈保 時雨
第一章: 花散らで月は雲らぬよなりせば
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武器を取り、立ち上がれ(1)

「あの、見繕うって何をですか?」

 親晃の少し後ろについて廊下を歩きながら、礼良は疑問を口にした。

 政成は礼良のさらに後ろを着いてくるのだが、未だに不機嫌そうなまま、無言でいる。それが何とも気まずい。

「武器、ですよ。僕が双剣を使って戦っているのは見たでしょう?」

 親晃も、あえてだろうか、政成のことは気にしないでいるようだ。

「あ……はい」

 『歪み』の存在もそうだが、真剣を振り回して戦う存在というのもまた、現実離れしている。それもあって、礼良は親晃の戦う姿を鮮明に覚えていた。……というか、あの剣はどこから出てきたのだろう。それも後で説明されるのだろうか。


「皆が皆、剣を使うわけではありません。弓だとか、銃だとかを扱う人もいるんですよ」

 相性や性格の問題です、と親晃は言う。

「たとえば、政成はメイス。……杖の形をした鈍器ですね」

 礼良が首を傾げたのを見て、優しく付け足してくれた。

「あの、親晃先輩がやってたみたいに、『雫』そのもので攻撃するだけじゃダメなんでしょうか」

 親晃は、『雫』で縄や針、壁までも作り出していた。何の説明もされてはいないが、そういう使い方ができるものなのだろう。


「ああ……いずれはできるかと思いますが」

 まずは、宇陀特製の武器を媒介にした方が、『雫』の力を制御しやすいのだという。

「宇陀で所有している武器には、もともと『雫』の力を馴染ませてありますから。それが力を開放するための呼び水になるんです」

 そう言って親晃は笑う。


「そういうものなんですね」

「そもそもお前、『雫』の力を発現できるのか」

 頷いた礼良の後ろから声がかかり、思わずびくりと肩を跳ねさせた。

「え、えぇぇええっとっ」

 先程啖呵を切ったのは自分なのに、どうにも気まずくて慌ててしまう。

「……何怯えてんだよ」

 呆れ顔の政成は、それでも先ほどよりは雰囲気が柔らかい。

「どう考えても政成が原因でしょう」

 肩を竦めつつ、親晃は廊下を進んでいく。

「政成は口は悪いですが、そこまで底意地悪くはありませんよ。気にしないであげてくださいね」

「お前に底意地どうこう言われたくねー」

 やりとりを聞いていると、やはり親晃の方が強かな性格をしているのだろうか。礼良には優しいのだが、筒井や政成はだいぶ振り回されているらしい。

 礼良がとりあえず気持ちを落ち着かせて頷くと、親晃は政成の方を改めて見る。


「政成も、あの日応援に駆けつけたときに見たでしょう? 礼良さんの身体が淡く発光していたのは」

 親晃が言っているのは『歪み』に襲われた日のことだろう。

「礼良さんがあれほどの数の『歪み』を退けたのは確かなんです。あれそのものは偶然かもしれませんが――」

 彼は一度言葉を切って立ち止まると、ポケットに手を突っ込んだ。そのままでふと礼良に目線をよこす。


「礼良さん、あの日、ほとんどの『歪み』が貴女に向かって行ったのは覚えていますか」

「えと……はい」

 礼良が頷くと、親晃はポケットから鍵を取り出しながら、「僕の推測が正しければ」と言葉を紡ぐ。

「あれだけの『歪み』を引き寄せ、そして消滅させたということは――貴女は一度にたくさんの『雫』を蓄えられるんだと思います」

 ドアノブに刺された鍵が、かちりと音を立てた。

「え……」

「『雫』をどれだけ蓄えられるかってのには個人差があんだよ」

 胃袋の容量だって人で違うだろ、とぶっきらぼうな声が後ろから聞こえた。

「お前は、とんでもなくでかい『雫』のタンクかもしれねぇってことだ」

「た、タンク……」

 礼良に『雫』の力を行使した実感はない。あの日以降家でも試してみたが、『雫』が体内から出てくることもまったくなかった。

 このままでは確かに、自分はただ力を貯めこんでいるにすぎない。だからこそ、単純な比喩が心に刺さる。政成は知る由もないが。


「ですから、もし礼良さんがその力を使いこなせれば、『歪み』を倒すことはできます。一度倒したのですから」

 励ますように言って、親晃は扉を押し開けた。

 礼良は激励に気恥ずかしくなりながらも、親晃について部屋に入り――硬直した。


「後ろ。つかえてんぞ」

 入ってすぐのところで止まったからか、背後から文句が聞こえる。しかし、反応できない。

 だって――異質だ。


 「武器を見る」とは言われていたものの、それだけでは到底想定できない光景が目の前にあった。部屋中、360度、武器に囲まれている。

 銃、剣、刀。弓に、槍のようなものもある。

「こ……れ、全部本物ですか……?」

「そうですよ」

 何でもない事のように親晃は頷いてみせるが、銃刀法なんかに引っかからないのだろうか。

「宇陀が何のために村田にいると思ってんだ」

 そんな疑問を口にすると、礼良を押しのけるようにしてようやく部屋に入った政成が答えた。

「え」

「つまり、見て見ぬふりですね。村田コンツェルンのおかげで」

「有り体に言えば揉み消してる。内緒だからな」

 日本経済の要である村田の力を――もちろんとくに宇陀の経済力をもってして、宇陀の活動は保障されているのだとか。活動費用とか、口止めとか。


「じゃあ、宇陀の皆さんや『雫』の見える人間以外にも、『歪み』について知ってる人がいるんですか?」

「ご明察です。といっても一部ですが。……さて、礼良さん。どれか持ってみますか」

 刃に触らないよう気をつけて、と言いながら、親晃は武器を手で示した。会話を打ち切られてしまったような気もするが、話題が話題だ。

 まだまだ新参者の礼良には、そうそう教えられない情報だということは何となく分かった。


「お、重いっ」

 手近にあった刀を何となく持ってみて驚愕する。

「日本刀は1キロくらいあるらしいですね、確か」

「へっぴり腰じゃ軽いもんも重くなるっつの」

 二人の言葉に、礼良はそっと刀を降ろす。色々な意味で自分には向いていない。礼良は改めて部屋を見渡した。どうにも落ち着かない雰囲気に、そわそわと袖を握りながらも歩を進める。


「これ……?」

 ふと、何かグリップのようなものが目に入った。そっと引っ張り、持ち上げてみる。どっしりした重みを持つそれを、礼良は掲げるようにして見上げた。

「銃? ……ううん、弓……?」

「クロスボウ、ですね。ボウガンとも呼ばれます。いわゆる石弓ですよ」

 親晃がゆっくり近寄ってきて、解説をくれる。弓に台座とグリップをつけたような武器を、礼良はしげしげと眺めた。


「本来は、ここに――」

 親晃の指が、礼良の持っているボウガンの弓の部分を撫でた。

「弦を張ってあるのです。矢を撃つためにね。けれど、『雫』を使って遠距離攻撃をするときは、『雫』の力を直接撃ちだしますので」

 大切なのはイメージであって、実際に矢を撃てる構造である必要はないという。確かに、そうでないなら、剣を使っている親晃が武器もなく遠距離攻撃をできるのも頷ける。

 彼はそのイメージがすでに確立されているのだろう。まったくの初心者の礼良とは違い、ずっと『歪み』と戦っているというのだから。

「なんなら、玩具のモデルガンでだって戦えるんですよ? もしくは指鉄砲でもね」

「そういうもの、なんですか。でも――」

 そういえば、親晃が戦っているとき、剣が淡く光っていた気がする。それと同じように、矢に光を灯して戦うこともできるのではないだろうか。


「それじゃメリットが少ねぇからな。矢とか銃弾はどうしたって残数が気になるだろ。威力がそこそこ出たとしてもな」

 時間の経過とともに、政成の口調が凪いできた気がする。良くも悪くも、彼の感情はあまり長持ちしないようだ。

「礼良さんほどの力の量なら、純粋に『雫』を打ち出した方が長持ちするかと」

「そのこと……なんですけど。あれ以来、『雫』を放出することができなくって」

 どうにも、自分がそんなに『雫』を蓄えているとは思えない。

「それはやはり慣れ、ですよ。前のはいわゆる、火事場の馬鹿力だったのでしょう」

 今まで礼良は、雫の存在さえ知らなかった。そんな礼良が『歪み』を退けてみせたことの方が、まず有り得ないことだと、親晃は微笑してみせる。

「ですから……もしかしたら、その武器は案外、礼良さんには向くかもしれません。力を放出するイメージもつかみやすいでしょうし、持っている力の分だけ撃てる回数も増えますから」

 親晃の言葉に、礼良はボウガンとやらを見下ろした。重みがあって少々かさばるが、礼良に扱えないほどの重さでもなさそうだ。

 試しに腕を伸ばし、精いっぱい真っ直ぐにボウガンを構えてみせる。


「なかなか、様になっていますよ」

「へっぴり腰は相変わらずだけどな」


 二人の思い思いの感想はとりあえず置いておいて、礼良はそのままの姿勢でボウガンを見据える。少し背筋を伸ばしたのは、悔しいからではないと信じたいところだが。

「……これに、してみます」

「いい選択かと」

 礼良の決定に、親晃は優しく微笑んでくれた。礼良は一旦ボウガンを下ろし、それに微笑み返す。これから自分の相棒になるだろう武器を、そっと握りしめた。


 親晃が薦めてくれたからこれを選んだというのも確かにあるのだが、礼良には礼良なりの考えがあった。親晃が礼良を守ってくれたあの日――礼良は、ただじっとしているしかできなかった。あの日のことを思い出すと、恐怖で足が竦みそうになるのだ。

 近寄ってくる『歪み』が、恐ろしくて仕方なかった。それに、『歪み』が礼良に近づけば、親晃はまた礼良を守ろうとして怪我をするかもしれない。

 それならば、『歪み』が近づいてくる前に、自分の腕で倒してしまいたかった。足がすくんでも、手が動きさえすれば引き金はひけるのだから。


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