チープスリル 第9話
第9話
ミッキーは爪を噛み、髪の毛を掻きむしり、挙句の果ては、シェルター内の壁を、ところ構わわず、蹴りつけ殴り付けた。
最後に工作機械のフライディの胸部にある操作パネルにパンチを叩き込もうともしたが、それは止めた。
これが壊れてしまえば、ミッキーの数少ない娯楽が減るからだ。
それに考えて見れば、まだロックロウが傷ついたわけではないのだ。
ミッキーが、荒れているのは、ロックロウが窮地に陥ろうとしているのに、自分自身が何も出来ないという苛立ちからだった。
ミッキーの住居である縦穴式のシェルターは、巧妙に隠されていて人目に付かないが、距離的には、それ程、エバーグリーンから離れている訳ではない。
ロックロウが心配なら、直接エバーグリーンに出向けばいいのだが、ミッキーにはそれがどうしても出来ないのだ。
人間が怖いからだ。
ミッキーが、砂嵐の中で行き倒れになっていたロックロウを助けられたのも、彼が「動かず」、そしてシェルターのすぐ近くにいたからだった。
ミッキーが、ロックロウの置かれた状況を知ったのは、この少年が定期的に行っている「太い回線」によるエバーグリーン内の情報閲覧によるものだった。
シェルターには、エバーグリーンに地中で繋がる緊急用有線回線が備わっている。
それはこのシェルター自体が、エバーグリーンの環境運営システム危機に対して、外部からの有人操作を可能にする為に設計設置されたものだったからだ。
ただし、このシェルターが作られた後に、エバーグリーンで構築されたネットワークには干渉することは出来ない。
シェルターを設置したのがグレーテルキューブであり、そのグレーテルキューブは、随分昔から人間に対する直接的な関与を停止していたからだ。
グレーテルキューブの関与から逃れた人間達は、自分たちの思惑だけで物事を進める。
汎用性の極めて乏しい、新しいネットワークもその一例だった。
従って、ミッキーが閲覧出来るのは、エバーグリーン内を走る昔からの強固な通信網、あるいは原始的な通信だけだった。
そこに引っかかったのが、スネーククロスのロックロウに対する公開殺害予告だった。
ミッキーには自分の中で渦巻く感情が、何なのかよく理解できていなかった。
時より思い浮かぶのは、ロックロウが話して聞かせてくれた、この砂漠の向こうにある昆爬達が住む荒れ果てた大地と、そこで血と汗と涙を流す兵士達の姿だった。
「昆爬ってのは、色々な種類があるんだ。軍の陸上戦艦なみのデカイ奴がいるかと思えば、馬みたいに地上を6本の脚で駆け回るのもいる。でも一番手強いのは、ティラノザウルスみたいな格好した奴で、コイツは速くて強い。駆逐艦級に体当りしてきて、艦をひっくり返すくらいの馬力がある。」
そんな話をしてくれるロックロウだが、ミッキーのイメージの中ではティラノサウルス昆爬の首元に馬乗りになって、この怪物を制圧している彼の姿が輝いていた。
ロックロウは、ミッキーを外の世界に連れ出してくれる自由の翼であると同時にヒーローだった。
そんなロックロウと、何時でも会っていたかったが、子供ながらにもそれは許されないと理解していた。引きこもりの自分と、放浪の勇者がいつも一緒にいられる筈がない。
反面、ロックロウは必ず自分に会いに来てくれるという確証の様な感覚も抱いていた。
「いつかは、俺と一緒に、お前の言う超時空特異点ゲートやらを探しに行こう。そいつはこの星の何処かにあるんだろう?なあに大丈夫だ。お前が自分の足で外に踏み出せるまで、何時までも待ってやるさ。それにその時はキットやってくる。お前はこの俺を助けてくれたんだからな。」
その約束は、まだ果たされていないのだ。
それにロックロウは、彼が特異点テクノロジーの遺失物を、ミッキーに与えるから、ミッキーが喜ぶと思っているようだが、それは勘違いだ。
遺失物は、ミッキーにとって、ロックロウとミッキーを結ぶ絆の一種に過ぎない。
ミッキーにとって一番大切な人間はロックロウだった。
だが今のミッキーには、何も出来ない。
この少年に出来ることは、ただエバーグリーン内の情報閲覧を続ける事だけだった。
ロックロウは、アパート住人の為の共同ガレージに置いてある野戦用バギーの前に立っていた。
バギーの上に被せてある幌を取り去って、それをキレイに畳んで備え付けのロッカーに直した。
ロックロウは、車の美観等を気にするタイプではないが、バギーは無天蓋車だったのでそうせざるを得なかったのだ。
ガレージの全ての設備がボロボロで薄汚かったが、治安だけは良かった。
退役軍人の老人達が、交代で管理人の役割を果たしていたからだ。
ここには彼らの軍隊勤務時代の思い出に繋がる数々の物品が置いてある。
ロックロウは、今まで何度も彼を外界に運んでくれた愛車の足回りを一通り点検してから、装備一式を後部座席に搬入した。
バギーでガレージを出る時に、今日の管理当番に当たっていた老人に声をかけられた。
「何だ、これから出かけるのか?外か?」
「いや、内回りだ。」
「珍しいな、お前さんが、それで出掛ける時は大体が外だろう」
「ちょっとした、野暮用があってね。」
「そうか、もし外だったら、アニサキサスコロニーに寄ってガル酒を買って来て貰おうと思っとたんだがな」
「すまんね。覚えとくさ、じゃな。」
ロックロウは何時もの喋り口で挨拶を終えて、道にバギーを進めた。