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チープスリル 第7話

  第7話


 珍しく夜空が澄んでいる。

 母なる星、地球では、夜空に輝く星々の繋がりに、神の姿を当てはめ神話にちなんだ名前を付けたという。

 だが此処では、それをしない。

 星自体が滅多に見られないという事もあったが、この様に、嵐もなく晴れ渡った夜空に現れる得体の知れない星々は、地球から逃れ出た人々の目には、ただの残酷な美しさに満ちているだけの異様な存在に映ったからである。

 ともかく今宵、荒神の如きこの惑星は、中空に2つの月が並ぶ今日の特別な日を、特別な慈悲を持って祝っているかのように見えた。


 2つの月の放つ光は大聖堂の中央に大きく開け放たれた窓を通過し、聖堂内部の空間を神秘的に照らし出している。

 だが、人の手による照明を排除した構内には、薄い闇が幾つか残っていた。

 その闇の中のに、迷彩シートを大きく被ったロックロウがいた。


 いつもは、人目に付くロックロウの炎の様に逆立った赤毛混じりの金髪も勿論、今はそのシートの中で鳴りを潜めている。

 ロックロウはシートに押されて額に掛かる己の髪を神経質に撫で別けていた。

 この男でも精神が過敏になる事もあるのである。

 ロックロウはシートの下でライフルの銃床を肩に当て腹這いになり暗視スコープを覗く体勢をとっていた。

 キャットウォークの縁には、腰から外したベルトが置いてある。

 ベルトの色は暗黒色だが金属製なので光の反射をおさえる為に、これもシートの端を上から掛けてある。

 そしてベルトから伸びたケーブルはロックロウの首筋へ。

 つまりロックロウは、ライフルに神経接続をする方法を諦めていたのだ。


 しかしライフルの使い出は分かっている。

 軍隊時代、知り合いの狙撃手は、コネクタ経由でライフルを繋いでいるとフィードバック機能のお陰で、脳のある領域に狙撃用のデータ領域が形成されると言っていた。

 つまり経験を重ねれば身体が勝手に反応してコネクタなしでもやれると言いたかったのだろうが、その真偽の程は解らない。

 現に狙撃の下手な人間は幾らコネクタを使っても下手なままだった。


 ロックロウはコネクタ接続なしでも長距離狙撃には若干の自信と実績があった。

 戦場では実に様々な状況が生まれる、それに上手く対応しきれない人間は死んで行くのだ。

 それでもライフルへのコネクタ接続なしは、スネーククロス相手にハンデが大き過ぎると言えたが、ロックロウの任務の第一目的は、コレルオーネの命を守る事だった。


 その代わりに、衛星コロニーの狙撃ポイントと考えられる位置には、異常を知らせる発光体をカサノバベックの部下を使って設置させてある。

 コロニー外の外界では、いつ磁気嵐が吹くか解らないので、近距離とは言えど信頼性のない無線を使うより、余程発光体の方が頼りになる。

 発光体の光はライフルのスコープで捉えることができる。



 ロックロウは、一旦休めていた目を再び望遠暗視スコープに当て、ハニカムの小さな穴越しに衛星コロニーの中を覗き込む。

 向こう側から、こちらを狙える狙撃ポイントはそれ程多くない。

 しかもそれぞれには、カサノバベックの部下達が張り付いている。

 そして狙撃の時間は限られている。

 つまりスネーククロスは、どこかの狙撃ポイントに、一気に忍びより、警護の人間を打倒した上で、こちらを狙撃してくるのだ。

 そんな事が可能なのか信じられなかったが、この依頼を受けてからロックロウが改めてスネーククロスの情報を集めた所によると、この恐るべき暗殺者は、同じ様な条件下の仕事を3つ引き受けており、そのいずれも見事に成功させている。


 考えて見れば、スネーククロスは軍隊時代からその様な任務をずっとこなして来たのだ。

 だからこそ、スネーククロスの仕事を自分の手で失敗させなければならないと、ロックロウは改めて腹をくくり直した。


 コロニーにずっと平和に暮らしいる人間達が口にする、「戦争だったから人を殺すのが許されたが、今は駄目だ」という余りにも軽い割り切りを、ロックロウは持てない。

 戦場を生き残り、別の世界で再び生活を始める事が出来た兵士は、自分の中で、他者を「殺す」ことへの、何かのケジメが必要なのだ。

 殺しても殺されても死は平等だ。だが他人の死が無価値なら、同時に己の死も生も無価値である。

 余りに多くの戦友達の死を見てきた、ロックロウはそう考えている。

 スネークヘッドは、そのケジメを見失っているのだ。



 演壇の周囲に人の気配が増えてきた。

 彼らはもう直ぐ登場するはずのコレルオーネの姿を、いや、予告通り展開される暗殺シーンを、見たがっているのか?

 あるいは怯え逃亡してしまったコレルオーネを嘲笑いに来たのか?


 ロックロウにはどうでもいいことだった。

 その時刻が近づく程、ロックロウの意識は透明になり、やがてライフルと一体化し、ベルトもまた自分の意識の延長線上にあるものとして捉えられるようになった。


 眼下の空間が急に静かになった。


 時間だ。


 ロックロウはベルトの力を発動させ、演壇の前に垂直に働く重力の強い膜を発生させた。

 次に割れるような拍手と歓声が入り混じった音が下のホールから湧き上がって来る。

 スピーカーの音量を確かめるようなコレルオーネの短い「アッ」という声が聞こえた瞬間、ロックロウとスネーククロスの対決が始まった。



 異常を知らせる筈の発光体は、何の変化も起こらないまま、凶弾は飛来し、ロックロウが張った重力膜に衝突してそのまま絡め取られるように下に落ちた。

 勿論、ロックロウはそれを黙って観察していたわけではない。

 撃たれたと気づいた瞬間に狙撃ポイントを特定し、撃ち返していた。

 敵が反撃に対して効果的な遮蔽物を持っていないなら敵はすぐに移動する。

 従ってロックロウは、すぐに左右の水平方向に銃弾を散らした。

 空薬莢が次々に排出されて行く。

 銃弾発射時の音は消音されて、幽かなブスッという音しか聞こえないが、落ちた薬莢が床にぶつかって立てる音を消すのは無理だ。

 それらの音が重なって聞こえる程の連射だった。


 ロックロウはそれらすべてを、ハニカムの穴を通してやってのけたのである。

 仕留めたか?と思った瞬間、ロックロウのコメカミに熱い衝撃が走った。

 撃ち返されたのだ!

 ただ、反撃はその一撃だけだった。



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