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チープスリル 第6話

  第6話


 ロックロウは、「壁の庇」と呼ばれる人が近づかない、外壁裏の危険地帯で、ライフルの試し撃ちを終えてから、久しぶりにコネクタのメンテナンスをする気になっていた。

 「壁の庇」の北の外れに、行きつけの「福禄寿ガレージ」がある。

 そこに向かった。

 コネクタは、何も接続しないで放置しておくと「穴が塞がって」しまう。

 勿論、穴と言っても、コネクタは筋肉部分等に埋設されたものではないから、肉体組織が再生して物理的に穴が塞がってしまうわけではない。

 コネクタに通された、外部ケーブルの神経接続に、肉体が拒否反応を起こすようになるという意味だ。

 従って、退役したメダル保持者はしばらくすると、あらゆるギアに対してコネクト権限がなくなってしまう。

 これを避けるには、違法ではあるがコネクタに対するダミーギアを一定の期間、接続し続ける必要がある。

 更に、コネクタを良好な状態にキープしようと思えば、それなりに専門的な知識とケアシステムが必要になる。

 勿論、それらは退役軍人には禁止されている行為であるが、ロックロウの様に退役後もその力を裏家業に使おうとする人間は少なからず存在した。

 そしてそんな人間たち向けのケアマネージャーの様な役割を果たす裏の人間が存在したのだ。


 福禄寿は、その第一人者であり、同時に外部コロニーとの闇取引にも通じた老人だった。

 外部コロニーで作られた農作物などは、エバーグリーンに持ち込まれる際に「検疫税」と称するものが課せられ、その金は政府等に吸い上げられて行く。

 福禄寿は、それをスルーして闇で物品をコロニー内の流通に乗せたり、あるいは持ち込み禁止のモノを買い入れたりしている。 

 無論、福禄寿は彼の本名ではない。

 容姿だけは、如何にも好々爺然とした神様である「福禄寿」を思わせたから、そう呼ばれている。

 図抜けた知恵者だからといって、善き人間とは限らない、福禄寿はそんな典型的人物だった。




 ライフルをボロ切れで巻いた長物を肩に担いで、「壁の庇」からさほど遠くないスラムを歩いている時、ロックロウは通りのド真ん中で数人の男達に取り囲まれた。

 現れたのは、お定まりの物盗り集団だった。

 勿論、彼らの目当ては、ロックロウが大事そうに肩に担いでいる代物だった。

 しかしロックロウも、このスラムには結構多くの顔見知りがいて、カモがネギを背負って歩いているような風情ではないはずだったのだが。


 このスラムに、流れ着いた新顔か?

 男達を見れば、他人から剥ぎ取って来たものばかりだろうと思えるチグハグな服装をしていたが、その中に一つだけ共通点があった。

 黒光りする甲冑の部分品を、その身体の何処かにつけているのだ。

 ある者は右の「肩当て」だけを、ある者は不快な切り傷の残った「胸当て」を革ジャケットの上から身に着けているといった感じた。

 どうやら彼らはその甲冑を「昆爬の死骸で作ったモノ」と言いたいらしい。

 確かにロックロウの目から見ても、ソレらは昆爬の外骨格に良く似てはいた。

 だが本物の兵士達は、昆爬が仲間や自分の死体を、残さない事も、あるいはそれが直ぐに腐敗することもよく知っていた。

 昆爬の死骸を、コケ脅かしの演出道具に使うのは、彼らがコロニーから一度も出た事のない人間か、あるいはそれが脅しに使えると考える小賢しい悪党の証明だった。


「よう、皆の衆。俺に、何か用事でもあるのかな?」

 ロックロウは道の真ん中で立ち止まり、やや間延びした声で男達に声をかけた。

「兄さん、肩に担いでるのライフルだろ?それ、ここの通行賃代わりに置いて行きな。」

 真正面にいる「胸当て」を付けた男が脅してくる。

 この男を含めてグループは5人。

 見当に過ぎないが、いずれも拳銃の類は所持していないようだ。

 彼らはスラムに巣くったゴロツキといった所で、腕はそれなりなのだろうが、都心にいるようなマフィア達の悪辣さは余り感じられなかった。

 ロックロウは、明らかにヤル気がなさそうだった。

 こういった手合に対しては、半分自分の仲間の様な感覚があるからだし、彼らの無知さは、自分の無知さの根は同じだと思っていたからだ。

 憎む理由がない。

 だからと言って、一戦やり合わねば、この場を逃れられないのも分かっていた。


「嫌だね。だからもうグダグダ言ってないで、かかって来いよ。」

 ロックロウはそう言い捨てると真っ直ぐ「胸当て」の男に向かって歩いて行った。

 一瞬「胸当て」の男の顔に不安が走ったが、次の瞬間には、その不安をかき消すために「この糞ダラァ!」と叫び声を上げて、ロックロウに突っかかってくる。

 ソレを、ロックロウは激突の寸前に右にかわし、男の背中をポンと押してやる。

 男はつんのめるように数歩前にすすんだが、次に振り返った時には怒りの形相を見せながら、その手にしっかりナイフを握りこんでいた。

 そのナイフに目を奪われていたロックロウの背後から、別の二人の男達が同時に襲いかかって来た。

 ロックロウは肩に担いたライフルの銃口の先端を持って、銃座を横凪にぶん回した。


 昆爬たち相手の狙撃手は、こういった事を時にする。

 1分前までは、近距離ないしは、中距離の位置で狙撃していた筈が、次の瞬間にはその昆爬が自分のすぐ側にいるという事が多数あるのだ。

 そうなれば相手を倒すための獲物を選んでいる暇はない。

 まさに、自分が今手にしているモノで相手をぶん殴るしかないのだ。

 ライフルは精密機械だが、修理すれば元通りになる。

 落とした命は戻らない。食いちぎられた腕では無傷のライフルは握れない。


 二人の男達の歯がみごとに打ち砕かれた瞬間、ロックロウは「胸当て」の男に胸ぐらを捕まれ、ナイフを振りかざされていた。

「やめんかい!以蔵!」

 その声の主は、禿げた長大な頭に白ひげをたくわえた老人だった。

 そしてその静止の声で、ロックロウも、男にかまそうとしていた頭突きをすんでの所で止める事が出来た。

 ロックロウの読みでは、この頭突きで相手を撃沈させる事は出来たが、その時は相手のナイフが自分の左肩に突き刺さっているはずだった。



「見事なもんじゃな、毎度のことだがシンクロ率が100パーセントに近い。」

 ライフルとロックロウから伸びたケーブルを中継器に繋いで、そのモニターから計測結果を見た福禄寿が驚嘆の声を上げた。

「比較元の基準値が、そのライフルを作った人間の決めたカタログ値なんだ。100パーセントだってそんなに、驚くことじゃない。」とロックロウは誤魔化したが、腕の良い狙撃手のシンクロ率は普通80パーセント程度で、ロックロウの叩き出す値は驚異的だった。

 それにロックロウ自身も、この値が尋常でないことを知っている。

 そしてコネクタにこう云った反応を示す人間は他にもいるのではないかということをロックロウは最近考え始めていた。

 例えばスネーク・クロスなどがそうだ。


「んにゃ、儂は前から思っとっだんだが、もしかしてお前さん、メダルカラーの制限も超えるんじゃないか?銀でも、いやひょっとして金対応の戦艦級もコネクタ繋げりゃ動かせるんじゃないのか?」

「・・・馬鹿な事を言いなさんな。それより、さっきは有難うよ。あのままやり合ってたらどうなっていた事やら」

 ロックロウは首筋の裏にあるケーブルを外しながらそう云った。

 後から考えてみれば、今この時点で怪我をすれば対抗狙撃戦で更にハンディを負うことになっていたわけだ。

 それに幸い、棍棒替わりに使ったライフルの方は微調整程度のメンテナンスで事なきを得たが、あれがお釈迦になっていたら、カサノバベックに頭を下げる事になる。

 自分は、そういう所が思慮に欠けている、ロックロウはそう思った。


「いや。コテンパンにやられてたのは以蔵らの方だ。あいつら、戦場帰りの猛者の凄さを知らんからな。奴らがいつも見てるのは敗残のポンコツばかりだった。」

「ポンコツって言うなよ。爺さん、俺もそのポンコツの内の一人だ。ただ途中で戦場から抜けたから、ちょっとばかり元気が残っているだけだ。」

 福禄寿は言い過ぎたと思ったのか、少しばかり恥じ入った様な表情を見せた。

 それを気遣った訳でもないのだろうが、ロックロウは話題を切り替えた。


「ところで前から頼んでた特異点の情報は、手に入ったかい?」

「ああ、あれな、、。なかなか無いな。第一、皆、特異点ゲートのことなんざ考えたくないんだろ。この星に来た限りは、此処でやって行くしかないんだ。今更、儂らを此処に送りこんで来た通路の事なんか、誰が気にする。ロック、悪いことは言わん。お前も特異点のことなんか忘れちまえ。お前がその気になったら、ここで幾らでもノシ上がれるんだからな。」

「特異点を見つけて、地球に帰りたいなんて湿っぽい事を考えるわけじゃないんだよ。こことは違う風景をただ見てみたい。それだけだ。」

 そう言ってからロックロウはミッキーの顔を思い出していた。

 もし特異点が見つかったら、必ずお前をそこに連れて行ってやると。


「・・特異点と関係があるのかどうかは、わからんが、エバーグリーンの力が及ばない遠くの更にその先に、何者かの遺跡があるという話が流れ着いている。」

「ずっと向こうにエバーグリーン級のコロニーがもう一つあるって話の続きみたいなものか?」

「ウム、漂流難民どもの死の伝言リレーに、妄想やらが混じった話だからな。なんとも言えんが、、その話によると、そこには昆爬以外のこの星の先住生物の死体が祀られているって話だ。特異点ゲートが、この宇宙に存在する知的生命体同士を繋ぐハイパーロードの出入り口なら、その出口だったこの星には、頭の良い生き物がいるはずだ。儂にはそれがどうしてもあの昆爬たちだとは思えん。、、この話まったく可能性がない、とは思っておる。」

 外に出たい。あの砂漠の中に、この身を置きたい。

 嵐が止んで奇跡のように穏やかに空が澄み渡った夜空に瞬く圧倒的な星の数、そして燃え上がるような、まだ若い第二の太陽に照らされる地平、、、。

 福禄寿の情報を聞いて、ロックロウの胸が騒いたが、今は目の前の仕事を片付けることだと、ロックロウはそう自分に言い聞かせていた。




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