チープスリル 第11話
第11話
昆爬に対する有効策が見出される少し前に、実戦配備されたロックロウは、その頃当たり前の様に行われていた、気違いじみた作戦を知っている。
味方が有利に展開できる地形の中心地に囮部隊を送り込むのだ。
そして誘い込まれた昆爬たちを、圧倒的な軍事力で、といいたい所だが、その殆どの勝敗は良くて五分、殆どが負けいくさだった。
当然、囮は全滅する。勿論、囮部隊は自分達の事を囮だとは思っていない。
その非情な仕掛けを、兵士の中で一番最初に知るのは、ロックロウらの遠距離狙撃部隊だった。
この囮作戦には、色々と苦い思いがある。
一度は狙撃部隊自体が、囮と追撃の二つに別れた事もある。
しかしそれでも、この戦法は、普段の通常戦闘よりは犠牲者も少なく、相手に与えられるダメージは大きかったのだ。
まさに「肉を切らせて骨を断つ」だったが、肉自体である兵士はたまったものでない。
もしかして奴らは、それを此処でやろうとしているのか?
『まさか、この物見と男自体が罠か?』
そうロックロウが気づいた瞬間、彼の身体は物見櫓物の足場に仕掛けられた爆薬によって建材と一緒に吹き飛ばされていた。
「このベルトの演算機能や重力干渉は、グレーテルキューブによく似ているんだよ。人間の目から見るとまるで何をやろうとしているのかさっぱり解らない。キューブの場合、これは解析に時間がかかるだろうと思える事でも、一瞬に答えを出すし、解析の精度を上げる為に同じ事を2度させたら見事に答えが違う時だってある。でも後になって見るとグレーテルが間違ったって事は一度もないのがわかるんだ。人間にとってグレーテルって、神様みたいなものなんだよ。このベルトもそうさ。ロックもコツを飼いならすのは、時間がかかると思うよ。でもこいつを、信用してくれていい。」
ミッキーの大きな目が、キラキラと輝いていた。
同じ年頃の子供は、コロニーにも大勢いるが、これほどの純粋さを見せる少年は滅多にいない。
自分の目の前に、斜めに広がる地面を見ながらロックロウは、ミッキーの言葉を思い出していた。
たしかにそうだ。
物見の中に、上手く飛び込めなかった時は、このクソ野郎とおもったが、このベルトはこちらが頼みもしないのに、あの爆発と同時に、俺の周りに重力で編んたバリアを勝手に展開し、俺を守ってくれた。
いや、間違いか。
俺は、確かにあの時「助けてくれ」と心の中で悲鳴を上げていた。
それを素直なベルトちゃんが聞き入れてくれたのか。
しかし身体が動かない。
ベルトちゃん、今度はショックアブソーバーが、たっぷり効いたバリヤをお願い致します。
・・・ところで、カクタスはどこだ?
大丈夫、俺の右手が持ってる。
俺ちゃん、偉い。
感覚が戻って来てるんだ。
だがそのロックロウの回復は、少しはかり遅かったようだ。
ロックロウの斜めに傾いだ視野の中に、くたびれた軍靴を履いた足と、ライフルの銃口の先端が見えた。
『くそ、駄目だ。こいつらは、問答無用で止めを刺しに来る。』
実際にその通りだった。
第二の男は、この至近距離で、沈黙を保ったまま、その手のライフルを連射モードでロックロウに撃ち込んできた。
しかし、この男は次に不思議な光景を見ることになる。
自分が撃ち込み続けた弾が、すべて非ぬ方向に流れていくのだ。
そして撃ち殺した筈のロックロウが、むっくりと上半身を起こし、手に持ったカクタスの引き金を引いたのである。
男の身体が連射される銃弾の着弾ショックで、操り人形のように撥ね、直ぐに倒れた。
「、、悪いな。手加減してやれる程の体力も残ってないんだ。それにおめえ、やる事がしつこそうだしな。俺、嫌なんだよ、そういうタイプ。」
そう言いながらロックロウは、カクタスを杖代わりにしてようやく立ち上がる事が出来た。
次に、ロックロウはベルトの力を使って、地表から10センチ上の高さで空中浮揚しながら移動し始めた。
ジャンプが、バンジージャンプなら、こちらは新兵訓練の時やらされたワイヤーアクションだ。
勿論、こちらの方が自分で制御が効く。
もうここまで奥の手を見せたからには、これ以上ベルトの力を小出しにする必要はなかったし、それ以上に、自分の脚で機敏に走り回る体力が、ロックロウにはもう残っていなかったのだ。
だが戦いは続いている。
先に戦意を喪失した者が必ず負ける。
ただ前に進むだけだ。
次は給水塔だった。
ロックロウは、給水塔の手前まで移動すると、ベルトの力を一時解除し、カクタスの銃弾を、狙撃者が潜めそうなタンクの上部にばら撒いた。
タンクの表面にボコボコと無数の穴が開いていく。
自分自身を守るバリヤも、この瞬間だけは解除しなければならない。
この瞬間、ロックロウは背後から撃たれた。
何発かが、彼の身体に掠った筈だ。
射撃ポイントは、後方に位置する社屋の最上階の窓。
給水塔は、またまた、囮というわけだ。
ロックロウは地面に倒れながら瞬間に、バリヤーの一部を空中浮揚用に切り変えた。
最初は水泳の飛び込みスタートの要領で、そして最後は身体を水平にしたまま、自分の身体を近くの倉庫へ空中移動させようとしたのだ。
バリヤーと空中移動、制御の組合せが難しく高度な動きは難しいが、この程度の緩い移動ならヘタっていても、なんとか出来る。
それにベルト自体も学習機能を持っているようだった。
倉庫に逃げ込む間にも、銃弾の数発撃ち込まれたが、今度はバリアが効いていた。
ロックロウは、倉庫の入り口近くの物陰に身体を押し込んで休息を取る。
見れば、銃弾は肩の肉を削ぎ取っている。
だが射手は、スネーククロスではない筈だ。
彼なら先ほどのタイミングで、頭部への狙いを外すわけがない。
『これをやり始めた頃は、あんたと、こんな命のやり取りをするとは思ってなかったんだがな。いや、モノゴトの成り行きは、みんなこんなものかもしれんが、、、』
そう思った時、ロックロウの足元に、拳大の丸い物が落ちてきて、クルクルと回った。
『クソッタレ!人間殺すのに、昆爬用手榴弾を使うのか!』
手榴弾は爆発したが、ロックロウがベルトで咄嗟に作った重力の蓋に、その威力を抑え込まれた。
手榴弾は爆破の代わりに、この倉庫全体を揺るがすような局地的地震を起こした。
この仕打ちに対するロックロウの猛烈な怒りが、彼の身体を一時に賦活かさせたのか、彼はカクタスを構えたままで、倉庫の中を高速で飛び回った。
あの手榴弾を手で投げたのだ。
敵はまだこの近くにいる。
案の定、倉庫の二階に当たるキャトウォークから、銃弾が飛んできた。
恐らく空中を飛び回るロックロウの姿を見て動揺し、素人じみた行為に思わず出てしまったのだろう。
「お返しだ!」
ロックロウは、出来るなら使わないでおこうと決めていたカクタスのグレネード弾を、ランチャーを使ってその方向に発射した。
・・・もはや、戦争だった。
グレネード弾の爆発のあとに残ったのは、大きな穴の開いた倉庫の壁だった。
流石に、敵は生き残れまい。
残りは、スネーク含めて後二人。
俺を背中から狙撃した人間は、まだあの社屋にいるのか?
プロの兵士ならあり得ない。
いや、もっと強力な兵器があるなら別だが。
と、そこまで考えて、ロックロウは鳥肌がたった。
さっきの野郎は、昆爬用の手榴弾を何のためらいもなく投げこんできた!
そう思った途端、社屋の方向から、物が押しつぶされる物騒な音がなり響いた。




