第十話 再びの異世界
――その日の深夜、縁側にて月を見ながら茶を啜るイオルとアル。
「で、話って何だイオル?」
「実はイオリの事なんですが、アル、このまま貴方が預かってくれませんか?」
「!? 何でまた…… 折角、大事な孫が帰って来たっていうのに……」
「昼間に説明した通り、この世界には戦争の火種が燻っているんですよ。此の国は今は
資源が不足している程度で済んでいますが、何時、他国が攻め入ってきてもおかしくは
無いのですよ。場合によっては大規模破壊兵器により一瞬で大都市が灰塵に帰します。
そんな世界に大事なイオリを置いておけません!」
「だがな、イオルよ。俺達の世界とて安全とは言えん。むしろ、死と隣合わせな危険な世
界だぞ? 其れでもか?」
「其れでもです。と言うか、イオリにとってはアル、貴方に預けておいた方がイオルの為に
なります。此の世界では私やイオルの力は異端です。私達の世界では普通です。まあ、
程度の差はありますが……。其れにあの子には珠紋関係だけではなく魔道具職人の才
能もあるそうじゃないですか。なら、貴方の下で修行を積ませた方が自分を活かせるとい
うものですよ。」
「あの潜在能力の高さには度肝を抜かれたぞ! 一体何なんだブレイブエンブレムって!
能力を高めてるというよりは、まるで枷を嵌めて、ある一定以上の力を出さないよう封じて
いるように見えるぞ!」
イオルは俯き、湯のみを手で弄りながら答える。
「能力を高めていますよ。ただし、戦闘能力に限ってですけどね」
「!? やはり何か知っているんだな、イオル!」
「とは言っても私も詳しく知らなんですよ。遺跡の神殿跡に描かれていた壁画を偶然見つ
けてましてね。
其処には、
『新しき神々、外から来た古き神々を駆逐し、新しき神々、自らを脅かす存在が生まれぬ
よう世界に強き呪いを掛けた。そのもの、新しき神々の兵士となり従い、強き力もて
神々に仇なすものを尽く滅す。其れすなわちブレイブエンブレムを其の身に刻むものなり』
とね」
イオルは俯いていた顔をアルに向け『此れはあくまで自分の推測ですが』と前置きをして
続きを話す。
「新しき神々とやらが、私達の世界に住む人々の中から神々に匹敵する力を持つ者が現
れても良いように、世界に呪いを掛けて力を抑制され、神々の言う事を聞き、邪魔者を排
除する自分たちの都合の良い兵士。それがブレイブエンブレムを持つ者、つまりは勇者と
言う存在だと私は考えたんです」
アルは溜息を一つ吐き、
「それじゃあ、イオリはブレイブエンブレムの珠紋を持っていない方が良いって事だな?」
「そうなりますね。だから、イオリには『ブレイブエンブレムの珠紋を問題なく手放す機会が
訪れれば迷わず手放せ』と幼少の頃から言い含めています。」
「まあ、其れは良いとして、イオリが言う事を聞いて俺達の世界に来るかどうかだが……」
「貴方が作った異世界転移の魔道具が有るんです。いつでも会いにこれますよ。其れに
私にはまだ、この世界でやり残した事があります。其れが終わるまではそちらの世界に
帰るつもりはありません」
「息子夫婦の敵討か?」
「わかりますか?」
アルは苦笑いして答える。
「小さい頃からの付き合いだ。お前の考えくらい手に取るようにわかるわ!」
「アルには叶いませんね……」
イオルとアルはお互いどちらからともなく笑いだした。
そして、夜は過ぎていく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――翌日――
イオルはイオリに異世界に行くよう話す。
イオリがゴネるようなら何とかして説得するつもりだった。
だが、イオリの反応は、
「えっ! このままアル師匠の所に居ても良いの?」
と、とても乗り気だった。
「でも、学校は……」
「アルの下で修行を積む方が学校で学ぶより何倍もイオリの為になりますよ。」
「うん! わかった!」
「と、言う訳で此れからもよろしくな! イオリ!」
「うん! よろしくね! アル師匠!」
そうしてイオリとアル達が異世界に帰る時、アル達はイオルとタマキが持たせてくれたお
土産を抱えて別れの挨拶をする。
「私達も用事が済んだらすぐにイオリの所に行きますから、アルの言う事を聞いて良い子
にしているんですよ」
「わかったよ! お祖父ちゃん!」
「アル、くれぐれもイオリの事、頼みます」
「わかってらい! 心配すんなイオル!」
「体には気を付けるのよ、イオリちゃん……」
「お祖母ちゃんもね!」
イオリとイオル、タマキの三人の別れが済んだのを見計らってアルは異世界転移魔道
具を起動させる。
来た時と同じように光に包まれ、イオリ達は消えていくのであった。
イオリが異世界に再び戻った数カ月後、旅客機JL815便を撃墜命令を下した上層部の
人間、及びパイロットが謎の死を遂げた事を世界中のメディアが小さく報道した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
イオリが異世界に戻って数日が過ぎた。
以前と同じく日課をこなしながら今は道具作りをおこなっている。
其の道具とは、竿とリールである。
イオリの世界に行った時、イオルの家に置いててあったイオリのロッドとリール、釣り糸、
浮き、おもり、釣り針、各種疑似餌等の釣り道具を持 って帰って来たのであった。
何故、釣りの道具が此れ程豊富かというとイオリの父、レイの趣味が釣りで魚の種類を
問わず釣る事が好きな為だ。
其のせいでイオリは休日になる度、父に連れられ彼方此方釣りに付き合わされていた。
此の釣り道具もレイのおさがりや買い与えられた物ばかりである。
「ロッドは構造が単純だから再現出来たけど問題はリールと糸だね。最初は単純な構造
の片軸受けリールを作ろう!」
イオリ愛用のリールはイオルがその昔、知り合いから贈って貰った横転式片軸受けリー
ルという古くてマニアックなリールをクリスマスにプレゼントしてくれた。
しかも、新品の物を二つもだ。
もちろん、一つは保存用だ。
イオリはアルから学んだ特殊な素材の加工技術、金属や石、果ては木や革と言っ
た素材までまるで蝋細工のように変形させて加工する珠紋術を会得している。
ちなみにアルの称号、銀蝋は此の独特の加工技術故のものである。
リールを銀蝋で金属を変形させ完成させたは良いが釣り糸はどうしようかと頭を悩ませ
た。
昔の日本では我の一種、テグスサンというヤママユガに近い蛾の幼虫の絹糸腺から作
った物を使用していたらしいがこの世界ではその蛾が果たしているのかわからない。
こんな時こそ師匠であるアルに聞くのが一番。
早速アルに釣り糸の事を聞いてみた。
「ん? 釣り糸? それならウッドスパイダーの糸を使うぞ。ハボアに聞いて取ってくるとい
い」
という訳で、ハボアにウッドスパイダーの説明を受けた。
ウッドスパイダーとは此の大陸や別の大陸にも幅広く生息する蜘蛛で広葉樹なら大抵
見つかるとの事。
「ほら、此れがウッドスパイダーだ。毒は持ってない」
ハボアがウッドスパイダーを捕まえてイオリに見せる。
ウッドスパイダーは体色は緑でお尻が白色の隊長十cm程の蜘蛛だった。
「どうやって糸を取るの?」
「こうやってそこら辺に落ちてる棒に糸をくっつけて尻を引きちぎる。こうしないと途中で糸
を切り離して逃げようとするからな。そうして棒を回転させて糸を巻き取る。ウッドスパイダ
ーは尻が無くても死にはしない。尻は三日で生えてくる。」
ハボアに礼を言い糸を採取する。
採取した糸をリールに巻き付け、仕掛けを施す。
魚を入れる網をアルから借りて海岸に向かう途中、ルビアに釣果を期待していると声を
掛けられた。
餌は海岸の岩場の砂地を掘るとゴカイに似た生き物がうじゃうじゃいるので其れを採取、
小箱に数匹入れておく。
此れで釣りの準備は完了だ。
餌を針に付け糸を海に投げ入れる。
いよいよ釣り開始だ。
しかし、リールの使い勝手はイマイチだった。
ブレーキ機構がないので魚が餌に食いつくと糸が引っ張られてどんどん出ていく為だ。
要改良である。
だが、釣果はそれなりにあった。
今日の夕食は魚料理だなと思いながら道具を片付けていると不意に人影が差す。
顔を上げると其処には村長の息子ファイと村の男の子達がいた。
「何か用?」
「いい物持ってるじゃないか。それをオレに渡せ! 次いでにその網に入ってる魚もな!」
「嫌だ。此れは僕が作った道具で此の魚は僕が釣った魚だ。君達にあげる理由がない」
「何だと! どうやらまだ、オレの恐ろしさがわからないようだな? なら、思い知らせてや
る! お前等、やれ!」
村の子供達はそれぞれ手に大小の木の棒を握ってイオリに向かって振り下ろす。
が、釣り竿と網を手に持ってそれを素早く全て避け、子供達の間を潜り、通り過ぎると
走りだす。
「追え! 絶対逃すんじゃねぇぞ!」
だがしかし、イオリの体力と脚力は大の大人にも勝るもの。
そんじょそこらの子供に太刀打ち出来るものではない。
イオリとファイ達の距離は段々離れていき、やがてイオリの姿が見えなくなるとファイ達
は諦めた。
「ちっ、…畜生! ゼイ…お……覚えていやがれ!」
悪党定番の捨て台詞を吐き捨て、ファイ達はスゴスゴと村に帰って行った。
小説を読んで頂きありがとうございます。
次回の更新は水曜日の予定です。
7/19 追加修正 第四話 悲しい真実
時間と日にちについて、
『二十四時間は一日』の文章を追加しました。