8.本当の望み(中)
今回の戦は――否、戦とも呼べない、ただの誅伐はなんの問題も無く完了するはずであった。
数百人に満たない集落に赴き、伝説の宝珠を手に入れる。
満天下へ威光を見せつけるため、一千もの軍勢を率いてそれを為す。
自分であれば、なんの問題も無い。トガ・ダンジュに仕える武将であるヒウキはそう考えていた。
そして、それは過大評価でも自信過剰でもなく、純然たる事実だった。
普通の相手であれば。
まず、軍団の編成でつまずいた。
いくら威光を示すためとはいえ、練度の違う兵を一緒に運用しても意味はない。
そこで、自らの直轄兵とトガ・ダンジュから借り受けた兵を中核とし、そこから抽出した熟練兵に徴集した半竜人を率いさせ、遅れて出発させるつもりだった。
目的は、直属の兵だけでこなすことはできる。
半竜人共など、後から賑やかしにすれば良い。
その計画は、突如として降り注いだ天降石によって水泡に帰した。
突然の天変地異に、半竜人たちのみならず、直属の兵士たちからも出兵への不安の声が聞こえるようになる。
竜帝の意志に沿わぬ出兵に、天が怒りなのだと。
これは、ユウトの意向を受けたラーシアが流した流言飛語――当人たちにとっては軽い嫌がらせ――なのだが、ヒウキにそこまで調べる余裕は無い。
結局、動きの鈍い半竜人たちを先頭に置き、まるで追い立てるようにしてお守りをしてやらねばならなくなった。
それに伴う兵糧の問題、主であるからトガ・ダンジュ計画通りにいかぬいらだちをぶつけられるなど、厄介事はいくつもあったが、とにもかくにも出発はした。
道中は嘘のように順調で、士気もようやくマイナスからプラスへ転じようかという時になって、ヒウキ軍は新たな困難に直面した。
里へと向かって森へと進軍を開始してから一時間ほどが経過し、にわかには信じられない報告が飛び込んできたのだ。
「獅子だと?」
「はっ」
先鋒を森へと進ませ、ヒウキ自身は後方から指揮を執っている。その本陣へ伝令が飛び込んできた。
伝令の真竜人へ、馬上のヒウキは殺意さえこもった視線と口調で問い返す。
「物陰より突如獅子が現れ、我が軍に襲いかかっております。御味方に死者は出ておりませぬが、被害は甚大でございます」
伝令の真竜人としても、将がどんなに不機嫌であろうと正確に報告するほかに無い。
「あのアマクサとかいう呪い師の仕業かッ」
憎々しげに、ヒウキは手にした馬上鞭を握りつぶす。
死者が出ていないのが、逆に忌々しい。死体になれば回収するだけで良いが、重傷であっても怪我人であれば治療も搬送も必要になり、その分、進軍速度は落ちる。
「して、どの程度の獅子を狩ったのだ」
「今のところは、一頭も」
「一方的か」
戦ではない誅伐だとうそぶいても、戦場ではなにが起こるか分からないといっても。
よもや、獣相手に蹂躙されるとは想像の外。
「ならば、半竜人どもを外周に置き壁とせよ。多少でも手間取れば、仕留められよう」
「それが……。どうやら、その獅子どもは半竜人には一切手出しをせぬ様子で……」
「ちぃっ」
であれば、あの腰抜けどもはまともに戦おうとせぬであろう。
「また、木々や、天降石の残骸の陰から襲いかかっておるようで、恐慌状態に陥りつつあります」
「分かった。前線へ出て指揮を執る」
「ヒウキ様、自らでございますか?」
「二度は言わぬ」
伝令の真竜人は、頭を下げると素早く馬に飛び乗り、先鋒を束ねる部将のもとへと馬を走らせた。
「征くぞ。このような所で、立ち止まっていられるものか」
「はっ」
さすがに、直卒部隊だけあって士気も練度も高い。
ヒウキの意向に従って部隊を編成し直し、彼らもまた共に森へと進撃する。
この時、彼らは相手をする獅子の数をまったく把握していなかった。
もちろん、ライオンがこんな森の中、自然に生息しているはずもなく――《天上獅子の招来》で招来した存在だ。
かつて、メインツの鉱山に巣くっていた水晶を食らう怪物を駆逐した時は、八頭の群れを招来した。
今回、ユウトはその呪文をできる限り行使し、この森に放たれた天上種の獅子は、四十体にも及ぶ。
ただの猛獣ではない。神々が住まう天界に存在するという聖獣の野の住人たる天上種の獅子だ。
故に、真竜人のみ狙い、しかも、死者はなるべく出さないという命令も理解し遂行できる。
ユウト自ら手を下さなくとも、一千の軍勢を翻弄するに充分だった。
しかも、これはまだ始まりに過ぎない。
ヒウキが前線で指揮を執ることで、なんとか崩壊を免れた誅伐軍は、追い立てるように半竜人を盾、否、壁とすることで多大な被害を出しながらも、森の中を進んでいく。
数時間後。
ぱたりと、獅子たちの襲撃が止まる。なんとか、獅子たちの撃退に成功した――と、誰もが思った。
まさか、ただ単に呪文の持続時間が過ぎて獅子たちが聖獣の野へ帰っただけなどとは、想像すらできない。
また、その余裕も無かった。
多くの負傷者を出し、瓦解寸前の軍をまとめようやくたどり着いた、宝珠が安置されているという里。
そこには、たった一人しかいなかったのだから。
「皆、忙しい中よく集まってくれた。礼を言う」
ユウトが《星石落雨》を使用して、ジンガの本当の望みを聞き出したその日。
ジンガは、里の主だった者を境内へと集め語り始めた。
カグラもその傍らにあり、ユウトとラーシアは離れた場所から見守っている。
「まず先ほどの異変だが、ただの目覚ましのようなものだ。特に被害も出ていない。心配する必要もない」
集まった人々は、納得したわけではないがジンガが言うならと、一応、混乱は収まる。
「あれって、ユウトの仕業でしょ?」
「むしろ、俺以外の誰かがやった方が一大事だろ」
幸いにして、主犯とその友人の会話は周囲に聞こえない程度に抑えられていた。
「それよりも、差し迫った危機がある」
「ジンガ様、それは……」
「ゴジョウの街より、この里へ兵が送られるようだ」
集まった人々の反応は、驚きよりも諦めに満ちていた。どうせ、またか、人々の背にはそう書いてあるように、ユウトには思える。
「理由は様々あろうが、一番の原因は我らだ」
「ジンガ様、それはどういう……」
「我らは、竜帝の秘宝である地の宝珠を守護してきた。それをトガ・ダンジュが聞きつけ、要求してきたのだ」
それを断ったら、攻めてきた。
言葉にすれば、なんと単純な構図か。ジンガは、思わず口元をほころばせてしまう。
「兄上……?」
「なんでもない」
そう言ったものの、初めて見せるジンガの笑顔に、みんな戸惑いを隠せない。
「すまぬが、我々は管理者に過ぎぬ。宝珠を用いて奇跡を起こすことはできぬのだ」
「それで、あっしらはどうすれば……」
「分からん」
「そんな……」
見捨てられたと早とちりした人々が、絶望的な表情を浮かべる。
「それは、皆が選ぶべきだ」
ジンガは、三つの選択肢を示した。
ひとつは、この地に残ること。
ひとつは、リ・クトゥアのどこかへと移動すること。
「最後のひとつは、このリ・クトゥアを離れ遠い西の地へ移住する」
「そんなことが……」
「できると、信じている。少なくとも、我らはリ・クトゥアを去ることに決めた」
「兄上の、言う通りです。わたくしも、ユウト様に従い西へと向かいます」
カグラが、初めて口を開いた。
兄を補佐するその言葉には、重みがある。
「私は、この里しか知らぬ人間だ。まだ幼き頃に思ったものだ、この森を越えれば、この川を下れば違う世界が広がっているのだろうかと」
珍しく。本当に、珍しくジンガが長広舌を振るった。
内容よりも、その事態に驚き、全員が聞き入ってしまう。
「だが、外に理想郷などありはせぬ。そもそも、徒人たる我らは外の世界へ行くことなどできぬ」
これは、望めばどこにでも住めるという常識の下で育ったユウトと、旅から旅が基本のラーシアには理解できない感覚。
それ故、ユウトはジンガの望みを聞いて驚いたのだ。
「捨てることも逃げることも悪ではないと私は思う。少なくとも、逃げ出した先にあるなにかを得ることができるのだ」
無論、それが素晴らしいものであるという保証は無いが。
ジンガは、そう話を締めくくった。
「そろそろ、ユウトが説明変わった方が良いんじゃないの?」
「ここで、俺が出しゃばってもなぁ」
「でも、ユウトの呪文あっての話でしょ? ほらほら、もうやり過ぎて引かれるなんてなれっこでしょでしょ?」
「後半は納得いかないが……」
ラーシアの言うとおりでもある。
「細かい説明は後でするとして、とりあえず安全に過ごせる場所が必要だよな」
そう言いながら、ユウトは呪文書から7ページ切り裂き、その場に方形を描く。
「《不可視の邸宅》」
その理術呪文が完成すると同時に、分厚い木の扉が現れた。
「お、アルサス王子を収容しようとしたら断られた呪文だっけ?」
「会議の時、ラーシアいなかったろ。よく知ってたな」
平常運転を続ける二人に対し、カグラも含めた里の人々は何事かと目を丸くする。ジンガは、もはや悟りの境地だ。
しかし、それはまだ早い。
この扉の奥には豪壮な邸宅が存在し、この里の人々を全員、数日間に渡って歓待することができる。
また、外の様子を見ることはできるが、ユウトが許可した者しかこの扉をくぐることはできない。
それをざっと説明し、実際に体験してもらい、ユウトがいかに規格外の存在かを実感させ。
そして、誅伐軍が到着したその日。
ユウトは一人、ヒウキ率いるトガ・ダンジュ軍の前に立ち塞がった。
「ヒウキ、あなたに決闘を申し込む」
使い慣れない長剣を腰に佩いたユウトが、静かにそう告げた。




