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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 3 帰還へのランアップ 第二章 イスタス伯爵領から遠く

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6.カグラの秘密

「うう……。思わず、食べ過ぎてしまった……」


 勧められるまま雑炊を何杯も平らげたユウトは、客間で横になりながら、後悔に襲われていた。


 絶対に、自分一人で食べる量ではない。カグラやジンガの分も含まれていたはず。確かに、旅の間はろくな物を食べず、今日もほとんど口にしていなかった。

 久しぶりの和食でもあった。


 だからといって、この醜態は良くない。


「お金を払うわけにもいかないしなぁ」


 ユウトは命の恩人だ。内心どうあれ、受け取るはずもないだろう。そもそも、同じ金貨が通用するものか。念のため、交易用に貴金属や魔法具(マジック・アイテム)は持ってきているが……


「っと、そうだ。もうそろそろ、色々調べられるかな?」


 苦労して起きあがったユウトは、多元大全を取り出しページをめくる。念じるのは、リ・クトゥアについてという大ざっぱな項目。

 にもかかわらず、多元大全を構成する羊皮紙に、文字が情報となって浮かび上がってきた。


 所有者が知りうる知識を表示させるという多元大全。

 うろ憶えだった馬車鉄道や農業についてなど、地球の知識も参照できる優れ物だが、効果は所有者とその情報との距離によっても左右される。


 ひとつは、地理的な距離。

 まったく行ったことのない地域に関する知識は、本当にわずかなものしか出てこない。リ・クトゥアに関して下調べがあまりできなかったのは、これに起因する。


 もうひとつは、時間的な距離。

 あまりにも古い、もしくは未来の情報は、参照できないのだ。


 それでも、便利であることには違いないが。


 ユウトは《灯火(ライト)》の呪文を使用し多元大全をめくっていく。


 良く言って概説といった記述でしかなかったが、今までの推測の裏付けにはなる。

 竜人(ドラゴニュート)には確かに二種類あり、ドラゴンの特徴が色濃く出る真竜人(トゥルー・ドラコ)が尊ばれる傾向にある。


 これは、千年ほど前にリ・クトゥアを統一した竜帝が、三つの宝珠と五つの神獣の加護を得て、真竜人へと変化したという故事に由来する。

 そして、竜帝の血筋に真竜人の特徴が引き継がれ、拡散したようだった。


「まあ、理由があれば差別していいわけじゃないが……。それにしても、宝珠ってのは、なにかの秘宝具(アーティファクト)か? それに、神獣の加護は、俺たちが賜った神々の奇跡に近いもの……?」


 そういえば、あの奇跡のプレゼントは、ろくな使い方をしなかったなと苦笑する。後悔はないが、ラーシアはもてあそばれているような気がする。


「とりあえずは、そのラーシア待ちかな」


 先ほどラーシアから、情報収集は成功したという《伝言(メッセージ)》が届いていた。後でその盗賊(ローグ)を回収し、細かい話を聞けば判断材料は揃うだろう。

 そう考えながら、ユウトは多元大全のページをめくっていく。


 言葉に大きな違いがないのは、ラーシアとカグラが意思疎通できていることから分かる。通貨は、西方の貨幣を輸入して使っているようで、むしろ喜ばれそうだということまで調べたユウトは、再度板の間に寝ころんだ。


「ユウト様、よろしいでしょうか」


 その直後、横開きの扉の向こうから涼やかな声がする。


「どうぞ」


 ユウトはすぐに起き上がり、カグラを迎え入れる。


「失礼いたします」


 彼女は、変わらず緋袴の巫女装束姿で、まだ少し冷えるからか足袋も履いていた。


 頭を下げつつ部屋へ入ってきた竜人の巫女は、膝をつくと楚々とした仕草で扉を閉める。

 そして、また、深々と頭を下げた。


「いや、あの、できれば普通にしてほしいんですけど……」


 ユウトからすると、本当に大したことはしていない。首を突っ込もうとしているのも、打算混じりだ。

 それなのに、そんな風にされても困ってしまう。


「わたくしの話を聞いていただきたいのです」


 だが、彼女は頭を上げない。

 板の床を見ながら、切々と訴える。


「話ぐらい、いくらでも聞きますから。そんな格好じゃ喋りにくいでしょう?」

「失礼いたします」


 先ほどと同じ台詞で、カグラは今度は頭を上げた。


「まずは、これを見ていただけますか」


 なにかを決意したような表情を浮かべた彼女は着物の合わせ目に手を入れ、ばっと上半身をはだけさせた。

「ちょっ」


 無理やり戻すわけにもいかず、ユウトは慌てて目をつむり距離を取り両手を突き出して狼狽を露わにする。なぜか、脳裏に浮かぶのは頬を膨らませたアカネの顔。


「目を開けてください」

「でも……」

「どうしても、見ていただきたいのです」


 そこまで言われては仕方がない。

 脳内の不機嫌そうなアカネはどこかへ追いやり、恐る恐るユウトは瞼を開いた。


 カグラは、着物をはだけさせたままだった。

 ただし、背中を向けて。


「刺青……?」


 白い肌に刻まれる、蔦が渦を描くかのような意匠。

 それは背中全体を覆い、魔法の光に照らされる中、染みひとつ無い首筋や横からわずかに見える乳房と美しいコントラストを形成する。


「いや、魔法の刺青(マジック・タトゥー)か」

「ご存じでしたか」


 素直に感心するカグラだったが、その声は羞恥に揺れていた。


「だけど、理術呪文のとは異なるの……か?」


 あまりまじまじ見るわけにはいかないが、ユウトが知っている魔法の刺青とは異なっていた。


「これと同じ物が、兄ジンガにも刻まれています」

「秘伝のようなものですか」


 南方に住むという蛮族の中には、特殊な刺青を入れることで肉体を強化する秘法があるという。多くは、祖霊として崇める動物を意匠化したものになるようだが、詳細は外部からは窺い知れない。


 ユウトは、その一種ではないかと推測したのだ。


「宝珠の封を解く。そのための鍵と聞いています」

「なるほど……って、あの、すみません。そろそろ……」


 我に返ったユウトが、カグラに服を直すよう促す。


(学術的な視線でした。嘘じゃありません)


 そう、誰にともなく言い訳していた。

 けれど、想像上のアルシアは笑っている。にこやかなのに、迫力のある微笑みで。なにかの拍子に、ばれてしまいそうで怖い。


「驚かれないのですね」


 自分の体だが、いや、だからこそか。カグラは、この刺青に劣等感を抱いていた。

 水遊びをする里の子供たちには、当然こんなものは無く、綺麗な肌をしていた。比べるまでもなく、自分は変だ。そう我が身を嘆いて兄を困らせたこともある。


「いきなり脱がれた方が、驚きだったんで」

「まあ、それは……」


 そう言われると、我ながら大胆なことをしてしまったと頬が赤くなる。反対を向いているため、その表情を見られないのは幸運だった。


「お見苦しい物を、ご覧に入れてしまいました」

「いえ……」


 肯定も否定もできないため、どうしても曖昧な返答になってしまう。

 そんなユウトの声を意外そうな、そして、少しだけ嬉しそうな表情で聞いたカグラは、そっと居住まいを正して向き直った。


「先ほどの兄からの話。あれは嘘ではございませんが、隠し事がございます」


 自明のことだったため、ユウトは言葉を返さない。

 ただ黙って続きを待つ。


「わたくしたちは、リ・クトウアの竜帝にまつわる秘宝、三つの宝珠のひとつを管理・守護する一族なのです」


 と申しましても、兄とわたくしの二人しか残されておりませんがと、寂しげに続ける。


「この里の人たちは、それを?」

「ほとんど知りません。この里の方々は、様々な事情から故郷を離れざるを得なかった人々を、父の代に受け入れ始め、定住されただけですので」


 それで、この兄妹が敬われていたのかと納得するユウト。


「でも、その秘密をあのヒウキとやらに知られてしまった……と」

「はい。ヒウキは、主であるトガ・ダンジュに宝珠を献上するつもりのようです。そう、語っていました」


 ユウトたちと遭遇する前。彼女の護衛が殺され、逃亡を余儀なくされた時のことだろう。恐らく、話し合いが行われ――決裂したのだ。


 ここまでが、前提。


 まだラーシアからの裏付けが無いが、ある程度そろったところで、ユウトは本題を口にした。


「俺になにをしてほしい?」

「兄は死ぬ気です」


 穏やかではない発言に、ユウトは眉を上げる。


「どういうことです?」

「自ら死を選ぶことで宝珠の在処を有耶無耶にし、事を収めるつもりなのでしょう」

「それは――無駄死にだ」


 宝珠とやらを渡さない。

 それは達成されるだろうが、少なくともこの里は存続できなくなる。最も可能性が高いのは……皆殺しだ。


「でも、そんなにあっさりと宝珠とやらを放棄しても良いんですか?」


 余りにも早い決断に、違和感が残る。

 その疑問の声を聞き、カグラは悲しそうに言った。


「わたくしは、兄の予備です。それも、兄の死後にだけ機能する」


 それならば、宝珠だけは守られる。カグラが生きていれば……だが。


「そして、それはカグラさんだけが知っている?」

「はい」

「ジンガさんは、俺にカグラさんの護衛を頼むつもりなのかな?」


 里に関しては、諦めているのか。それとも、事前に逃がすつもりなのか……。


「分かりました。俺からも、ジンガさんに話をしてみます」


 一宿一飯の恩義……というわけではないが、乗りかかった船ではある。


「代わりに、成功報酬として二人でしばらく食べられるぐらいのお米と稲の苗。それからみそとかの調味料を購入するルートを紹介してほしい。あと、可能なら紙の作成方法も」

「その程度で、よろしいのですか?」

「俺からすると、もらいすぎですよ」


 価値観はそれぞれ。

 そう言おうとしたところで、ラーシアからの二通目の《伝言》が届いた。


「カグラさんと最初に会った場所か。じゃあ、ちょっとラーシア――仲間を迎えに行ってきますね?」

「今から、ですか?」


 夜更けというわけではないが、とっくに日は暮れている。

 いくら魔法の絨毯でも無理があるのではないか。


 そう心配するカグラは、まだ彼らのことを知らない。


「ああ、そうだ。一緒に行きましょうか」


 有無を言わさずカグラと共に外へ出たユウトは、ろくな説明もせずに《瞬間移動(テレポート)》の呪文を発動させる。ラーシアにも似た、いたずらっ子の表情で。


 数秒後。

 夜の街道で、目の前にそのラーシアがいた。


「夜に女性と二人連れ――逢い引きだね」

「うるせえ。朱音のメールみたいに、気軽に呼びやがって」


 駅にいるから自転車で迎えに来てという内容を絵文字で飾ったメールが来ることが、頻繁にではないがあった。

 そのことを言っても通じないだろうが、分かって言っているので問題ない。


「ま、とりあえずお疲れ」

「いやぁ、ぬるいぬるい。目をつぶっても問題なかったね」

「それじゃ偵察にならねえだろ」


 一方、《瞬間移動》カグラは混乱の極みにあった。


「里から、一瞬で……?」


 無理もないだろう。自宅の前で光に包まれたと思ったら、街道まで出ていたのだ。理術呪文は(まじな)いとしか知られていないこの地では理解の外にある。


「まあ、詳しい話は移動してからにしよう」


 再び、呪文書のページを破り、《瞬間移動》を発動させる。


 ほんの数分で用意された客間へと戻り、ラーシアと情報を交換する。

 ユウトから聞いたカグラたちの話には「へー」と感心しているのか、いないのか。生返事を返していたが。


 一方、ラーシアからの情報のほとんどは、裏付けでしかなかった。


 だが……派兵の話になると、カグラも一瞬で《瞬間移動》の衝撃から立ち直る。


「一千もの軍勢が……」

「まあ、それはどうとでもなるけど、どうすんの? ユウトが決めてよね」

「丸投げしやがった。決めるけどさ」


 腕を組み、ユウトはしばし考えをまとめる。

 よほどの事がない限り、数は問題ではない。だが、逆に、ユウトたちにはできることが多すぎた。


「一番の当事者と話をするよ」


 望まれれば、一千の軍勢程度、退けてみせよう。

 首謀者の首が欲しければ、持ってこよう。


 けれど、こんな話は狂人の夢想か誇大妄想でしかないだろう。


 どうやったら、信用してもらえるのか。

 そして、トガ・ダンジュらを退けた後のこの地を、どう治めるのか。


 これは、一千の兵と対峙するよりも、よほど困難な問題だった。

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