1.事情聴取
「キスしてた」
「されていた、な」
「してた」
女帝ヴェルガが最低限の目的――ヴァルトルーデたちへの宣戦布告――を果たし、ファルヴを去った後。
初等教育院での授業は続けられたが、さすがにユウトたちの視察は中止。ファルヴの城塞、ユウトの執務室へ五人の関係者が集まっていた。
「舌も入ってた」
執務用の机の前に座った――というよりは押し込められたユウトへ、冷たいを通り越して軽蔑するようなまなざしでヨナが言葉を重ねる。
「……入れられた、な」
そう訂正するが、その点に関しては本人も衝撃的だったのか、言葉に力は無い。
「とりあえず、その指輪にはなんにもなかったのね? 嵌めた瞬間、あの痴女の所に瞬間移動させられるとか、盗聴器が仕込んであるとか、そういうトラップとか」
「無いよ。それどころか、魔力はなにも感じられない。まあ、宝飾品としての価値はそれなりなんじゃないかと思うけど」
各種の呪文で鑑定していた印章指輪を、机上に転がす。
「みんなから聞いた状況の通りで、女帝が嘘を吐いていないとすれば、本当に帝国内でユウトくんの身分を保証するだけのための物なのでしょう」
あるいは、キスが本命だったのかも知れない――とは言わず、アルシアがその指輪を取り上げた。
「とりあえず、これは埋めましょう」
「え? いや、それは……」
「でも、ただ埋めるのも危ないわよね。そうだわ。黒妖の城郭の跡地に捨ててくるのも良いかも知れないわね」
「はい! 行ってくる!」
アルシアの言葉にだけは素直に従うヨナが《テレポーテーション》を使用しそうになったため、ユウトは泡を食って止めた。
「分かったよ。全部話すから」
「理解してくれてなによりだわ」
にっこり笑って、アルシアが印章指輪を再度机上へ転がす。
この大司教は、王都セジュールでのトラス=シンク神殿の会議に出席していたため、ヴェルガ来訪時にはファルヴにおらず、その後、連絡を受けて帰ってきた時には、見たことが無いほど厳しい表情を浮かべていた。
事情を聞いてまず行なったのは、ユウトへ《詛呪解除》、《快癒》、《解毒》といった呪文を使用すること。しかも、《快癒》に関しては念入りに二回も。
いつも通りなのに有無を言わせぬ迫力で、ユウトに拒否をするという選択肢は無かった。
当然と言うべきか、なにか呪いをかけられた、あるいは魅了や支配の能力を使用されたということはなく、ただのディープキスだと判明しただけだったのだが。
「ヴァル、ユウトくんから説明がありますよ。いつまでも、そんな部屋の隅にいるんじゃありません」
「…………」
暗い顔をしたヴァルトルーデは、執務室の角で体育座りをしたまま顔をうつむかせている。
ヴェルガが帰った後、凄まじい告白をしてしまったことに気付き、合わせる顔がないと、ずっとあんな状態だった。
「面白がって体育座りをさせたのは、失敗だったわね……」
「まあ、こんなことになるなんて誰も思わないよ」
気にするなと、ユウトはアカネを慰める。というよりも、顔を合わせづらいのはこちらも同じだ。
「……はぁ。仕方ありませんね」
無理やり参加させても意味は無いだろうと、アルシアはあきらめのため息を吐く。
「それで、なんだってユウトくんはあのヴェルガから『婿殿』などと呼ばれているのでしょうか?」
「話すと長くなるんだけど――」
ジーグアルト・クリューウィングからかけられたちょっかい。それを抑止するため、帝都ヴェルガの近郊に島をひとつ落とした。
そう話した時点で、アカネとアルシアはあきれ、沈んでいたヴァルトルーデですら驚きに目を丸くし、ヨナは「すごい、ずるい」と目を輝かせた。
「まあ、ここまでは良かったんだけど。どうも、そのやり口とか亜神級呪文を使った技量を気に入られちゃったみたいでさ……」
「核兵器なの、勇人は?」
「まあ、確かにヒントはそこなんだが……。まさか、それがきっかけになって気に入られるとは思わなかった」
「確かに、脅しに行ったらプロポーズされたとか、なにを言ってるのか分からないわよね」
ユウトの行いはともかく、同じ来訪者だけに意図は分かる。死者が出ていないこともあり、アカネはある程度ユウトの行動に肯定的だ。
なにより、その“脅し”が、自分へ手を出してきたことへの反撃であることは明らか。
いけないことだと分かっていても、頬が緩むのは止められない。
「でも、違和感があるのよね。勇人なら、もっとすっぱりと断ってもおかしくないと思うんだけど」
それはそれとして、ヴェルガへの対応に不可解さは残る。
「そうね。ヴァルもアカネさんも選べないから、即座に両方を選んだユウトくんらしくないわね」
「トゲがあるんですけど?」
むしろ、あれは両方を選ばせられたじゃないか――とは、さすがに言えないが。
「分かった。人質を取られてる」
「朱音から変な影響を受けてないか?」
「そのリアクション、正解と言わないまでもかすってるわね?」
ヨナの教育に悪いとアカネへ糾弾の視線を向けるが、あっさりと見抜かれてしまう。
「これだから、幼なじみは……」
「人質だと?」
その言葉に、ヴァルトルーデがすっくと立ち上がった。
「どういうことだ、ユウト」
「いや、具体的に誰かが危機に陥っているというわけじゃないんだが……」
隠し事はできないもんだなと、ユウトは嘆息する。だが、ある意味で、気が軽くなるのは確かだ。
「言われたんだよ。地球へ帰るためのヒントを持ってるから、帝都へ訪ねてこいってよ」
「勇人……。私のせいで……」
「全部がそういうわけじゃないいけどな」
そうアカネを気遣いつつ、ヴェルガから渡された印章指輪を懐へとしまった。
今度は、どこからも反対は出てこない。
「なあ、ユウト……」
立ち直ったヴァルトルーデが、それでも正面から顔は合わせられずに、ユウトへと問いかける。
「実際のところ、その、故郷へ帰る算段はどうなっているのだ?」
このファルヴの地下にあったオベリスクが崩れ去ったため、帰還の手段を失ったユウト。今度は、往復するための呪文を開発しているという話は聞いていたが、高度すぎてこの大魔術師以外は正確には把握していない。
「朱音には悪いんだけど……まずは、《念視》に似た呪文で、あっちの様子を観察する所から始めようと思っている」
まだ完成はしていないんだけどねと、部屋の片隅に安置されているミラー・オブ・ファー・フロムを見ながらユウトは苦笑を浮かべた。
「その呪文越しに、《魔力感知》で向こう側の様子がある程度分かるのね?」
「その予定かな。帰すだけだったら、今なら力技でなんとかなると思うんだけど……」
「そういうのは、お断りって言ったわよね?」
笑顔で、あっさりと拒否されてしまった。
「なので、どんなヒントかは分からないけど、完全に拒絶はできない」
「最初から、相談してくれても良かったのではないか?」
ユウトの判断だ。深い理由があったのだろう。それが分かっていても、ヴァルトルーデは言わずにいられない。
「確かに、ヴァル子の言うとおりだ。でも、あの女帝からプロポーズされたなんてなぁ」
あまりにもでたらめで、現実的ではない。
そう言われては、ヴァルトルーデたちにも返す言葉が無かった。
「ねえ、勇人。これで大人しくしてると思う?」
「女帝自らこっちへやってくる……なんてことは、さすがに、もうしないだろ。なあ、ヴァル?」
「そうだな。確かに邪悪ではあったが、あの女からは半神と呼ばれるほどの重圧は感じなかった。なにか理由があるのか、万全の状態で気軽に出かけるとはいかぬようだな」
「そんな状態なのに、《ディスインテグレータ》が弾かれた……」
「あー。まあ、でも助かったよ」
ショックを受けた様子のヨナを引き寄せ、頭を乱暴に撫でてやる。
「次は、消滅させる」
「その意気込みは買う」
「ヨナちゃんは、どうしてそんなに過激なのかしら……」
「では、しばらくは安心ですね」
「そう決めつけるのもどうかと思うけど……。とりあえず、王都のアルサス王子や宰相閣下に相談かな」
敵国の元首が突然現れたなど、言うまでも無く前代未聞。その報告と、相談は重要だろう。
アルシアですら、そう思ってうなずいた。
しかし、ユウトは更にその先――半神の女帝ヴェルガの意図を読み切っていた。
そのため、イスタス伯爵家の家宰は、この日執務室へと集まったメンバーには何も言わず、しばらく姿を消した。
「旅へ出ます。探さないでください」
こんな書き置きだけを残して。




