表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 3 帰還へのランアップ 第一章 日常、それでも平穏な日々

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/627

7.地獄の特訓(前)

「少し、彼女と話をさせてもらえますか?」


 引き受けるとは言わず、ユウトは先に情報収集の許可を求める。

 メルエルは鷹揚にうなずき、場所を空けるためソファから立ち上がり学長席へと移動した。ヴァイナマリネンの肖像画の下から、成り行きを見守るらしい。


「まずは、ここに座って。ええと……」

「ペトラ・チェルノフよ」


 名前は憶えていたが、反応を見たかったのでわざと言葉をつまらせる。

 ユウトの意図に気づいたアカネとアルシアは、人が悪いわねと微笑を浮かべた。


「ユウト・アマクサ。縁あって、学長にちょっとしたお願いをしに来ていたところだ」

「ふぅん。変わった名前ね」


 とぼけているのか、それとも本当に知らないのか。

 後者なら好都合だなと思いつつ、ユウトは質問を始める。


「聞いていたと思うけど、学長からキミの更正を仰せつかってしまった。お互いに利用するつもりで、協力しようじゃないか」

「バカじゃないの?」


 率直すぎるその言葉に、ヴァルトルーデが色めき立つ。


「ヴァル」

「……分かった」


 その一言で引き下がってくれたが、このまま終わるとは思えない。それに、アルシアからも剣呑な雰囲気が感じられた。

 正直、そちらの方が厄介だ。


「キミの評価に興味はない。ただし、俺は学長に口添えをしてキミの希望を叶えうる存在である。これを認識してくれ。憶えられないほど、バカじゃないだろう?」

「ふんっ。いいわよ。話だけは聞いてあげる」


 どうやったらここまで傲慢なパーソナリティが育つのか。アカネは異世界の神秘に直面し、驚きを隠せない。


「じゃあ、いくつか質問だ。なぜ、百層迷宮に潜る必要がある?」

「話せないわ」


 にべもない返答に、再びユウト以外の三人が色めき立つ。

 当然だ。愛する男が、こんな小娘にバカにされて平然としていられるはずがない。

 それを視線だけで抑えながら、ユウトは『話せない』という返答を心に刻む。


「では、何階を目指しているんだい?」

「……四十五階よ」

「なるほど。代わりに、俺たちが潜ろうか?」

「それはダメよ!」


 過剰とも言える反応を見せ、サイドポニーのアッシュブロンドを振り乱して拒絶した。

 その豹変ぶりに、ヴァルトルーデたちも驚きの表情を隠せない。だが、ユウトだけは冷静に相手を観察していた。


「絶対にダメ……」


 癖なのだろう。ペトラは無意識に親指の爪を噛み、重ねて否定する。


「質問を変えよう。キミは魔法騎士(エルドナイト)だね? ダンジョンに潜る仲間は何人いる? 構成は?」

「仲間は……三人よ。同じ学院に通う魔術師(ウィザード)とフェルミナ神の司祭(プリースト)と、ドワーフだけど盗賊(ローグ)がいるわ」

「よく分かった」


 ユウトは微笑みながら言う。


「学長の判断は至極まっとうだ。バカはそちらだね、ペトラ・チェルノフ」

「なんなのよ! あんたは!」


 あまりにもあまりな発言に、激昂したペトラは武器を抜こうとし……門番に預けていたことを思い出す。代わりに、かみつくような視線でユウトをにらむ。


「……ユウト。なにをしたいのか分からぬが、これ以上は私が我慢できそうにない」

「同感ですね」

「二人とも、ちょっと冷静に……ね?」


 ヴァルトルーデもアルシアも基本的には温厚だが、無礼を笑って看過するほどお人好しでもない。

 そのため、アカネが抑えに回るという、事態が発生していた。メルエルも、面白そうにこちらを眺めているだけ。


「実力だけでなく、性格もダンジョンに向いていない。それは自分でも分かっているだろう?」

「まだ、私を侮辱するつもり?」

「正当な評価だよ」

「私は、チェルノフ家の息女よ! その私相手にこれほどの暴言を吐いて。覚悟はできているんでしょうね!?」


 恐らく、身分を持ち出すのは我慢していたのだろう。

 だが、その自制心は脆くも崩れ、脅しつけるようにユウトへ指を突きつける。


「チェルノフ家?」


 けれど、ユウトには通じない。

 どこかで聞いたような気がするけど……と、メルエル学長へと視線を向ける。


「彼女、ペトラ・チェルノフは、フォリオ=ファリナに九人しかいない世襲議員の一人、パベル・チェルノフの一人娘。まあ、他国で言う貴族令嬢といったところだね」


(なるほど。それなら、そういうこともあるかな?)


 仮説が補強されつつあるなと、ユウトはペトラへ向き直る。


「キミが何者かは、分かった。だけど、それならここにいるヴァルトルーデはロートシルト王国から伯爵の位を賜っているよ」

「嘘よッ!」

「そう思うのはキミの自由だ。あと、俺も近々叙爵予定なんだが……。さあ、国際問題が発生しかねない状態だ。どうしよう?」

「う、嘘よ……」

「そう思うのはキミの自由だ」


 無慈悲に繰り返されるユウトの言葉に、ペトラの可憐な唇がわななく。 


 なにより、ヴァルトルーデ本人は元より、アルシア――黒いローブを着た眼帯の女からも無言のプレッシャーを受けている。その二人を抑えていた奇妙だが魅力的な服装の女――アカネも、鋭い視線でにらみつけている。


「ご、ごめん――」

「まあ、別にそれはどうでもいいんだが」

「はぁっ!?」

「明日、正午に仲間を連れて学院の中庭に来てもらおうか。一週間……いや、三日は過ごせる荷物に、完全武装でだ」

「ど、どういうつもりよ」

「決まっている。更正させるのさ、主にキミを」





「さて、よく集まってくれたね」


 翌日、時間ぴったりにペトラ・チェルノフは姿を現した。


 古黒竜ダーゲンヴェルスパーの前で待ち受けていたユウトは、四人を笑顔で迎え入れる。

 ペトラは愛用の魔法銀(ミスラル)胸甲(ブレストプレート)を装備し、切れ味を鋭くする魔化が施されたロング・スピアを背負っていた。


「よ、よろしくお願いします」


 むすっとして挨拶をしようとしないペトラに代わり、頭を下げたのは眼鏡をかけたショートカットの少女だ。

 地味な顔立ちだが、クラスの男子からは陰で人気がある。そんな、アカネが同意してくれそうな印象を抱く。


「ネラ・チェルノフと申します。ペトラお嬢様の身の回りのお世話などを仰せつかっています」

「キミが、もう一人の魔術師だね」

「はい。昨日は、お嬢様が大魔術師(アーク・メイジ)様にご無礼を働いたようで、本当に、なんとお詫びをしていいものか」

「ネラ、こんな奴に謝らないでいいわよ」

「お嬢様!」


 同じ苗字にもかかわらず、この関係。本家と分家なのだろうか? 特に関心も無いので、この推測を事実として扱うことにするユウト。


「そうですよ、ペトラ。貴方の気持ちも分かりますが、礼を失したのはこちらですよ。そもそも、いつも言っているではありませんか。挑発するような物言いは止めなさいと」


 こんこんと説教を始めたのは、太陽神フェルミナの聖印を胸に下げた二十代半ばの女性。

 アルシアほどではないが黒髪を背中の辺りまで綺麗に伸ばし、白いローブに慎ましやかな肢体を包んでいる。


「ミルシェと申します。以後、お見知りおきを」

「ワシはデガルじゃ。面倒をかけるの」

「とんでもない」


 全員、それぞれの武器や鎧といった装備のほかに、背嚢(バックパック)を用意している。ユウトの言うことは、ちゃんと伝えていたらしい。


「迷惑をかけるのは、こちらの方ですからね」

「それは、どういうことでしょう?」

「更生を依頼されましたが、恐らく、目的を達すれば丸くなると思うんですよね」

「はい! お嬢様は、本当はお優しい人で――」

「ネラ! 余計なことは言わないでいいのよ!」

「なので、手っ取り早く、百層迷宮の四十五層を目指せるようにしたいと思います」


 そう宣言すると同時に、ユウトは呪文書を取り出し、そのページを八枚切り取ってペトラたちの足下に飛ばした。


「《次元移動ディメンジョン・トラベル》」


 四人の足下に、虹色の次元の扉が開く。

 抵抗は元より、悲鳴を上げる暇すら無く飲み込まれていった。


「じゃあ、俺も行こうか」


 中央塔の頂上。学長室の辺りを仰ぎ見てから、ユウトも次元の扉へ飛び込んだ。


 瞬間的な意識の断絶。

 次に目に入ったのは、茫然自失とするペトラたちの顔だった。


「あああああ、あんた! ここ、どこなのよ!」

「奈落の表層だけど」


 奈落、悪魔(デーモン)の住まう地。


 見渡す限りの荒野だが、黒い金属のような物で覆われ、生えている植物もまるで石のようだ。太陽は出ているが暗く、まるで闇に照らされているかのような錯覚を憶える。

 風は濁っており、空気はよどみ、呼吸をするだけで吐き気を催す。


 これでも、表層ということでブルーワーズとそう変わりは無い。

 なにしろ、なんの呪文や魔法具の加護も無しに生きていられるのだから。


「ここで特訓をして、三日でメルエル学長が認めるほど、強くなってもらうから」


 ユウトは、注文を伝えるかのように、そう淡々と告げた。

×地獄の特訓

△地獄で特訓

○地獄で地獄のような特訓

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ