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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 3 帰還へのランアップ 第一章 日常、それでも平穏な日々

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6.ヴァイナマリネン魔術学院にて

 フォリオ=ファリナ。


 ロートシルト王国の東、ヴェルガ帝国の南に浮かぶフォリオ島に存在するブルーワーズ最大の都市。

 かつて、善と悪の神々が青き盟約(ブルーワーズ)を結び、人間の時代が始まったとされる伝説の地。


 同時に、様々な災禍に見舞われている都市でもある。


 海魔(クラーケン)水竜(ウォータードラゴン)を中心としたヴェルガ帝国からの侵略に対抗し、黒竜災害(ドラゴンハザード)をも乗り切った。


 海運の中継地として発展し、百層迷宮から発掘される財宝や魔法具(マジック・アイテム)で巨富を築き、現在の人口は二十万を超えるという。


 そんな都市に、ユウトたちは降り立っていた。


「結構、大きな街ね」


 貴族の身分証と学院からの紹介状で、面倒な入市手続きを免除されたユウトたち。

 初めてフォリオ=ファリナを訪れたアカネが、ユウトと腕を組みながら街を見回し感心の声をもらす。


 目を引いたのは三重の城壁。


 今まで被ってきた損害への対策ももちろんあるだろうが、むしろ、それは内への備え。市街の中心にある百層迷宮からモンスターが溢れた際の処置だ。


「そうだな。この世界で最大の都市だからな」


 百層迷宮に挑んだことはないが、買い物で何度か訪れたことはある。自慢げに、ヴァルトルーデが薄い胸を張った。


 今日の彼女は、魔法銀(ミスラル)のプレートアーマーに討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを帯びている。

 百層迷宮に挑む冒険者が多く存在するこの街であれば珍しくもないが――戦女神の化身のような彼女はやはり、注目を集めざるを得ない。


 神の恩恵を一身に集めた美少女が、はにかむような微笑を浮かべているとなれば、なおさら。


 それが、共に歩く男――ユウトのせいだと知られたならば、怨嗟で酷いことになっていただろうが。


「見物は後にして、用事を済ませてしまいましょう」


 そう提案するアルシアだったが、ユウトとの距離感を掴みかねているのか、いつもよりやや離れている。

 結果として、腕を組んでいるアカネの一人勝ちだった。


「ちょっと買い物したかったんだけど……、まあ、後でいいか」


 交渉要員として、ヴァルトルーデとアルシア。アカネは、この世界に来てあまり外に出ていないため、リクエストもあって連れてきた格好。

 そう考えれば、先に魔術学院へと行った方が良いだろう。


「だけど、行ったことないんだよな、あそこ」


 そうは言いつつも、迷いなくユウトは歩き始める。


 歴史のある街だが、石畳で舗装された道はメンテナンスが行き届いており清潔だ。

 当たり前だと思っていた光景。

 それが、いかにコストと情熱が必要なことだったか、当事者になって初めて知った。


「その割に、勇人は迷いがないわね」

「目立つものね」

「ああ。あれがそうだったのか?」


 皆の視線が、やや上向く。

 その先には、灰色の大きな建物があった。小高い丘の上に建てられたそれは、教会と城を足して、規模を大きくしたような偉容を誇っている。


「なんかこう、ヨーロッパの大学って感じね。見たことないけど」


 街の中を流れる川の向こうにあるため、石造りの立派な橋を渡っていかなければならない。


「この橋も、大賢者が一晩で作ったという伝説がありますね」

「凄いわね。日本にも、いろんな所で温泉掘り当てたお坊さんがいるけど」

「それを同列に扱うのは、どうなんだ?」


 なにしろ、このぐらいの橋ならユウトでもやろうと思えば作れる。それも、一晩もかからずにだ。

 今のところ、呪文で建築費を浮かせても仕事をなくすだけだし、急ぐ必要もないからやるつもりはないが。


 途中、少しだけ疲れ気味のアカネに気遣いつつ、三十分ほどで正門に到着する。


 門番に来訪の意図を伝え、先ほども猛威を振るった学院からの紹介状を手渡した。


「ユウト・アマクサ様ですね。聞き及んでおります。こちらへどうぞ」


 中身を改めると、拍子抜けするぐらい簡単に学内へと案内された。


「なんか、ヴァルがまるっと無視されてない?」

「私は、その方がありがたい」

「魔術学院ですからね。魔術師(ウィザード)至上主義ではありませんが、あの大賢者の関係者であり大魔術師(アーク・メイジ)でもあるユウトくんは、当然最重要人物でしょう」


 すでに腕も離しており、ユウトの後ろをアカネたち三人が固まって歩いていた。


 ヴァイナマリネン魔術学院はコの字型の建物で、中央塔、東館、西棟に分かれている。

 中央塔には、講義室や、実習所、事務部門、食堂などの学校としての機能が集められており、学長室もこの最上階にある。

 西棟は、生徒たちの宿舎や図書館。東館は教授たちの研究室があるという。


 そして、ユウトたちが進んでいる中庭には、隅に警備員の詰め所や黒竜災害の際にこの学院で討ち取られた古黒竜ダーゲンヴェルスパーの骨格がオブジェとして飾られている。


「さすがファンタジー……」


 それを見てアカネが目を丸くしているが、標準だと思われても困るだろう。こんなものは、ここにしかない。


 呪文書や教科書片手に議論する見習い魔術師たちの視線を受けながら、ユウトたちは中央塔に入り、長い階段を上って学長室へと移動する。


「エレベーターとか、エスカレーターは無いの?」

「無い。背負うわけにもいかないから、頑張ってくれ」

「うう……。運動不足ってわけじゃないはずなのに……」


 この辺りが、一年間冒険者と過ごしてきたユウトと、文明人であるアカネの違い。鎧を身につけたヴァルトルーデやアルシアも平然としているのだから、文句も言えない。


 五分以上は登り続けただろうか。

 いくつかの扉を通過し、ようやく目的地に到着した。


「学長、お客様をお連れしました」

「どうぞ」


 案内の門番が、少しだけ豪華で重厚な扉を開き、ユウトたちを室内へと案内する。


 まず、目に入ってきたのは大賢者ヴァイナマリネンの肖像画。

 その下に、ユウトと同じ純白のローブを身につけた老人が座っていた。


 目元はしわが寄り、彼が生きてきた年月の深さを連想させる。好々爺然とした微笑みは、まるで孫を迎え入れるかのようだ。

 清潔に切り揃えられた短髪は白くはなっているものの、快活で若々しい印象を与える。

 彼は執務机から離れ、気さくな様子でユウトへ握手を求めた。


「私が、ヴァイナマリネン魔術学院の学長メルエルだ」

「初めまして。ユウト・アマクサです」


 握手に応じながら、ユウトは老魔術師の視線を受け止める。


 メルエル。ヴァイナマリネンの高弟の一人。数少ない大魔術師の一人にして、数多くの魔術師、魔導師(ウォーロック)を育て上げた教育者。世界最高の学府の長。フォリオ=ファリナ議会も、その意向には逆らえないとされる。


「噂は聞いているよ。なんでも、我が師の学問の師だとか」

「そんな大層なものじゃありません。他世界の歴史を教えてるだけです」

「最近のヴァイナマリネン師は実に楽しそうだよ。こんなことは、数十年ぶりではないかな?」


 朗らかに笑うその様は、気むずかしい魔術師という一般的なイメージとはかけ離れている。

 初対面だが、その誠実そうな人柄に惹かれているユウトがいた。


「立派な肖像画ですね」

「ああ、これかね。飾ってから、我が師は滅多に寄りつかなくなったよ」

「うちにもひとつ欲しいな」

「魔除けになるわね」


 ついそんなツッコミを入れてしまったが、アカネはすぐに失言だったと口を押さえる。


「ははは。確かに、御利益は充分だ。とはいえ、一週間ほど前に突然やってきたがね」


 しかし、気分を害した様子も無く、メルエルは笑い飛ばした。


「魔術師の中にも、あのような人格者がいるのだな」

「身近な例が悪すぎましたね」


 しみじみと、二人が言う。


「ああ、挨拶が遅れて申し訳ありません。イスタス伯、ヴァイナマリネン魔術学院の学長メルエルです」

「こちらこそ、突然の来訪申し訳ない。こちらが、トラス=シンクの大司教(パトリアーチ)アルシアだ」

「初めまして。お目にかかれて光栄です」


 ヴァルトルーデはぼろが出ないうちにアルシアへと振り、それを理解してか色々な意味を含んだ微笑で応対する。


「えっと……」

「それから、同じ世界から来た来訪者のアカネ・ミキです」


 今更ながら、場違いであることに気付いたのだろう。

 戸惑うアカネを見て、ユウトがすぐにフォローを入れる。


「我が師が仰っていた、魔法具の使い手だね? 素晴らしい機械だと褒めちぎっていたよ。まさか、可愛らしいお嬢さんが持ち主だとは思わなかった」

「ああ、いえ、まあ……」


 文書作成ソフトを自在に操るようになったヴァイナマリネンを思い出し、アカネは愛想笑いを浮かべるのがやっとだった。

 かなり本気でノートパソコンを買い取ろうとしたこともあり、苦手意識がある。


「いつまでも立ち話もなんだね。座ろう……にも、ソファが小さいか」


 室内にある応接スペースには三人掛けのソファが二脚しかなく、このままでは誰かがメルエルの隣に座らなくてはならない。


「では、こうしよう」


 メルエルが、軽く手を打ち鳴らす。

 するとソファから、爆発したかのように煙が上がり、一回り大きなサイズに変化した。


「おおう」

「はは、よく驚かれるよ」


 上機嫌で、改めて席を勧めるメルエル。

 彼もまた、ヴァイナマリネンの薫陶を受けた人間だったようだ。


「お茶を頼むよ」


 ずっと控えていた秘書らしいエルフの女性へ命令を下しながら、ソファへと腰を下ろすメルエル。


「さあ、どうぞ」

「失礼します」


 ユウトは中央に座り、アカネは素早くその右隣を確保。

 残されたヴァルトルーデとアルシアは視線で譲り合いをしたが――「あなたが端に座るわけにはいかないでしょう?」という圧力に負け、鎧姿の聖堂騎士(パラディン)が残された左隣に座った。


「早速ですが、これが師匠――テルティオーネからの書状です」

「ふむ」


 アルシアが席に着いたことを確認してから、ユウトは巻物状の羊皮紙をテーブルの上に置く。

 一見、呪文の巻物(スクロール)にも思えるが、あの後、猛烈な勢いでテュルティオーネが書き記した企画書のような物だった。

 それを受け取ったメルエルは、時折うなずきながら目を通し、自らリクエストしたこの世界では珍しい紅茶にも手をつけようとしない。


 見かねたユウトが口に付けると、安心したようにアカネもシュガーポットへ手を伸ばした。遠慮なく砂糖を使う様に、ヴァルトルーデが目を丸くしていたが。


 そうして、十分も経っただろうか。


「うん、結構。大いに結構」


 突然大声を上げ、メルエルは巻物をテーブルの上に置き、紅茶を一息で飲み干した。


「アマクサくんは、魔術師の現状をどう思っているかね?」

「過大評価と過小評価……ですかね」

「ほう。詳しく聞きたいね」

「理術呪文は、一部の限られた人間にしか使えない。これが過大評価です」

「なるほど。それ故の、初等魔術教育か」


 ユウトはゆっくりとうなずく。


「極めるというのであれば大変でしょうけど、生活でちょっと使える便利な呪文というだけであれば、そこまで苦労することはありません」

「きちんとした教育を受けさせていれば、だね?」

「ええ。そして、そのちょっとした呪文も過小評価され、派手な呪文ばかりが理術呪文であるかのような受け取られ方をしています」


 ユウトとメルエルの話が、真実なのかは聞いている三人には判断できない。


 しかし、これだけは確実に言えた。

 《瞬間移動(テレポート)》で縦横無尽に動き回っているユウトが言うなと。


「その通りだ。理術呪文とは、特別なものではない」


 そんな思いとは無関係に、我が意を得たりとメルエルは大きく手を叩く。


「誰にでも門戸は開かれるべきだ。その深奥に触れたいのであれば、このヴァイナマリネン魔術学院がある」

「ということは?」

「全面的に協力しよう……と、言いたいところなのだがね」


 ここで、メルエルは肩を落とした。


「私は独裁者ではないんだよ。教授会にはからねばならないが……」

「なにか問題が?」

「学外の魔術師からの提案だから、もめるだろう」

「むう……」


 政治的な話に、横で聞いていたヴァルトルーデが失望の呟きをもらす。


「誰しも、ユウトくんやテュルのような人間ではないということよ」

「そこも、問題なのだ」

「どこです?」

「テルティオーネは、この学院を放逐されたのだよ。他の教授と教育方針でぶつかってね」

「ああ……」


 自らに課された修業を思い出したのだろう。納得せざるを得なかった。


「なにか、説得できる材料があると良いのだが……」

「そんなに、調子よくはいかないわよね」


 現実は非情であると、アカネがまとめる。


「トラス=シンク神殿を動かしてなにかできないか、検討してみるわ」

「困ります。今は、来客中です」

「じゃあ、学長はいるんでしょう? 通しなさい」


 アルシアからも提案が出たところで、にわかに外が騒がしくなってきた。


「なんでしたら、もう、帰りますが?」

「いや、そのままで結構。通してくれたまえ」


 腰を浮かしユウトを手で制し、メルエルは秘書へと告げる。


「メルエル学長! 今日こそ百層迷宮の探索許可をもらうわよ」


 音を立てて入ってきたのは、アッシュブロンドの髪をサイドテールにまとめた小柄な少女。

 本来は可愛らしい顔立ちなのだろうが、今は表情に険があり、近づきがたい印象を与えていた。


 このヴァイナマリネン魔術学院の生徒なのだろうが、魔法銀の胸甲(ブレストプレート)を身につけているのには違和感がある。

 武器は持っていないが、魔法騎士(エルドナイト)だろうかと、ユウトは当たりをつけた。


「それはできないとこの前も言ったばかりだろう、ペトラ・チェルノフくん」

「私も仲間も、実力は充分よ。いつも、そう言っているじゃない」

「聞いているよ。そのうえで言っているのだ、許可できないとね。少なくとも、キミのパーティで、彼女に打ち勝てるぐらいでなくては、話にならないよ」


 いきなり引き合いに出されてヴァルトルーデは驚きを浮かべるが、すぐに平静を取り戻しペトラ・チェルノフと呼ばれた女生徒に視線を向ける。


 悪くはない。


 それが、ヴァルトルーデの評価だった。

 理術呪文の腕は分からないが、単純な近接戦は年齢の割にそこそこの腕前だろう。


 けれども、それ以上でも以下でもないとすぐに興味を失った。


「分かったわ。そこの聖堂騎士(パラディン)を、私一人で討ち果たせばいいのね」

「この時点で、落第ですね」


 アルシアの冷ややかな一言が、ヴァルトルーデの露骨な態度と相まって、ペトラ・チェルノフと呼ばれた女生徒を更にヒートアップさせる。


「なによ、その態度は! この私を――」

「よし。こうしよう」


 メルエルが両手を叩き、乾いた音が室内に木霊する。


「アマクサくん、ひとつ彼女を更生させてくれたまえ」

「は?」

「それを功績として、例の件を教授会で可決しようじゃないか」


 好々爺のような微笑を浮かべながら丸投げするメルエルを凝視し、ユウトは乾いた笑いを浮かべることしかできない。


 やっぱり、この人もジジイの弟子だったかと大きなため息を吐いた。

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