5.オズリック村
「付き合ってもらって悪いな」
「ううん」
そんなことない……と、控えめに。しかし、はっきりと主張する少女。
体を覆ってしまいそうなほど長い金髪に、抱きしめれば折れてしまいそうな華奢な体躯。ハーフエルフの魔術師にしてユウトの姉弟子レンだった。
「でも、出ていったばっかりで帰ってくるのは、少し恥ずかしい……」
ユウトは思わず苦笑した。
この二人が訪れているのは、ヴァルトルーデたちの故郷でもあるオズリック村。
村の中央を川が流れ東側は耕作地、西側が住居になっている。人口は千人ほどの新興の開拓地でもある。
元々は、ゼインという元冒険者の戦士が、仲間と協力してゴブリンなど悪の相を持つ亜人種族や危険な動物などを駆除し、開墾を始めたのが村の興り。
環境は良かったが、入植できなかった土地。
そこが発展するのに時間はそうかからず、事後承諾めいた騎士叙勲により、ゼインは領主として認められた。
規模に大きな隔たりはあるが、ヴァルトルーデが叙爵された経緯とそう違いはない。
「それで、肝心の師匠がちゃんといてくれると良いんだけど……」
一時期、ラーシアやエグザイルと一緒に寝泊まりしていた雷鳴亭の前を通りながらレンに確認する。
「頼んでおいたから、大丈夫……」
「でも、師匠は放浪癖がなぁ」
「頼んだのは、お母さん」
「なら安心だ」
水車の音に混じって、店内からそれほど上手くはない吟遊詩人の歌声が聞こえる。
それを聞いて、この世界で初めて食べた食事――鹿肉の煮込み――の味を唐突に思い出した。
「にしても、懐かしいな」
「うれしい」
レンが満面の笑みで、これでもかと喜びを表現する。
その笑顔を、自分の故郷を誉められているようなものだから――と、ユウトは解釈する。
「後で、ゼインさんにも挨拶に行かなくちゃなぁ……」
ヴァルトルーデもアルシアも、既に両親とは死別している。
そういう意味では、オズリック村の領主、ゼインこそが彼女たちの親とも言えるわけで……ユウトは胃が痛くなってきた。
「ついたよ?」
ぼーっとしていたからか。
うっかり目的地を通り過ぎてしまったユウトを、レンが呼び止めた。とことこと駆け寄り、楓の葉のように小さな手でユウトのローブを引く。
「ああ、悪い」
そんなレンの頭をくしゃっと撫で、ユウトは視線をある建物の上に向ける。
レンガ造りの、これといって特徴のない民家。
けれど、ユウトの視線の先にある看板――テルティオーネ魔法薬店――が、ただの住居では無い事を告げていた。
「けっ、おまえらか。正面から入ってくんじゃねえ、裏から来い」
カウンターに頬杖をつき、悪態と共にユウトとレンを迎えた男。
エルフの特徴である輝くような金髪は無造作に紐でくくられ、体毛の薄いエルフにしては珍しく無精髭が生えている。
身だしなみに気を使わない所は魔術師らしいが、高貴なエルフのパブリックイメージからはかけ離れてしまっていた。
「なにか買い物して帰るかも知れないじゃないですか」
「ふんっ。てめーに売るようなもんはねえな。どうしてもってんなら、レンから買えば良いだろ」
いきなりの憎まれ口にも、ユウトは涼しい顔。それどころか、薄い微笑を浮かべてすらいる。
なぜなら翻訳すると、「家族同然なんだから、店じゃなくて家の方に直接入ってこい」ということになるし、後半部分も「レンの魔法薬作りの腕は俺が保証する」という意味なのだから。
「あらあら、うふふ。久しぶりね、ユウトさん」
「どうも、そちらもお元気そうで」
「ありがとうね。この人、あなたたちに呼ばれて久しぶりに帰ってきたのよ」
細い目に柔和な微笑をたたえ、ユウトとレンを歓迎する女性。
メリー・アン。
小柄で二十代後半から三十代にしか見えないが、レンの母親にして魔術師でもある。
「レンも、元気だった?」
「うん」
「ほんと、引っ込み思案だったレンが独立しようとするなんてね。お母さん、今でも信じられないわ。愛の力は偉大ね」
「おおおお、おかあさん!?」
「まったく、年を取ると話が長くなってかなわねえな。とっとと、本題に入れ」
とんとんとカウンターを叩き、不機嫌そうにテルティオーネが告げる。ただし、ユウトには本物の殺意がこもった視線を向けて。
ユウトもユウトで、慣れっこなので単刀直入に用件を告げた。
「というわけで、師匠をスカウトに来ました」
「ああ?」
「学校の先生になってください」
「つまり、あれか?」
店から居住スペース――リビングダイニングに相当する場所――へ移動し、ユウトが持ってきた企画書もどきに目を通し終えたテルティオーネが渋面を浮かべて言う。
「俺に、ガキどもの教育をさせるっていうのか?」
「あら。素敵ね」
妻のメリー・アンは両手を叩いて賛成するが、依頼しているユウトですらその感想はどうかと思う。
「読み書き計算、道徳、は良いとして、家庭科ってのはなんだ?」
「料理や裁縫とか、栄養に関しての基礎知識ですかね。あと、衛生知識も広めたいかな」
「ふんっ、別世界の知識か。まあ、お前が普通に生きてる以上、その辺は共通か」
教育方針は分かったと、テルティオーネは木製の簡素なテーブルに頬杖をつき、鋭い眼光でユウトを射貫く。
「それで、なぜ俺を勧誘する?」
「俺がこの世界で一番の教育者だと思ってるのが師匠なんで」
「はっ、勝手に大魔術師まで登り詰めたお前に言われると、皮肉にしか聞こえねえな」
「ゼインさんにも、同じこと言ってみます?」
ヴァルトルーデの剣の師は、領主のゼインだ。同じく、力量は遠く引き離されてしまっているが……。
「性格悪くなったな」
「師匠の薫陶のたまものです」
「二人とも……けんか……だめ……」
「良いのよ、どっちも楽しんでるんだから」
父とユウトの言い争いに、祈るように手を組んでハラハラと見つめるレンだったが、母のフォローに小首を傾げる
「まだ将来的な構想なんですが」
「やっぱり、裏の理由があるんじゃねえか」
「全員に、理術の初級呪文ぐらいは使えるようになってもらいたいなぁって」
「ほぅ……」
ユウトの自白を聞いて、テルティオーネは獲物を見つけた肉食獣の様に笑った。
「お父さん、怖い……」
「大丈夫よ。喜んでるんだから、あれでも」
「聞こえてるからな。後で憶えてろよ」
「あらら。ベッドでいじめられてしまうわ。レン、弟と妹なら、どっちが欲しい?」
「おとうとかな?」
「師匠、そういう家族計画的なのは俺がいない時にやってもらえると助かるんですが」
「ちっ」
劣勢を悟ったのか、魔導師は盛大に音を立てて立ち上がり、いらいらと部屋を歩き出す。
「とりあえずは、《燈火》に、《簡易修理》に、小魔法に、軽い自衛の呪文ってところか」
「才能があれば、もっと伸ばしていけば良いですしね」
「……面白え」
考えがまとまったのか、テルティオーネが歩みを止める。
「じゃあ……」
「でも、足りねえ」
「はい?」
エルフとは思えない凶悪な笑みを浮かべるテルティオーネに、ユウトは不安を憶える。
すでに、魔術の腕では追い抜いている。
そんなことは関係ない、もっと根源的な感情だ。
「フォリオ=ファリナのヴァイナマリネン魔術学院、あんだろ」
「ありますね。行ったことは無いですが」
ヴァイナマリネンたちパス・ファインダーズが踏破した百層迷宮。その直上に存在するのが、ブルーワーズ最大の都市国家フォリオ=ファリナ。
最初期は大賢者ヴァイナマリネンが運営に関わっていたらしいが、今はその名を冠しているだけ。現在の学長は、彼の高弟の一人が務めているという。
「で、ジイさんの学院がなんだっていうんです?」
「あそこに行って、教師を何人か引っ張ってこい」
「また、師匠の無茶振りか……」
「教授だろうが、講師だろうがなんでも良いが、無能は連れてくんなよ。生徒にするぞ」
「そんな一流どころを集めてどうするつもりなんですか」
「決まってるだろ。すぐに魔術教育を始めて、ヴァルの領地に第二の魔術学院を作るんだよ」
エルフ。
森の妖精とも呼ばれる優美な種族の魔導師は、舌なめずりして宣言した。
 




