3.トリプル・ブッキング(中)
「周りから、凄く視線を感じるのだが……」
「そうですか? ヴァルの気にしすぎでしょう」
「アルシアに言われると、釈然としないぞ」
ユウトの背に隠れてベレー帽を手で押さえながら言うが、もちろん、気のせいなどではない。それどころか、視線を集める一因には、間違いなくアルシアの存在もある。
「朱音は、大丈夫か?」
「まあ、私はある意味で見られて当然だし」
「でも、それだけじゃないからな」
このメンバーが揃っていて滅多なことなどあるはずも無いが、無防備だとそれはそれで心配になる。
「まったく、どこへ向かっているのやら」
ヨナに率いられハーデントゥルムの街を練り歩く形となったユウトたちは、それはもう目立っていた。
「それで、いつエグの子供は産まれるの?」
「え? それは……」
「ん? 繁殖期にならないと、子供はできないぞ?」
「義兄さんっ」
単純に珍しさで言えば、気にせず先を進む岩巨人のカップルに勝るものはないだろう。仲睦まじく寄り添いながらもヨナにあわせて進む姿は、体躯の迫力に反して微笑ましい。
しかし。
それでも、注目を集めるのは、当然ながらヴァルトルーデたちだった。
ただでさえも美しい少女が、変わっているが魅力的な格好をしている。それだけで耳目を引くというのに、それが三人もとなれば相乗効果も凄まじい。
まず、男女問わず、視線が集まっているのはヴァルトルーデだ。
ユウトの陰に隠れているため顔ははっきり見えないが、それでも。いや、だからこそ人々の関心を集めている。
「ねえ。あの娘、領主様に似ていない?」
「適当なことを言いやがって、見たことあるのかよ」
「そりゃ、ないけど……。尋常でない美人って話じゃない」
「むむう……。あんな美人が何人もいるわきゃねえか……」
「そういや。あの凄い服は、どっかの商会が試作してるって話だぞ」
すれ違う住民たちの噂話。
当人たちはささやき声のつもりなのだろうが、知覚力も高い冒険者が相手では、面前で言われているのに等しい。
「そうだ。確か、ニエベス商会だろ」
「そうだ、そうだ。売り出したら、母ちゃんに着せてみっかな」
「これ、誰かの仕込みなんじゃねえのか……」
誰かというか、ラーシアしかいないだろう。
ただし、そのさくらと思われる男の意見も、根拠は充分にある。
ヴァルトルーデが男女から等しく羨望のまなざしを向けられるとしたら、男の視線を一身に集めているのはアルシアだ。
紅の眼帯を着けている異相であることは間違いないが、今日の彼女の格好は、それを吹き飛ばしてしまうほどのインパクトがあった。
伸縮性のあるウールのワンピースは、ぴったりと包み込み、彼女の体の線をこれでもかと強調している。
煽情的でありながら小粋さすら感じるのは、周囲の視線など気にも止めずに堂々と歩くアルシアあってこそ。
「さすがに、多少は人の目が気になりますね」
まったくそんなことは思っていない口調で、アルシアはユウトの左腕を取ってぴったりと寄り添った。
そう背の高さの変わらない二人がそうしていると、深い関係にしか見えない。
「ちょっ。アルシア姐さん、なにを」
「こうすれば、視線はユウトくんに集まるでしょう?」
「じゃあ、私も」
この流れに乗ってと、アカネまでもがユウトに腕を絡めた。出遅れたヴァルトルーデがユウトの背中で歯がみする。
ヴァルトルーデ、アルシア、アカネ。
それぞれに美しく魅力的だが、その中で一番洗練されているのは誰かと言えば、間違いなくアカネ。
その意味では、同性から最も興味を抱かれているのは彼女だろう。
二人の服とは生地も縫製も違う――というのはもちろんあるが、化粧やちょっとした着こなしなど、美しさを演出する技術はこのブルーワーズの基準を遥かに超えている。
「ヨナ、後ろの連中をほっといていいのか?」
「そのうち、おちつく」
そんな悟ったような言葉は、とりあえず聞こえなかったことにした。
「やあ! よく来たね、諸君」
道化師のような格好をした草原の種族が、意味もなくトンボを切りながら、ユウトたちを出迎えた。
着地とポーズも決まり、実に楽しそうだ。
「今日は楽しんでいってもらうよ! 無理やりにでも!」
ヨナの先導によりたどり着いたのは、ハーデントゥルムで最も奥まった場所。
簡素な桟橋がある他は港町の一画とは思えない、深夜まで営業している酒場や娼館、賭博場などがひしめき合う場所――だった。
つい、最近までは。
「なぁ、ラーシア。この街にこんな場所あったか?」
「あるよ。ありまくるよ。作ったもん」
自らがマスコットのように振る舞って歓迎したものの、早速飽きたのか、道化師の服を着たラーシアは普通に答える。
「道化師の服って、なんで靴の先がこんなに尖ってるんだろね? 修道僧の武器?」
「知らねえよ」
ユウトの言葉には険があるが、それも仕方ないのかも知れない。
「というか作ったって、お前」
ユウトの視界いっぱいに広がっているもの。
端的に言ってしまえば、外壁をガラス――恐らくは玻璃鉄で作った城館のような建物だった。
「この辺りのいかがわしい商売やってる建物を潰して、代わりに建てたのさ」
「派手だな」
エグザイルが感心したように言い、傍らのスアルムは光を受けてきらきらと輝く建物に心を奪われ放心状態になっていたが、ユウトはどちらもできなかった。
「これ、どんだけ金かけたんだよ……」
「その顔が見たかった!」
ユウトが頭を押さえ、なんとも言えない味わい深い表情を浮かべる。
大成功とばかりにラーシアが笑い声を上げ、手頃な――身長的に――ヨナとハイタッチをかわす。
「玻璃鉄とかいうので、面白いことできない? って聞かれて色々答えたんだけど、こうなるとは思わなかったわ」
「犯人は身内だった」
それも、二重の意味で。
「いわば、ボクフィーチャリングアカネ」
「どこでそんな言葉おぼえたんだよ」
「アカネは、ユウトが知らない面白いことを色々知ってるよね。凄いね。有能だよ」
「色々と納得いかないが、これ、金どうしたんだよ」
「ふふふん。金があるのは、ユウトだけの専売特許じゃないってことだよ」
「そういえば、そうだよな……」
イル・カンジュアルを倒した時の財宝は山分けしているし、裏組織を吸収合併した際にその資産も手に入れている。
「この中に、一般向けの賭場とか酒場とか遊べる施設を作ってみたよ。まだオープン前だけどね」
「へぇ……。それで、私に地球のアミューズメントに関して色々聞いてきてたのね」
「陰で、なにかやってたとは知っていましたが……」
「私は、なにも聞かされていないのだが?」
ヴァルトルーデが知らないのは不思議ではないが、ユウトに情報が伝わっていないのは、明らかに故意犯だ。
「今日は、身内だけの内覧会みたいなもんだから。遊んで、色々意見を聞かせてもらうかなって。まさに、渡りに船。渡し場に船がいなかったら困るよね。職務怠慢!」
「休憩中かもしれん」
「それなら、仕方ない!」
エグザイルの冷静な指摘にも、ラーシアのテンションは上がっていくばかり。
それに従い、ユウトの調子は下降線をたどっていた。
「組織の合法化とか言ってたけど、ここまでやるとはな……」
「あ、これだけじゃないよ」
そう言って、ラーシアは海――正確には、一隻のキャラック船を指さした。
「アカネから聞いた遊園地だかなんだかの話を聞いて作ってみたんだ。じゃあ、早速ユウトとヴァルはあっちね。他のみんなは、玻璃鉄城を案内するから」
反論する暇も与えずてきぱきと、ラーシアが仕切っていく。
「お、おい」
ヴァルトルーデが抗議の声を上げようとするが、ラーシアはさっさと玻璃鉄城に入ってしまい、手下――従業員を呼んで内部の案内をさせようとしている。
そのうえ、アカネにまで笑顔で手を振られては仕方ない。
「兄さんの、御仲間の方でございますね。初めまして、いつもお世話になっておりやす」
残された二人の前に、片耳がない禿頭の大男が進み出た。
倒れそうなほど大きく腰を折り、大声でへりくだる。
「あに……さん……?」
誰のことだろう? いや、分かっている。ラーシアのことだ。他にいない。
他にいないが……。
「へい。それでは、あっちのアトラクションへご案内いたします」
「なにをやってるんだ、あいつは」
ユウトとヴァルトルーデは共通の思いを抱きながら、案内の男と一緒にキャラック船へと向かった。
そうするしかなかった。
じ、次回こそはちゃんとしたデートになるはず。




