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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 3 帰還へのランアップ 第一章 日常、それでも平穏な日々

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2.トリプル・ブッキング(前)

「あれ?」


 馬車鉄道の客車へ乗り込んだユウトは間の抜けた声を上げる。


「どうしてヴァルとアルシア姐さんが」


 アカネが手配したという貸し切りの客車には、先客がいた。


「いてはいけないような言い方ね」


 アルシアの言葉には棘があるが、口調はおだやか。むしろ、この状況を面白がっているように思えた。


 この客車は、アルサス王子の訪問に合わせて作った特別製だ。

 定員は六名程度の小さな客車だが、その分、内部には余裕がある。ビロードの座席に、座り心地を追求したクッション。窓は大きく取られ、玻璃鉄(クリスタル・アイアン)の窓ガラスが嵌められている。

 《耐熱・耐寒(エンデュア)》が魔化された室内は常に適温が保たれ、これを引く馬もユウトが特別に作ったゴーレム馬。疲れ知らずで力もあり、いななきは衝撃波となってゴブリンの群程度なら勝手に駆逐してくれる。


「アカネは、二人でデートとは言っていなかったであろう」

聖堂騎士(パラディン)が、そういう叙述トリックを誇らしげに語るのは、どうなんだろう?」

「負け惜しみね、勇人」

「朱音に言われると、釈然としねえ」


 客車の入り口で立ち止まっていたユウトの背中を押すアカネへ文句を言いつつ、空いている席へ座る。


「それで、ユウト。感想は?」

「あえてノーコメントを貫こうとしたのに」


 しかし、隣に収まったアカネは意味ありげな微笑みでユウトの逃げを許さない。


 そう。特別なのは、この車両だけではない。いや、最も特別なのは、この同乗者たちだった。


 ヴァルトルーデは、膝下丈のチェックのスカートにレースがふんだんに使われたブラウスというガーリーなファッション。

 赤いベレー帽がアクセントとなっていて、珍しさもありユウトの目を惹く。

 アカネのコーディネートなのだろう。日本にいても違和感がない。むしろ、注目を集めずにはいられない。


 一方、アルシアは、いつも通りの黒い服。

 しかし、いつものゆったりとしたローブではなく、毛織物のタイトなワンピースだ。体のラインがしっかりと出ており、否応なく胸が強調される格好。

 とても、聖職者とは思えない。

 いや、そう思って見ると背徳的にすら思えた。


「それで、実際、どうなのよ」

「大変、よろしいと存じます」


 その一言が合図だったかのように、軌上の馬車は滑らかに動き出した。


「ユウト……」

「ユウトくん……」


 ストレートな感想が返ってくるとは思わなかったのだろう。ヴァルトルーデは――彼女の常識では――丈の短いスカートの裾を押さえ、おどおどとユウトから視線をそらす。

 だが、完全に無視もできずちらちらとこちらを見ていた。


 アルシアのはあきれたと言わんばかりだったが、実際に目が合っていたら異なる反応を示していただろう。


「朱音は、制服で良かったのかよ」

「私が同じ方向で勝負して勝てると思う?」

「そうでもないと思うけどな……」


 ユウトがそう素直な感想を口にすると、アカネは呼吸が止まったかのように動きを止め、隣の幼なじみを凝視した。


「勇人がデレた……」

「おい」

「いつの間に、ここまで好感度が上がってたの? これだからリアルは分かりにくくて困るわ」

「おーい」

「責任、取りなさいよね」

「理不尽だ……」


 そんな来訪者たちの、息の合った意味不明な会話。


 二人だけの世界に入ってしまい、疎外感を覚えていたヴァルトルーデも、今は落ち着きを見せている。

 アカネを置いて遺跡を探索し、吸血侯爵ジーグアルト・クリューウィングと戦う中で、気付いたのだ。

 ユウトと肩を並べて戦えるのは、自分だけで――同じようにアカネも疎外感を抱いているだろうことを。


「しかし、二人の服、よく用意できたな」

「そうよねぇ。たったの一ヶ月ちょっとでここまで」


 残念ながら、今のところ量産には至っていない。

 その分、試作品を色々と作って経験値を貯めている段階だそうだ。


「まあ、金ならある。失敗したって構わないから、どんどんやれ」

「ありがたいけど、高校生の台詞じゃないわよねぇ」

「……反省する」


 とはいえ、ほったらかしにされたら寂しいのは当然。


「ユウト、ユウト。そういえば、ユウトの叙爵という話はどうなっているのだ?」


 三回も名前を出しておきながら、ちょっとした世間話だと装って注意を引こうとする。


「ああ、あれか」


 ほとんど揺れの無い馬車鉄道の中、気怠い視線を窓の外へと向ける。


 さすがに電車ほどの速度ではないが、馬車ということを考えれば充分以上。そんな車窓の光景を見つつ、ユウトは口を開いた。


「とりあえず、守護爵(チュトラリィ)という爵位を新しく作るらしいな」


 大仰な名前であるうえに、当初の構想――貴族として扱われる平民――にどれだけ沿っているか分からない部分もあるが、ロートシルト王国における土地と結びつかない貴族は、そう呼ばれることになりそうだった。


「これで晴れて、ユウトくんも嫁取りができるというわけですね」


 ヴァルトルーデの頑張りに内心声援を送っていたアルシアが、そんな風にまた核心を突く。


「まあ、色々目処がつくまではペンディングですけどね」

「少なくとも、否定はしないと」

「ぐぬっ」

「外堀って、こうやって埋まっていくのね……」

「埋めてるんだろ」


 ちなみに、会話に入ってこなかったヴァルトルーデは顔を赤くしてうつむき、それで帽子がズレてあたふたと直している。


 正面からその様子を見た、いや、見せつけられた来訪者二人は同じ想いを共有していた。


「……反則だわ」

「女子がその感想ってのも、どうかと思うぞ」

「本音は?」

「まったく同感だ」


 アルシアも慈母のような微笑をたたえている。


「それで、どこへ行くんだよ。いや、ハーデントゥルムを目指してるのは分かってるけどな」


 単線だが、ダイヤには余裕があるので予定外の発車も問題はない。

 馬車鉄道に揺られながら――実際には、ほとんど振動はないのだが――ユウトが探るような視線で問うた。


 《瞬間移動(テレポート)》や《飛行(フライト)》で移動をしなかったのは、なにか仕込みがあるからなのだろう。

 こんなイベントだというのに、顔を見せない仲間の不在も怪しい。


「言ったじゃない、デートって」


 そんなユウトの疑念を知りながら、アカネは真っ正面からスルーした。この辺り、年季が違う。


「それよりも、私までこんな格好をしなくても」

「くっ」


 締め付けられて苦しいのか、アルシアが襟ぐりを引く。

 それでますます彼女の豊かな双丘が強調され、ユウトとヴァルトルーデは目を背けた。正反対の感情からではあるが。


「あくまでも、今日はヴァルとアカネさんの日ではないの?」

「傍観者の立場を貫こうとしたって、そうはいきませんからね」

「そうだ。私たちは一蓮托生だ」


 ユウトの浮気疑惑。


 それは隣のレーンのピンを倒すような邪推ではあったのだが――それ以上に、ここにいる誰か以外がユウトと関係を持つかもしれないという危機感が浮上する切っ掛けにもなった。


「まあ、金はあるから良いけどさ……」


 いつものように、仕事をしすぎだと連れ出された。

 ユウトは、その程度の認識だった。


 ただし、どうせならそれを利用して、逆にサプライズを仕掛けてやろうとも考え始めているが。


 馬車鉄道の旅は、長いようで短い。


 そんな会話をしているうちに、終点のハーデントゥルムへと到着する。

 なかなか外へ出る勇気を持てないヴァルトルーデのために、ユウトは先に出てエスコートしようとするが……。


「ようこそ、ハーデントゥルムへ。この街には観光に来たの?」


 客車から降りると、アルビノの少女が棒読みでユウトを迎えた。手には、台本のようなものを持って。


「なにをやってるんだ、ヨナ」

「ヨナ?」


 その名前を聞いて、恥ずかしがっていたヴァルトルーデも外へ出る。


「ようこそ、ハーデントゥルムへ。この街には観光に来たの?」

「ヨナ、なにをやっているんです?」


 心なしか、アルシアの声も固い。

 怒るべきなのかどうか、迷っているのかも知れない。


「それなら、いい場所が……やっぱ、めんどくさい」


 演技にもなっていなかったが、ヨナはあっさりと台本を投げ捨てた。


「なんか、ラーシアがこの脚本通りにユウトたちを呼んでこいって」

「……ラーシアが?」


 疑惑の視線をヨナではなくヴァルトルーデたちへ向けるが、首を振り、あるいは目を合わせずに関与を否定するばかり。


「どっかで聞きつけてきたラーシアが、『ボクがお膳立てするよ!』って張り切ってた」

「だから、任せたんだけど……」

「それに乗っかっちゃったのかぁ」


 悪ノリする草原の種族(マグナー)。ブルーワーズで、三番目に関わってはいけない存在だ。


「実は、どんなイベントなのか私もよく知らないのよね。なんか、いろいろ聞かれてたんだけど」


 あはははと快活に笑い、アカネは責任を回避しようと試みる。続けて、ヴァルトルーデもフォローに入った。


「もしかしたらラーシアは、他人の幸せに生きがいを見つけたのかも知れないぞ」

「ヴァルが一番酷かった」


 天然は恐ろしい。

 そう戦慄を覚えていると、更にまた、聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。


「なんだ、みんな揃ってるのか」


 見上げると、巨大な馬がいた。

 そして、その向こうには、より存在感のある岩巨人(ジャールート)、エグザイルが岩のような笑顔を浮かべている。


「あれ? エグザイルのおっさんがなんでここに?」


 ケラの森の警邏を任せていたはず。


「ああ、ラーシアに呼ばれてな。どういうわけか、スアルムも一緒にだ」

「お久しぶりです、皆様」


 エグザイルの陰に隠れていたスアルムが、馬から下りて会釈をする。


「ラーシア、なにを考えてるんだ……」


 悪いことではない。

 それは間違いない。信用している。


 けれど、こちらを驚かそうとしているのは、火を見るより明らか。エグザイルの義妹にして婚約者であるスアルムまで呼んでいるのは、その証拠のように思えた。


「とりあえず、こっち」


 そんな警戒感を理解せず、ツアーガイドのように先に進むヨナ。

 ユウトたちは、それについていく他になかった。

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