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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 2 もう一人の来訪者 第四章 闇の公子

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エピローグ 女帝ヴェルガ

 あれから数日。

 アルシアの診察を受け後遺症も無いことを確認されたアルサス王子一行は、替え玉として王都を出発した馬車に乗り、帰還の途につこうとしていた。


「色々と世話になった」

「大したことはしておりません」

「いや、忘れえぬ訪問となった。心から礼を言う」


 馬車に乗り込む直前。「色々」の部分に語り尽くせぬ思いを込めて、アルサス王子はヴァルトルーデへ握手を求めた。


「私は、王として英雄を目指すことにした。協力してほしい」

「もちろんです」


 がっちりと手を握り合う二人の聖堂騎士(パラディン)

 未来を予感させるその姿に、ユーディットはアルサスの懊悩が消えていることを確信した。愛する男が自ら立ち直ったそのことが誇らしく、愛情を更に深くする。


「アカネさま、今度は是非王都へいらしてくださいね」

「ええ、まあ。近いうちに?」


 遠慮という言葉が似合わない派手な容貌のアカネが、愛想笑いを浮かべながら茶色の髪を揺らす。実際、他に言いようもない。


「約束しましたよ?」


 この数日、城塞から出るわけにもいかずアカネの元で地球の――というよりは日本の――娯楽に浸ったユーディットは、天真爛漫な笑顔を浮かべて念押しをした。


 アカネには、絡新婦じょろうぐもに見えていたかも知れないが。


「アルサスさま、そろそろ参りましょう」

「ああ。いつまでもこうしていても仕方ないな……っと、そうだ。ヴァルトルーデ卿」

「なんでしょう?」


 去り際、アルサス王子がヴァルトルーデの耳元で何事かつぶやく。

 それを聞いた彼女は、意味が分からないと小首を傾げ、やがて理解が追いついたのか、顔を真っ赤にし、いきなり挙動不審になる。


 なにを言われたのかユウトは気になったが、まさか今すぐに問い質すわけにもいかない。


「では、また会おう」


 婚約者をエスコートし、颯爽と馬車に乗り込んだ王子がファルヴを後にする。


「アルサス様、最後になにを仰っていたのですか?」


 馬車が走り出してから、少しだけ拗ねたようにユーディットが問いかける。

 ユウトが同乗していたならば命の危機を感じてもおかしくない状況だが、アルサスは至って平然としている。


「ああ。私たちとヴァルトルーデ卿の子供をね、将来結婚させようかって提案をしてみたのさ」

「まあ、それはそれは」


 一瞬で機嫌を直したユーディットが、満面の笑みを浮かべる。


「お二方には、頑張っていただかなくてはなりませんわね」


 自分たちが頑張るのは確定しているので、ことさら言う必要は無い。


「それに、アカネさまも含めて、進展していれば良いのですけれど」


 そんなお節介な心配をしながら、二人を乗せた馬車は一路、王都を目指す。

 アルサスの、二人の新たな戦いのために。





 その日も、女帝ヴェルガはブルーワーズで最も北に位置する玉座にしどけなく腰をかけていた。

 クリューウィング侯爵が身罷ったという報せは彼女の好奇心を大いに刺激したものの、ただそれだけで玉座から動くわけにはいかない。

 今も王錫を弄びながら、彼女は臣下からの報告に耳を傾けている。


「クリューウィング侯爵が亡くなった件での動揺は、ほとんどありません。久しぶりに目覚めた直後でしたので……」

「ただ、あれの策が成就しておれば、ロートシルトに大打撃を与えられた……と胸算用をしておった者もあろう?」

「恐れながら」


 もう百年以上も宰相として辣腕を振るうダークエルフの男を見下ろしながら、淫蕩な声で女帝が言う。


「そのような他力本願の無能者は……」

「心得ております」


 意図をくんだ返答に、女帝は満足そうにうなずいた。


「負けたことは仕方あるまいて。よもや、完全に消滅させられるとは想像の外であったがの」

「陛下! 今すぐ、お逃げください!」


 そうまとめたところで、謁見の間に近衛兵が転がり込んできた。

 全身を鈍色の鎧で固めたミノタウロスが慌てる様は、逆に滑稽に見える。


「何事だ、不敬であるぞ」

「構わぬ。委細、報告せよ」

「島が。島が、落下してきております」

「バカを言え!」


 宰相の叱責にも、牛頭人身の近衛兵は一歩も引かない。処刑覚悟でダークエルフを押しやり、玉座へと近づいていく。


「大儀である。だが、逃げる必要はあるまい」


 なにかを悟ったというのか。悪神ダクストゥムと人の間に産まれた半神は、淫靡と言うほか無い微笑をたたえたまま玉座を離れた。


「見物に行くとしよう」

「それは……」

「案内せい」


 超越者に、ここまで断言されては逆らえなどしない。

 玉座の間を出て、手近な部屋に入り窓を全開にする。


「ほう……」

「なんということだ……」


 感心したかのような、女帝の淫蕩な声。

 業火のような赤毛を揺らし、愉快そうに笑い声を上げた。


 一方、ダークエルフの宰相は二の句が継げなくなっている。


 窓から見えるのは、近衛兵が言っていたとおりの光景。

 島。そう、島だ。

 おそらくは小島なのだろう。海に浮かんでいれば、取るに足らない存在。


 距離が近すぎて大きさは分からないが、とにかく島としか言いようのない巨大な岩と土の塊が、轟音と共に天から降ってきた。


 その迫力。その偉容。

 まるで、世界の終わりのような光景だ。

 あまりにも現実離れした事態に、ヴェルガは淫声のような笑いをあげる。


「笑い事ではありませんぞ!」

「そなたが、そこまで慌てるとはの。明日は、島ではなく山でも降ってくるか?」

「陛下!」


 お願いですから、お逃げくださいと宰相が身も世も無く哀願する。


「そう、慌てるでない。あれは警告よ。近づこうとしなければ、被害は出まい」


 漆黒のドレスをひるがえし、女帝は一人部屋を出た。

 白い肌には興奮で赤みがさし、浮き立つ足取りで煌びやかな王冠が揺れる。


 半神であるがゆえの洞察力故か、女帝ヴェルガはすべて理解していた。

 あれは警告だ。

 手を出したら、どうなるか。それを端的に見せつけてきたのだ。


 そして、そんなことができる人間は複数いても、実際にやってくるような相手は一人しかいない。


 気付けば、ヴェルガは走り出していた。


「陛下! どちらへ!?」

「のう、常々言っておったの?」

「なにをですか」

「妾に、伴侶を迎えろと。何度も何度もな」

「もちろんです。各勢力のバランスと能力を勘案し、何度も何度も見合いを勧めたではありませんか。それが、なんだと言うのです?」

「ならば、止めるでない」





「まあ、こんなもんかな?」


 彼方から吹く風でローブの裾をはためかせながら、満足そうにユウトは一人つぶやいた。


 ヴェルガ帝国の帝都ヴェルガ。

 皇帝と国名と同じ名を持つ都は、様々な種族が集い、悪の相を持つ生物が我が世の春を謳歌する呪われし都。


 そう聞いていたが、帝都を望む丘の上から見る限り、ただの街と変わりはないように見えた。善だろうと悪だろうと、『人』が生きていく以上は、そんなものなのだろう。

 その都外側に、垂直に屹立した島が落下しつつあっても。


 大質量が落下する。

 それだけで大気は逆巻き、振動し、世界の終わりかのような音が響いてくる。

 やっていることは派手だが、それを為すのは地味な作業の積み重ねだ。


 《長距離飛行(オーヴァーフライト)》で敵国に潜入したユウトは、帝都近くの海岸で亜神級呪文(イモータリィスペル)の《島嶼隆起(ライズ・アイランド)》を使用。

 無人島を生み出したうえで、今度は空飛ぶ島を作製する亜神級呪文の《浮遊島(フロートランド)》を使い、それを帝都上空まで運んで落下させたのだ。


 ヴァイナマリネンに言われたとおり、自らの手で決着をつけるために。


「さて、そろそろ帰るか」


 犯行声明など出すつもりは無いが、ジーグアルト・クリューウィングと関連づけて、ユウトの真意に気付くだろう。

 今のところは、それで充分だと《瞬間移動(テレポート)》の呪文を準備しようとしたところ――突然、声をかけられた。


「挨拶もなしとは、つれないではないか」

「こんなに早く、見つかるとは思わなかった――」


 その蕩けるような声に振り返ったユウトは、相手を見て言葉を失った。

 喪服のような漆黒のドレスを身につけた、赤毛の女。その王錫と王冠は、一目で秘宝具(アーティファクト)と分かる強大な魔力を秘めている。


「女帝ヴェルガ……」


 ここまで分かりやすい特徴を目の当たりにすれば、すぐに分かる。

 一瞬、影武者かも知れないとも思ったが、そう考えるにはあまりにも美しく淫蕩過ぎた。


「いかにも。そして、そなたが異世界からの来訪者であるな」

「ユウト・アマクサ。魔術師だ」

大魔術師(アーク・メイジ)であろう? いや、あれだけの大呪文を使ってみせたのだ。その域を越えつつあるやもしれぬな」

「半神であるあなたの口から言われても、嫌味にしか聞こえませんが」


 今のところ、害意は無い。いつでも、逃げられる。

 そのふたつの理由から、ユウトはこの場に留まることを選択した。


「そのように聞こえたのならば、許せ」

「まあ、許しを請うのは、どちらかといえばこちらでしょうが」

「その必要もあるまいよ。久々に、心が躍ったわ」

「それはなによりですが……。二度目が無いようにしていただきたいですね」

「分かっておるわ」


 ユウトの真意――次にイスタス伯爵領へ手を出してきたら、帝都へ落下させる――を正確に把握していると、女帝はその淫靡な笑顔で語る。


「妾は、心底感心しておるよ。破壊的な力を抑止力に平和をもぎ取る。なかなか思いつくことではあるまい」

「ああ……。残念ですが、俺の故郷では当たり前にやっていることですので。俺が偉いわけではありません」

「ほう。なかなか妾好みの世界のようじゃが、それでも評価は変わらぬよ」


 また、スカウトでもされるのか。

 うんざりした気持ちで、断りを吐き出そうとしたユウトの口は、予想外の言葉で閉じざるをえなくなった。


「ユウト・アマクサよ、妾の婿とならぬか?」

「……ふぁっっ!?」

「なんじゃ、その気の抜けた返事は。傷つくのぅ」

「……どうも、翻訳が上手く働いていないようで」

「ならば、もう一度言おう。妾の婿となれ。その思考、智謀、大胆さ、力。数百年、妾の隣を空きにしていた甲斐があったというものじゃ」

「お断りします。婚約者が二人もいる身ですので」

「なんと、出遅れたか。まあ、寝取るのも悪くはあるまい。妾は乙女じゃがな」

「は、はあぁ……」


 そんなカミングアウトをされても、その、困る。


「なんじゃ、微妙な反応じゃの。男は、初物が好きなのではないのか?」

「そういう意味では、俺も初物なんで、なんとも」

「そうか、そうか。婿殿も、初物か」


 なにがおかしかったのか、女帝ヴェルガはその身をよじらせ本当に楽しそうに笑った。豊満な胸が揺れ、ユウトは目のやり場に困る。


 しかも、婿殿にされてしまっていた。


「まあ、良い。いきなり過ぎるとは、妾も思うておる」

「はっきり断ったはずですよね?」

「そのうち、婿殿の婚約者も一緒に、妾の城を訪れるが良い。歓迎いたそう」

「残念ながら――」

「婿殿の故郷に帰るための助力ができると言うても?」

「なっ」

「詳しい話は、妾の城でな」


 そう一方的に言って、登場した時と同じように、女帝ヴェルガはユウトの前から突然消え去った。

 恐らくは《瞬間移動》なのだろうが、それを理術呪文という技術ではなく、ただ歩くのと同じようにやってのける。


「まったく、やぶ蛇だったか……」


 あんな餌をちらつかされては、完全に拒絶などできない。

 ヴァルトルーデへの説明はかなり困難な道のりだし、いつになるか分からないが……。


「いずれ、行くしかないか」


 ユウトの心は、決まっていた。

これにて、Episode2は終了となります。

ご愛読ありがとうございました。


続けて、Episode3の連載も開始しました。

これからも、よろしくお願いします。

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