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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 第二章 実践編

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4.交易自由都市ハーデントゥルム(前)

解決編は、いつも通り明日更新予定です。

 レジーナ・ニエベスは、かつてはハーデントゥルムで三大商会の筆頭と目されていた、ニエベス商会の若き経営者だ。

 彼女だからこそ、海賊に襲撃され積荷と会頭を同時に失うという痛手を乗り越え、曲がりなりにも商会を存続し得た

 その評価を否定する者は、このハーデントゥルムに一人もいないだろう。


 ニエベス商会に、好転の兆しは無いにしても。


 彼女の健康的なやや日に焼けた肌を覆っているのは、鮮やかな緑の生地に植物の刺繍が施されたワンピース。やや派手な印象を与えるが、彼女の情熱的な瞳と豪奢な金髪にはよく似合っていた。

 父の代から勤めている支配人のセスク老人から、来客を告げられたのは、彼女が自室で朝食を摂りながら報告書を読み進めているところだった。


 早朝というわけではないが、営業開始にはまだ多少早い時刻。


「それで、どこのどなたなのかしら?」


 主のもっともな問いに、老人は言葉を選びながら答えた。


「名前は名乗られませんでした。ただ、銀に関して取引のお申し込みになられたいと。それから、魔術師のローブを身に纏っておいででしたが……」

「どうしたの?」

「幼い少女をお連れでした」

「すぐに会います。ここにお連れして」


 閃きに従って、レジーナは祖父のように慕っているセスク老人に命じた。この閃きで、致命的な危機を回避したことが何度もある。

 今まで閃きで好機を迎え入れたことはなかったが、今回がその初めてになりそうな予感を憶えていた。


 まるで恋する少女のようにレジーナの心臓は高鳴り、頬が上気する。興奮に喉の渇きを覚えて、水が入った杯に手を伸ばした。


「はっ、髪は?」


 しかし、それを飲み干すことなく戻し、壁に掛けてある鏡を見る。他人には分からない、彼女だけに分かる髪の乱れを整えようとするが――遅い。


 忠実なセスク老人は主の命に従い、来客を連れてすぐに戻ってきた。

 ノックもそこそこに、扉が開かれる。


 セスク老人に促され、白い魔術師のローブの下に黒い詰め襟の学生服を着て無限貯蔵のバッグを背負った黒髪の少年が、レジーナのプライベートスペースに足を踏み入れた。


「初めまして、レジーナ・ニエベス会頭。イスタス伯爵家の家宰、ユウト・アマクサです」


 一応、慇懃に挨拶をしてみるが、あまり効果的ではなかったようだった。

 恐らく、急な来客がユウトであることは分かっていたのだろう。

 まだ、メインツでの行いは情報として伝わっていないだろうが、王都セジュールでは隠すことなく領地経営の下準備をしていたのだ。

 それでなくても、〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル)を滅ぼした英雄である彼らの特徴ぐらい掴んでいておかしくない。


 ユウトが、同行させているヨナにそっと目を向ける。

 それもそうだ。アルビノの少女など、そうはいないのだから。


「お会いできて光栄ですわ、ユウト・アマクサ様。ご領主様へのご挨拶もまだですのに、お越しいただいて、汗顔の至りです」

「とんでもない、正式なお披露目はいずれ。もちろん、貴方のことは、ヴァルトルーデ卿にお伝えしますよ」

「ユウト、キャラが違う」

「黙ってる約束だったよね、ヨナ?」

「なんのことだか分からない」


 明後日の方向を見てとぼけるヨナの仕草を見て、緊張の面持ちだったレジーナの顔に年相応の笑顔が浮かんだ。


「ふふっ。そちらのお嬢さんに免じて、率直な言葉を交わすというのはいかがですか」

「それはありがたい」


 ユウトが、間髪を容れずに同意する。そして、勧められる前に椅子へ腰を下ろし、足を組んだ。


「まず、簡単な商売の話からにしましょうか」

「確か、銀をご所望だとか」


 ユウトに水を向けつつも、レジーナは忙しなく頭を動かした。

 商会にある銀の備蓄。それから、取引のある他の商会の在庫を計算し、質と量のどちらを聞かれても良いように準備を整える。


 しかし――


「ああ。粉末で、750キロほど」

「ななひゃっ」


 その量は、予想を一桁も上回っていた。

 淑女らしからぬ声を出してしまったが、普段は口うるさいセスクもとがめようとはしない。それほど、予想外だったからだ。

 今のニエベス商会の規模を考えれば、なおさら。


 その内心の驚きも、ユウトは気にしていない。


(粉末で750キロって危ない薬の取引みたいだなぁ……。まあ、自動翻訳されてるから、あっちの認識だと単位は「キロ」じゃないはずだけど)


 などと、無関係なことを考えていた。

 ヨナはもっと酷く、我関せずと室内を見回しテーブルの食べかけの朝食を物欲しそうに見つめてから、ユウトとレジーナの間に入り込んだ。


「ぐ~」

「口でお腹を鳴らすんじゃない。アルシア姐さんの朝ご飯を食べてきただろ」

「む~」

「言葉を喋れ。仕事が終わったら、なんかおごるから」

「分かった。嘘ついたら、ユウトにイタズラされたってアルシアに泣きつく」

「悪質だな、おい!」


 そこで、今が大切な商談の最中だったことに気付くユウト。

 咳払いをしてからヨナの脇に手を入れ、クレーンのように隣の椅子へと運んでやった。大人しくしているよう、言い含めるのも忘れない。


 そして、何事もなかったかのように話を続けた。


「ああ、そうそう。早ければ早いほど良いけど、期日は一ヶ月で。ファルヴまで運んでくれなくてもいいよ。間に合わない場合は連絡してくれればこっちから取りに行くから」

「一ヶ月? それでは……」

「代わりと言っちゃなんだけどね」


 足下に置いていた無限貯蔵のバッグを、背後に控えていたセスク老人に手渡す。


「1万5千G入っている。かさばるんで、勝手だけど全部白金貨にさせてもらったから」


 ブルーワーズの貨幣単位は極めて簡便だ。

 銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚。そして、金貨十枚で白金貨一枚。つまり、あのバッグには千五百枚もの貨幣が納められていることになる。


「あ、改めさせていただきましょう」


 セスク老人が恐る恐るバッグに手を入れ、金袋をひとつ取りだした。無限貯蔵のバッグから出て重さを取り戻した金袋が、ずしりと存在感を主張する。重さだけでない、その社会的な価値も。

 金袋を縛っていた紐を解いて口を開くと、プラチナの輝きがレジーナとセスクの視界と意識を釘付けにした。

 総額でここまでの取引は珍しいという程ではないが、それが予告もなく即金でとなるとレジーナにも経験のないことだった。


「ですが、銀の相場から言えば倍近い――」

「これは、投資だよ」


 姿勢も表情も変えずに、ユウトが言う。


 ユウトは、交渉が得意というわけではない。元々ただの高校生でしかなかったし、パーティの交渉担当はアルシアだったのでブルーワーズに来てから経験を積んだわけではない。

 しかし、金の力で主導権を握り、想定していた流れに持ち込めば、百戦錬磨の会頭を圧倒することだってできる。


(現金の魔術師なんてあだ名が付かなきゃ良いけど)


 またしてもどうでも良いことを考えながら、内心をおくびにも出さずに続ける。ここからが本番だ。


「そして、テストでもある。レジーナ・ニエベス、貴方がブルーノ・エクスデロの首をすげ替えるに足る人物かのね」

「エクスデロ商会を……」


 ハーデントゥルムは他の自由都市のように、街の有力者による合議制で大方針を決定していた。

 だが、実質的は異なる。現在は、ニエベス商会の没落と期を同じくして伸張したエクスデロ商会の独裁に近い体制になっていた。

 レジーナも、エクスデロ商会には何度も煮え湯を飲まされている。


 そのエクスデロ商会の会頭が、ブルーノ・エクスデロ。元ニエベス商会の従業員だった、ヒキガエルのようなと形容される五十がらみの商人。

 元主人の娘――レジーナを金にあかせて後妻にと求婚する、商才は別として人間としては最低の部類に入る男だ。


 だからといって、新任の領主があっさりと首を切れるような相手でもない。

 目の前の伯爵の代理人がどんなカードを握っているのか、レジーナには見当も付かなかった。


「この街で今、いくつか問題が発生しているのは分かっている。火中の栗を拾うようなもんかも知れないけど……」

「ひとつ、よろしいでしょうか」

「どうぞ」


 ここが分水嶺だ。

 怒濤の展開で圧倒されっぱなしだったレジーナが、呼吸と思考を整える。


 用途は分からないが、本当に銀が必要なのは分かる。ニエベス商会を試すだけなら、一ヶ月などというギリギリの納期を設定する必要がないからだ。

 課税のため、ハーデントゥルムを実質的に牛耳っているエクスデロ商会を排除とまではいかなくても、対抗勢力を作っておきたいというのも理解できる。


 しかし、なぜニエベス商会なのかが、まだ分からない。


「高名な冒険者であるアマクサ様であれば、銀の買い付けなど王都セジュールの商会に話をつけることも可能だったのではないでしょうか? それをなぜ、当方へ?」

「可能だよ。だけど、領内の会社……商会じゃないからね。それじゃ、意味がない」


 王都セジュールにいくつかある懇意の商会であれば話も簡単だし、リベートだって期待できる。

 だが、ユウトはあっさりとそれを否定した。

 それでは領内が潤わないからだ。


「銀が必要なのは本当だし、手始めに大掃除をしておきたいってのも本当。それに、被害者には正しく補償されるべきだ」

「被害者とは?」


 レジーナの問いに、ユウトは答えない。


「もちろん、それだけじゃないよ。この街の商会のことは一通り調べさせてもらったけど、レジーナさん、貴方が一番道理と儲けのバランスを取るのが上手だった」


 没落しつつある商会を救う同情でもなく、女だからと与しやすいと考えたわけでもない。

 共犯者として選ばれたのだという結論に行き着き、レジーナは不思議な高揚を憶えた。

 潤んだ瞳でユウトを見つめるレジーナ。

 しかし、ユウトはその視線を受け流し、泰然として言った。


「今はまだ、すべては明かせない。だけど、この街にとって悪いことにはならない。それは保証するよ」

「英雄としてですか?」

「人としてかな?」


 その返答で、レジーナはユウト自身を信頼することにした。

 なにより、この領主の代理人は若くして、経済、商売というものが分かっている。そう感じられた。

 そして、商人にとってそれ以上の判断基準は他になかった。


 形の良い鼻梁に手をやりながら考え込むようにしていたレジーナだったが、心はもう決まっていた。

 後は、決意を口にするだけ。


「お引き受けいたします」

「……ありがとう」


 さすがに安心したのか、ユウトがほっと表情を緩める。

 その様子を見てレジーナも微笑を浮かべながら、同時に感心もしていた。

 ただの商談であれば、レジーナの美貌がものを言って多少有利になることもしばしば。しかし、ユウトはレジーナを美女ではなく商人として取引相手として扱った。


 それは順調に成長したならば恋心と呼ばれる感情に発展するかも知れなかったが、ヴァルトルーデやアルシアで美人の相手には慣れていたという真相を知ったなら、育つかどうか。


 セスク老人に契約書の作成を任せている間、遅ればせながら供された紅茶で舌を湿らせつつ、ユウトは海賊船による港の閉塞と嵐の被害状況など情報収集も忘れない。


 書類は半刻ほどで出来上がった。一応の確認をしたうえで二枚にさっとサインをし、ヴァルトルーデから預かっていた印章指輪で判を押す。

 これで用事のひとつは終わった。


 去り際。


「ああ、そうだ」


 制服のポケットから、ユウトが手紙を取りだしてレジーナに気安く手渡す。


「これは……。評議会への召喚状ですね」

「うん。今日の昼過ぎからだったかな? 急で悪いけど、予定を空けてもらえるかな」


 そう言ったユウトの表情は、女性をデートに誘うにはあまりにも嗜虐性が強すぎる。まるで、獲物を前にした捕食者のような微笑みを浮かべていた。

度量衡に関しては、独自の単位を作ろうかとも思いましたが分かりやすさ優先で今の形にしました。

すごいね、翻訳能力。

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